沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う
1,595円(税込)
発売日:2021/07/15
- 書籍
恋人や家族が戯れる海の底で沈没船を発掘せよ! 気鋭の学者の初エッセイ。
英語力ゼロなのに単身渡米、ハンバーガーすら注文できず心が折れた青年が、10年かけて憧れの水中考古学者に。その日常は驚きと発見の連続だった! 指先さえ見えない視界不良のドブ川でレア古代船を掘り出し、カリブ海で正体不明の海賊船を追い、エーゲ海で命を危険にさらす。まだ見ぬ船を追うエキサイティングな発掘記。
書誌情報
読み仮名 | チンボツセンハカセウミノソコデレキシノナゾヲオウ |
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装幀 | コルシカ/装画、新潮社装幀室/装幀 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判 |
頁数 | 224ページ |
ISBN | 978-4-10-354191-2 |
C-CODE | 0095 |
ジャンル | ノンフィクション、考古学 |
定価 | 1,595円 |
書評
知らない世界の扉を開く
沈没船をはじめ、水中に沈んだ遺跡を研究し人類の歴史をひもとく――それが水中考古学です。ドブ川でレア古代船を掘り出し、カリブ海で正体不明の海賊船を推理……。そんなエキサイティングな現場の様子を気鋭の学者がまとめた発掘記、発売!
地球の約七割は海。
教師からそう習ったのは小学生の頃だった。地球は丸い、と知った時と同じくらい衝撃があった。
以来、海へ行く度に思う。
(陸上よりもずっと広い海のことを知らないままだ)
海だけじゃなく、川や湖の中がどうなっているかもわからない。どんな泳ぎの名人でも、ボンベとレギュレーターなしで長く潜ってはいられない。たとえ世界中を旅しても、所詮三割の世界だ。そう考えるとふと謙虚な気持ちになる。
そんな未知なる水中に潜む遺跡を発掘するのが「水中考古学」。本書は著者が水中考古学者になった軌跡、これまで潜った現場体験を余すところなく記した一冊。
ユネスコによると、世界の海には三百万隻の船が沈没しているという。そんなにいっぱい? と驚いた。
海は広い。沈んだ場所がわかるのか?
実は船は出港と帰港で陸に近づく際に座礁したり、浅瀬の底が接触し、乗り上げたりすることが多い。そして現地の漁師やダイバーが偶然見つける。
つまり港近くに沈んでいる可能性が高い。
また発掘作業は貴重なデータだけではなく、本に記したくなるドラマも「発掘」される。
ある年はエーゲ海東部のギリシャ・フルニ島沿岸部に沈む古代船の発掘依頼が飛び込む。エーゲ海に沈む船なんて聞いただけでもロマンティック。
引き上げるのはワインなどの液体を運ぶ「アンフォラ」という陶器の壺。何百年も海の中に残され、ウツボやタコが住みついたせいでとても臭い……臭い「お宝」には歴史が眠っている。
発掘デビューはイタリア北西部にあるステラ川。透明度50cmほどの「薄い味噌汁」のような川。潜るのはきれいな水とは限らない。そこに船が沈んでいるなら、どこだって水中考古学者は潜るのだ。あぁ、なんと過酷。
発掘調査は世界中から集められた考古学者、ダイバー、大学生などプロジェクトによっては数十人単位のメンバーで行われる。時にメンバー間で「発掘症候群」と呼ばれる恋愛問題が起きたり、共同生活で仲が険悪になったり、人間関係が研究の妨げになったりもするが、これらはプロジェクトの人選のヒントにもつながる。
では、どんな人が研究者にふさわしいのか?
