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名画に見る「悪」の系譜

中野京子/著

1,980円(税込)

発売日:2024/08/29

  • 書籍
  • 電子書籍あり

目をそむけたくなるほどの「悪」。画家たちはどう描いたのか。

裏切り、殺人、悪徳政治、虚栄、動物虐待、盗み、貧困……。あるときは背筋が凍るほど血なまぐさく、またあるときは魅惑されるほどに美しく描かれた「悪」の姿。名画に刻印された「悪」の深層を『怖い絵』の著者が歴史的、文化的背景をふまえて解いたときに見えてくる、人間との分かちがたい関係とは。カラー図版42点収録。

目次
スタートは動物虐待
◆ウィリアム・ホガース《残酷の四段階》
異形としてあらわれる悪
◆アンドレア・マンテーニャ《美徳の園から悪徳を追放するミネルヴァ》
◆フランス・フロリス《反逆天使の墜落》
生殺与奪
◆アレクサンドル・カバネル《死刑囚に毒を試すクレオパトラ》
◆ジャン=レオン・ジェローム《古代ローマの奴隷市場》
目的の正当性
◆ヤコポ・ティントレット《天の川の起源》
◆ジャン・ノクレ《ルイ14世家族の神話的肖像画》
エヴァ
◆グリーン《エヴァ、蛇、そして死(としてのアダム)》
◆ジャン・クーザン《エヴァ・プリマ・パンドラ》
暴飲暴食
◆ヤーコプ・ヨルダーンス《豆の王様》
◆ジャン=フランソワ・ド・トロワ《牡蠣の昼食会》
裏切り者
◆ジャン=レオン・ジェローム《シーザーの死》
◆ジョット・ディ・ボンドーネ《ユダの接吻》
殺人教唆
◆ジョルジョ・ヴァザーリ《クロノスに去勢されるウラノス》
◆パオロ・ヴェロネーゼ《バテシバの水浴》
見得を切る
◆ルニョー《グラナダのムーア人王のもとでの裁判抜き処刑》
◆ジョン・メイラー・コリア《犯行後のクリュタイムネストラ》
虚栄
◆アントニオ・デ・ペレーダ《騎士の夢》
◆ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《鏡の前の女》
スリ
◆ヒエロニムス・ボスの追随者《奇術師》
◆ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《女占い師》
旅のリスク
◆ゴヤ《駅馬車襲撃》
◆ヴェロッキオ工房《トビアスと天使》
◆レミントン《森へのダッシュ》
ハニートラップ
◆レンブラント《目を潰されるサムソン》
◆イサーク・イスラエルス《マタ・ハリ》
悪徳政治家
◆ジョージ・グロス《社会の柱》
◆ウィリアム・ホガース《選挙》第四図
死への道連れ
◆ウジェーヌ・ドラクロワ《サルダナパールの死》
◆ピーテル・パウル・ルーベンス《マリー・ド・メディシスのマルセイユ上陸、1600年11月3日》
◆ジャン=フランソワ・ミレー《死神と樵》
悪夢
◆J・J・グランヴィル《第一の夢:罪と贖罪》
◆ルイ・ジャンモ「魂の詩」より《悪夢》
◆フェルディナント・ホドラー《夜》
貧困
◆バルトロメ・エステバン・ムリーリョ《ノミを取る少年》
◆ルーク・ファイルズ《家もなく食べものもなく》《救貧院臨時宿泊所の入所希望者たち》
悪を踏む
◆カラヴァッジョ《蛇を踏むマリアと幼子イエス》
◆グイド・レーニ《サタンを倒す大天使ミカエル》
◆ノイシュバンシュタイン城外壁のフレスコ画
あとがき

書誌情報

読み仮名 メイガニミルアクノケイフ
装幀 ジョン・メイラー・コリア《犯行後のクリュタイムネストラ》/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 芸術新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 192ページ
ISBN 978-4-10-353232-3
C-CODE 0095
ジャンル 文学・評論、絵画、芸術一般
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,980円
電子書籍 配信開始日 2024/08/29

