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エクソダス―アメリカ国境の狂気と祈り―

村山祐介/著

1,980円(税込)

発売日:2020/10/16

  • 書籍
  • 電子書籍あり

そこでは子供が、妊婦が、故国を追われた数多くの人々が息絶えてゆく――。

米国とメキシコを隔てる3200キロの国境に世界中の移民が集まっている。中南米のみならず、アジア、アフリカからもやって来るのはなぜか? 麻薬組織が支配する砂漠、猛獣が棲むジャングルを越えて向かう理由の中に、私たちが知るべき世界の真実がある。2019年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞の迫真ルポルタージュ。

  • 受賞
    第43回 講談社本田靖春ノンフィクション賞
目次
まえがき
プロローグ
第1章 トランプの壁 アメリカ・サンディエゴ
「国境」改め「壁」
静と動の境
550の侵入口
壁が生まれた時代
赤ちゃんは壁の向こう
霧の夜、壁を越えた
出稼ぎの終焉
命の水
奥歯の町
第2章 砂漠と川の攻防 メキシコ・ノガレス
武装自警団
ドラッグミュール
デスマップ
アメリカンナイトメア
「麻薬を背負って歩け」
警告
軍事化する壁
移民訴追工場
越境通学
主戦場の川
壁の向こう側
国境の河口
ブルーベルト
壁を待つ人
第3章 「野獣」という名の列車 メキシコ・ラパトロナ
闇の列車
子どもだらけの逃避行
「野獣」の路
国境を越える少年
母娘4代の日常
貨物列車の屋根の上
マラスの通告
乗車マニュアル
格好のカモ
「バルサ」と「コンビ」
第4章 殺人率世界最悪の国 エルサルバドル・サンサルバドル
見えない境界線
マラスという家族
持ち込まれた抗争
裏目に出た奇策
新たな内戦
バラバラ遺体の村
親と会えない子どもたち
送金依存症
からんどうの港
三つの誤算
失われた四半世紀
一足飛びの幻想
ツーショット
あるもの探し
小さな一歩
第五章 エクソダス ホンジュラス・サンペドロスーラ
ターミナル午後11時
ハイプロファイル
非常事態宣言
殺人首都
見えない首謀者
キャラバン誕生
アフリカの影
ゲームチェンジャー
国境突破
スイミー
招かれざる客
突然変異
ライド
バケツリレー
絶望のジャンプ
第6章 ダリエンギャップ コロンビア・カプルガナ
3大陸の逃避行
大河の源流
摩天楼の街
アラスカからの終点
残された100キロ
最短ルート
密林最奥の村
4年で100倍
ビザなしの国
犯罪集団の保護区
ホテルグッドナイトに行け
出航禁止命令
陸の孤島
煉獄からの脱出
インフォーマント
不条理な特権
エピローグ

書誌情報

読み仮名 エクソダスアメリカコッキョウノキョウキトイノリ 
装幀 村山祐介/写真、木村裕治/装幀、齊藤広介(木村デザイン事務所)/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-353651-2
C-CODE 0095
ジャンル 外交・国際関係、ノンフィクション
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,980円
電子書籍 配信開始日 2020/10/16