第三章ではプロ野球選手を目指していた著者が、水中考古学と出会い、研究者を目指したいきさつが記される。
基礎知識もないままアメリカ留学し、英語に躓くが猛勉強の末、大学院へ入学する……2006年の渡米から約十年の激動の日々は読んで確かめてほしい。
思うに研究者に必要なのは、粘り強く探究し続ける力、チームで動くことができる力、チームから呼ばれる才能と人格。「TOEFL「読解1点」でも学者への道は拓ける」とあるが、まさに著者の情熱が道を拓いたのだ。
考古学とは、過去の遺産から歴史を探るもの。それは場所が「水中」であっても変わらない。ただし発掘には陸上以上の困難がある一方で、水中だからこそ残る歴史の痕跡もある。
陸上遺跡は時間の経過がミルフィーユのように層を成すのに比べ、水中は時間から切り離された形で残る。まるでタイムカプセルのように。
水中考古学の歴史はまだ浅い。地球の半分以上を占める海にはお宝が数多く残されているのだろう。
その「お宝」に刻まれた情報を次世代に残し、現場を保存することも水中考古学の一環だと知った。
歴史を踏みにじる「トレジャーハンター」と呼ばれる破壊者もいるそうだが、それだけ水中考古学への注目度が高くなっているともいえる。
歴史をひもとくのは研究者の仕事であるが、そこから得たものはいずれ人類に共有される。
本書はわたしの知らない七割の扉を開いてくれた。
(なかえ・ゆり 女優/作家)
波 2021年8月号より
単行本刊行時掲載
インタビュー/対談/エッセイ
ロマンは現場で待っている!
世界の海で沈没船の発掘・研究を行う水中考古学者の山舩さんが、憧れの「危険地帯ジャーナリスト」丸山ゴンザレスさんと初対面。大学で考古学を学んだ丸山さんと、「考古学あるある」から、トレジャーハンターの存在、そして海外での食事情まで、縦横無尽に語り尽くします!
丸山 『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』を読んで、「山舩さん、すげぇな」と思いました。海外で調査するってこと自体、かっこいいですよね。僕は國學院大學で考古学を学んだ“考古学者崩れ”の情報屋ですが、「大学で考古を学ぶなら、こっち(海外)だったな」というのが正直な感想です。
山舩 私、丸山さんの大ファンなんです。「クレイジージャーニー」でスラム街に取材に行く様子を見たり、ご著書を読んだりして、「丸山さんがやっていることは文化人類学そのものだな、すごいな!」と感じています。
丸山 僕はいわゆるジャーナリズムを学んだことがなくて、取材も自己流なんです。國學院大學って少し特殊で、神主をやりながら考古学の研究をしている先生や、授業よりも酒の席でよく会う先生もいました。そんな環境で身につけたスキル、遺物へのアプローチや、現地での聞き取りのノウハウみたいな考古学的な考え方をベースに取材をして物を書いている。グローバルに活躍している山舩さんに響いたなら、とても嬉しいです。
山舩 「現地の文化を理解する」という点は考古学も文化人類学も、丸山さんの取材も同じです。僕や、僕の友人の文化人類学者がやっていることと同じだな~と思いながら、番組を見ていました。
丸山 実は僕、学部2年生の頃、専攻を決める面接で「なんで考古学なの?」って聞かれて「『インディ・ジョーンズ』が好きなんです」って言ったら、「お前もか……」という反応をされたんです。「これはヤバい」と思って「『MASTERキートン』も読んでます!」とアピールしたら、「あんなかっこいい考古学者はおらん!」とさらに怒られた(笑)。でも、エンタメ作品から考古学の世界に入ったし、実際に冒険もしたいんですよ。山舩さんも「インディ・ジョーンズ」が好きだそうですね。
山舩 はい、大好きです。考古学は本当にロマンにあふれた学問ですけど、学者自身がそう言ってはいけない雰囲気がありますよね。
丸山 あります、あります。1000年前の物が土の中から出てくるって、それだけでワクワクするじゃないですか。しかも山舩さんは、「水中考古学」ですから、発掘現場はもちろん水の中。発掘していて、興奮で震える瞬間ってありますか?