書評

見る者こそが、見返される

ライムスター宇多丸

「崇高なものから醜悪なものまで、人間が抱くありとあらゆる衝動と欲望はすべて、君が今いるこの部屋(ボストン美術館ギリシャ陶器の間)の中にある!」「歴史とは、単に過去の研究ではなく、現在を説明するものなんだ……」(筆者意訳)というのは、映画「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」の劇中でポール・ジアマッティ演じる主人公が放つ名言だが、それはほとんどそのまま、中野京子さんの著作を読むときの感慨にも、当てはまるように思う。
 それまでただただ格式ばって見えるばかりだった名画の数々が、それこそ映画に小説、オペラや歌舞伎に至るまで、幅広いジャンルからの引用も自在に織り交ぜてゆく中野さんの解説によって、たちまち生き生きとした、現在進行形の体温を放ちだす。言い換えれば、古典が突如として、「自分事」になる!
 まして今回のように、主題が「悪」となれば……作品を鑑賞する私たち自身の在り方もまた、より鋭く逆照射されることになるだろう。何が「悪」とされてきたのか? なぜそれはわざわざ描き残され、のちの我々に見返され続けるのか? その問いは必然的に、この社会の中に今も息づく無意識の欲望や偏見を、否応なく浮き彫りにもしてしまう。中野さんの本が、「怖い」所以である。
 冒頭一発目、ウィリアム・ホガースが啓蒙のために制作したという《残酷の四段階》の章からして、いきなり強烈だ。ある少年がやがて凶悪な犯罪者に成長し、ついには捕われ死罪に処されるまでの諸過程を描いた連作で、本書に図版が掲載されているのは第一図と第三図のみだが、結末となる第四図《残酷の報酬》では、絞首刑後の(しかし絶命しきっていない?)主人公に、公開解剖が施される様子が克明に描かれているという。社会の側こそが「残酷」を求めているようにも見えるこの皮肉な構図は、現に好奇の目でそれを愉しんでいる後世の鑑賞者自身をも、自動的に飲み込むこととなる……そもそも最初の《残酷の第一段階》からして、「遊びとしての動物虐待」に興じている子供が、実は主人公一人だけでは全くなく、むしろ画面内の圧倒的多数を占めている! という点にこそ、真に恐怖すべき真実があるのではないか。
 2017年開催「怖い絵」展では、同じホガースの《ジン横丁》に比べて本作への反響は小さかったということだが、ひょっとすると私も含めた来場者は、自覚しないまま、「自分たち自身」から目を逸らしてしまったのかも知れない。
 ある種の社会的欺瞞を図らずも浮かび上がらせてしまうという意味では、ジェローム《古代ローマの奴隷市場》も強く記憶に残った。全裸にされた女性がオークションにかけられている場面を描いた同作、そのポルノ的側面についてももちろん中野さんは言及されているが、それに続いての、要はフランスが奴隷制度を廃止して約三十年後、まるで他人事のようにこの手の絵が量産されるようになった、という指摘には、ハッとさせられる。女性を性的に消費すること、人身売買、いずれも二十一世紀の今、実際にはまるで過去のものとはなっていないことを考え合わせると……。
 一方で、いわゆる「悪女」の表象が、特に現代の目で見ると、明らかに一種の痛快さに満ちているように感じられるあたりも、本書全体を通して非常に重要なポイントだと思う。表紙にもなっている《犯行後のクリュタイムネストラ》の堂々たる「誰にも文句は言わせねぇ!」感を始め、《目を潰されるサムソン》で見事本懐を遂げたデリラの表情に宿る「仮面」を脱ぎ捨てた女性の強さ、パブリックイメージと異なる凜とした佇まいをこそ自らの意志で残した《マタ・ハリ》の挑戦的な眼差し……そして無論、《エヴァ、蛇、そして死(としてのアダム)》における、「原罪」なるものの責任を一方的に押し付けられた存在としての女性、しかしその「そんなの私は知りませーん?」と言わんばかりの(笑)ふてぶてしい笑み!
 今以上に(ってどんだけ)精神的にも物理的にも狭い狭い枠組みの中に押し込められていた女性たちが、それでも抑えきれぬ力で当時の社会通念を突き破り、逸脱してゆくとき、世間がひとまず納得、安心するために貼ったレッテルが、「悪女」というものだろう。しかし、絵画に描かれた彼女たちは、時を超えてこちらに問いかけてくる。本当に「悪」なのは、どちら? と。
 もう一度言うが、中野さんの著書が「怖い」のは、ここなのだ。

(らいむすたーうたまる ラッパー/ラジオパーソナリティ)

波 2024年9月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

中野京子

ナカノ・キョウコ

北海道生まれ。作家、ドイツ文学者。西洋の歴史や芸術に関する雑誌連載、書籍などの執筆のほか、講演、テレビ出演など幅広く活躍。著書に『画家とモデル』(新潮文庫)、『愛の絵』(PHP新書)、『名画と建造物』(KADOKAWA)、『名画の中で働く人々』(集英社)、『クリムトと黄昏のハプスブルク』(文藝春秋)、『怖い絵』シリーズ(角川文庫)、『名画の謎』シリーズ(文藝春秋)、『名画で読み解く王家12の物語』シリーズ(光文社新書)、『美貌のひと』シリーズ(PHP新書)、『「怖い絵」で人間を読む』(NHK出版生活人新書)、『欲望の名画』(文春新書)など多数。2017年「怖い絵展」監修。

ブログ「花つむひとの部屋」 (外部リンク)

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