書評

「壁」問題ではなく貧困と治安の問題だ

池上彰

 2016年のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプはメキシコからの不法移民を「強姦犯」と呼び、メキシコとの国境に壁を建設するという公約を掲げて当選を果たした。
 これ以降、トランプ大統領は「壁の建設が進んでいる」と主張しているが、実態はどうなのか。
 アメリカのジャーナリストは、こう語る。「トランプは大統領選で壁を建てると訴えたが、国境にはすでに壁はあるんだ。おいおい、ちょっと待ってくれ、という話なんだよ。ただ、米国民の多くは壁があることを知らないのが現実だ。大多数の人たちはたぶん、国境で何が起きているのかさえ知らないのかもしれないな」
 アメリカ人の大多数ですら知らないアメリカ南部の国境の実態を、日本に住む私たちは、もっと知らないだろう。
 国境に既にある壁を乗り越えたり、穴を開けたりして不法入国する人たち。アメリカに入国しても灼熱の砂漠を渡り切ることができないまま命が絶たれる人たち。そんなことがないように、砂漠に飲料水を置いて不法移民を助けようとするボランティアがいるかと思えば、銃を持って不法移民を摘発しようとする人たちもボランティア。
 メキシコからアメリカに向かう貨物列車の屋根に乗って国境を目指すグアテマラやホンジュラスの若者たち。彼らに食料や水を差し入れる心優しい鉄道沿線の住民たち。
 メキシコに住みながら、毎朝スクールバスでアメリカの小学校に通学してくる子どもたち。こんなことが可能だと信じられるだろうか。
 国境を越えてメキシコの歯科医院に通うアメリカ人たち。ウソのようなホントの話が次々に繰り出されるのが、本書の特徴だ。
 朝日新聞記者として「壁」の取材をしてきた著者は、朝日を辞め、フリーランスのジャーナリストとして取材を継続。体を張っての取材は、ときに命の危険を冒すことになるが、その成果がドキュメントとして結実した。
 不法移民が入ってくる壁の北側に住むアメリカ人たちは、不法移民を恐れているかと思いきや、多くの人が不法移民に寛容で、「壁をつくれ」とは言っていないという現実。むしろ国境から遠く離れ、不法移民を目にすることのない中西部や北部の人の方が壁建設に賛成なのだ。
 国境を越えてメキシコからアメリカに入ろうとする不法移民のニュースを目にすると、私たちはメキシコの国民が仕事を求めてアメリカに入ろうとしているのだと思ってしまう。たしかにその側面もあるが、実態は中米のエルサルバドルやホンジュラス、グアテマラからの移民が急増している。著者は、その理由を探るため、世界最悪の殺人発生率のエルサルバドルに入る。かつての内戦が終わり、「中米のシンガポール」を目指した同国が、なぜ破綻国家のようになってしまったのか。同国の発展を助けようと、日本も援助をしてきたのだが、空回りしてしまっていた。日本の善意とエルサルバドルの人たちの熱意が、なぜ失敗に終わるのか。途上国援助のあり方を考えさせる。
 エルサルバドルに見切りをつけ、国外に出た人たちは国内に残った家族に送金をするのだが、それが「送金依存症」を作り出し、自発的な発展に結びつかないという皮肉。
 問題は「壁」ではなく、中南米とアフリカの驚くべき貧困と治安の悪化であることがわかる。
 メキシコからアメリカへの入国を目指す人々の話なのに、なぜアフリカが登場するのか。実はアフリカから欧州に入るにはビザが必要だが、南米エクアドルにはビザなしで入れたという。そこから北へ向かい、メキシコとアメリカとの国境を越えれば、アメリカで難民申請ができるというわけだ。アメリカ南部の「壁」の問題は、世界の格差の象徴なのだ。
 トランプ政権は、アメリカに入ろうとする人たちを次々にメキシコ側に送り返しているが、送り返された人たちは、メキシコで殺人や性的暴行、誘拐の被害にあっているという。
 悲しくなる事実が次々に報告される一方で、弱い立場の人を助けようとする人間の気高さも描かれていることが救いだが、この事態の解決策はないのか。
 著者は、かつての日本の経験を例に引きながら、「国境を越えなくても、生きていける」世界を築くことが必要だと訴える。遠い道のりだが、決して不可能ではないと思わせる著者の筆致に説得力があり、悲惨な話の連続にもかかわらず、読後感は悪くない。

(いけがみ・あきら ジャーナリスト)
波 2020年11月号より
単行本刊行時掲載

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著者プロフィール

村山祐介

ムラヤマ・ユウスケ

ジャーナリスト。1971年、東京都生まれ。立教大学法学部卒。1995年、三菱商事株式会社入社。2001年、朝日新聞社入社。2009年からワシントン特派員として米政権の外交・安全保障、2012年からドバイ支局長として中東情勢を取材し、国内では経済産業省や外務省、首相官邸など政権取材を主に担当した。GLOBE編集部員、東京本社経済部次長(国際経済担当デスク)などを経て2020年3月に退社。米国に向かう移民の取材で、2018年の第34回ATP賞テレビグランプリのドキュメンタリー部門奨励賞、2019年度のボーン・上田記念国際記者賞を受賞した。

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