山舩 やっぱり一番最初の発掘が面白いんです。海底の砂の中から、船体の木材が出るか出ないかのタイミングですね。興味のない人から見たら単なる木片ですが、私は船の構造が大好きなので、それが出てくると、もう……。
丸山 昔の船って、今で言うところの飛行機や宇宙船ですもんね。当時の最先端技術の粋を集めた物だから。
山舩 そうなんです。古代エジプト時代から、ヴァイキング、大航海時代……と世界史の大きな流れの中で、人が移動する時に使った最新機械が船です。コロンブスなんて、本当に新大陸があるか分からないのに冒険の航海に出た。それによって植民地支配が引き起こされたという負の面もありますが、冒険家たちのストーリーの上に私たちは今、生きているんです。……ともっともらしく言いましたが、とにかく帆船はかっこいい! それに尽きます。
丸山 動機は、ごちゃごちゃ理由をつけず、シンプルな方が良いですよね。面倒くさくなった時に「本当に知りたくないの?」と自分に問い直せる。
山舩 そうだと思います。私は電車オタクの「鉄ちゃん」と同じなんですよ。ただただ楽しいから10時間くらい文献を読んでいるだけなのに、「研究しているね」と褒めてもらえる。学者になれてラッキーだと感じます。
丸山 その感覚、すっごく分かりますね。僕も、何週間も海外のスラム街をウロウロして、見たり聞いたりした情報を日本に持って帰ってきて価値づけをする……という仕事をしています。こんなことを商売にできるって幸せだなと思います。「好き」が高じて仕事となっているのは、山舩さんも私も同じかな、と思いました。
盗掘とコレクション
丸山 山舩さんは本の中でトレジャーハンターによる被害について書かれていました。ぜひ聞きたいんですけど、沈没船からサルベージする民間人は、さまざまな機関が把握しているよりも、実態としては多いんですか?
山舩 うーん、これまでのトレジャーハンターは、船全体をダイナマイトで破壊し、金属探知機で金貨なんかを探し出す、という方法を取っていましたが、丸山さんも本に書いているように、割に合わないんですよ。金目のものは、沈没した直後に奪われているケースも多い。それで今は「投資詐欺」に移行していますね。例えば、「南米沖に何百億円の価値のあるものが埋まっています。数億円あればサルベージできます。余剰分は出資者に配当します」と、出資金を集めてトンズラするんです。
丸山 盗掘については、そういう変化はあるだろうなと思っていました。ちょっと蛇足ですが、偶然海岸に流れ着いた遺物を一般の方が拾ってコレクションするのは許せます? イギリスのテムズ川なんかだと、実際に趣味としてやっている人がいるんですが。
山舩 なるべく自治体や博物館に報告をしていただきたいのですが、流れ着いた物だったらOKです。確かに、沈没船の中に残されている積み荷が、船体内のどの位置から出土したかは大切な情報です。ですが、故意に持ち去ったのではなく、自然の力で流出してしまったのならば、特に問題視はしません。遺跡を破壊するか、意図的に持ち出したか、がポイントですね。
丸山 少し話が変わりますが、現代の車を将来の人類が発掘したら、21世紀の文明について推察できることが多いと思うんですよ。タイヤの形状からフラットな道路が存在したこと、燃料タンクの大きさから移動可能距離などですね。船一つからも、そういう風に過去の文明を復元できますか?
山舩 船からだけではできないかもですね。帆やロープを見れば造船技術の水準は分かりますが……。古代船だったら、木の切り方から、どのように自然を活用していたのかは分かります。航海器具を見れば世界をどのように理解していたかも読み取れますが、それが限界でしょうか。積荷まで出てくると、かなり当時の文明を推察できます。各地から品物が港に集まり船に載せられるので、当時、何が流行していたのかや、敵対していた文明同士も実は食物の貿易をしていた……なんてことも分かります。
丸山 なるほど!
中華料理が味方
丸山 僕は自分の人生をもう一回やるのは絶対無理だと思う。運やタイミングが重なって今があるのであって、振り返ってみると実はとても細い糸の上を歩いてきたんだな、と感じるんです。
山舩 私も、もう一度人生をやるなら、小学生の頃から野球じゃなくて水中考古学をやりたいと思いますね(笑)。野球部時代は、本当に辛かったです。
丸山 でも、「野球をやっていた」って言ったら、アメリカの大学院の研究室でクラブに勧誘されたりとかはなかったんですか?
山舩 全くなかったですね。でも発掘中は2ヶ月くらい研究室のメンバーと一緒に過ごすので、絆は強かったです。
丸山 僕が学生の時は島で発掘することが多かったので、みんなトランプか麻雀を覚えていきました。ほかに娯楽がないので……。発掘中はすごく仲良くなりますよね。あとは、行った先の国々では食にこだわったりします?
山舩 発掘中はこだわらないですね。大体、アパートを1棟丸ごと借りて、近くのレストランと契約してしまうんですよ。だからメニューも固定されます。私の場合、現地人ばかりの発掘チームの中に日本人一人、ということが多く、パン食が中心。とにかく米が食べたくなります。海外の大学にフォトグラメトリ(写真からの3次元測量)を教える講師として呼ばれた時には、夜は少し時間に余裕ができるので現地の中国人が経営している中華料理屋に行きます。世界中どこに行っても、絶対にあるんですよ。店員に「麻婆豆腐ありますか?」と聞くと、中国人向けの「隠れメニュー」を出してくれる(笑)。滞在中、毎日行くので覚えてもらえます。この前、2年ぶりにマルタの中華料理屋に行ったら「来たかー!」と歓迎されました。
丸山 僕もジャマイカに行った時に、現地の友人に「美味い中華屋がある」って言って連れていかれたんです。「そんなこと言ってもジャマイカレベルだろ」ってたかを括っていたら、本当にものすっごく美味い。なんでこんなに本場の味が再現できるんだ!と思ったら、ジャマイカには中華料理の調味料なんて売ってないから、ゼロから自分達で作っていると言っていました。そりゃ美味くなるに決まっている(笑)。逆に、海外の日本料理は、ギャンブルですね。南アフリカのケープタウンでは、「YouTubeで学んだ」って言う黒人の寿司職人がいたりしました。シャリがやたらデカくてカッチカチ。2貫で満腹でした。僕は基本的にそういう「貰い事故」をしに行きますね。
無我夢中のアメリカ時代
丸山 それにしても、大学院に入る前の語学学校時代はがんばりましたね。2年で大学院に入学できると思っていました?
山舩 勉強し続ければ、いつかは入れると楽観していました(笑)。私は丸山さんみたいに学部から考古学を学んで院に……という正規のルートではなく、野球漬けの大学生活からいきなりアメリカの語学学校に行ってしまったので、自分が上っている階段が何段くらいあるのか分かってなかったんです。階段の高さがあらかじめ分かっていたら、諦めていたかもしれません。通った語学学校は目標としていたテキサスA&M大学の併設で、偶然、水中考古学の教授の奥さんが語学学校で教えていて、「コウタロウはバカだけど、やる気はある」とプッシュしてくれました(笑)。
丸山 その後、無事に大学院に合格、研究室に入るわけですよね。この頃に、一番ご自身の能力が伸びたのでは?
山舩 どちらかと言えば、院へ正式入学する前の「お試し期間」だった仮入学の1年が最も辛かったですね。結果を出せなかったら日本に帰されるというプレッシャーから、幻聴や幻覚が出るくらいまで勉強しました。
丸山 親御さんは、海外に出て結婚して日本に帰ってこないのでは、と思われたりもしたんじゃないですか?
山舩 学生時代に付き合っていた彼女がいたんですが、1年間も浮気されていたことが発覚して「もう恋愛はいいや」と思うようになりました(笑)。
丸山 それはそれは……(笑)。山舩さんは、日本人として海外での研究も経験しています。今後、水中考古学を志す人に「おすすめのルート」を教えてくれますか? もちろん、破天荒なロールモデルとして、山舩さんには今後も活躍してほしいですが(笑)。
山舩 私と同じルートはあまりおすすめしませんね(笑)。西洋船の研究をしたいのであれば、造船史を学ばないといけないので海外に出てほしいな、とは思います。でも、日本国内にも水中考古学の可能性はたくさん転がっています。例えば、貝塚なんて山ほど海中に埋まっています。もしくは縄文時代の居住地遺跡が水没していたとしても、私は門外漢なので研究できない。だから、日本の考古学で活躍されている方々に、水中遺跡に興味を持ってほしいです。ダイビングのライセンスを取りさえすればいいんです。4日間で5万円払ってくれれば取れます。
丸山 北海道の野付半島には、昔、遊廓があったという伝説があるんです。実際、海岸に陶器が流れ着くそうです。そういう風に、水中に沈んでいる遺跡は国内に山ほどあるはずですよね。
遺跡の持つ本当の価値
丸山 ご専門の大航海時代のスペイン・ポルトガル船以外の時代や国の船の発掘や調査にも沢山参加されていますよね。本の中では、ミクロネシアの戦争遺跡にも触れられていますが、戦争遺構保護の活動は、今後もやっていくつもりですか?
山舩 そうですね。本に書いたミクロネシアのプロジェクトは、もともとユネスコのチームに誘われて参加しました。第二次世界大戦時の沈没船は、船内にまだ燃料が残っているんです。月日を経て船体が劣化して流れ出すと、周辺の景観が損なわれてしまいます。ミクロネシアは観光で成り立っている国ですから、大問題です。また、戦時中に現地では日本軍の駐留によって食糧の徴収による飢餓が発生した歴史もあります。日本人で、技術的にも貢献できるのであれば、積極的に携わっていかないと、と思います。
丸山 ご自身のナショナリティについては、海外に出てから意識するようになったんですか?
山舩 はい。世界的な視点からも考古学を考えられるようになりました。私は丸山さんほど危険な場所には行っていませんが、ジャマイカやトバゴなど、まだまだ貧しい国の現場に行って感じるのは「考古学は金持ちの国の道楽だ」ということです。でも、貧しい国にだって、歴史と遺跡は絶対にある。アイデンティティを育てるためにも歴史はとても重要です。それに遺跡もやっぱり単純にかっこいいんです! だから、その感動を残しておきたい。将来は、遺跡の保護団体を作りたいです。
丸山 そこに遺跡があったという記録は後の世代へ残せますもんね。それに、世界中、どこに行っても博物館はありますよね。やっぱり人間には「過去を知りたい」という欲求が本能レベルで備わっているんだと思います。
行き着く先はロマン
山舩 私はとにかく船の考古学が楽しいってことを皆さんに伝えたいんです。今、一人で地下アイドルを応援しているような状態なので……。水中考古学の魅力を共有できる仲間がもっといたら、と思います。フィクションじゃなくても、考古学はロマンにあふれている。それを知ってほしいですね。
丸山 少なくとも、山舩さんは一人じゃないですよ。僕が発掘現場まで応援しに行きます。
山舩 心強い! 今度、モンゴルの湖で水中ドローンを使って調査を行う予定なんです。モンゴルは内陸国なので、湖信仰が強い。湖に色々大切なものを投げ入れる風習があったのですが、ロシアのトレジャーハンターがそれを奪っていくという問題が起きているんです。丸山さんは考古学の視点も持ったジャーナリストですから、ぜひ現場を見て取材してほしいです。
(やまふね・こうたろう 水中考古学者)
(まるやま・ごんざれす ジャーナリスト)
波 2022年2月号より
単行本刊行時掲載
水中考古学の世界へようこそ!
世界各地のミステリーを紹介する名物番組「世界ふしぎ発見!」。海に眠る船を発掘・調査する水中考古学者、山舩晃太郎さんは「考古学の道を選んだのも、この番組から影響を受けて」と言うほど、幼少期からの大ファン。司会者の草野仁さんを迎え、水中考古学の魅力、沈没船の魅力を語り尽くします。
山舩 今日はお目にかかれて光栄です。
草野 こちらこそ、お会いできることを楽しみにしていました。2019年に、私が司会を務める「世界ふしぎ発見!」でも山舩さんを特集させてもらいました(「アドリア海に眠る沈没船 若き日本人学者と追う! ルネサンスの謎」2019年11月2日放送)。『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』を読ませていただきましたが、こんなに爽快な本に出会ったのは久々だな、というのが率直な感想です。
山舩 ありがとうございます。
草野 山舩さんは少年時代から野球に打ち込んでこられ、法政大学野球部へ。神宮球場で活躍したいと努力されたのですが、バッティングピッチャーで終わるという挫折を味わったんですね。
山舩 挫折って、上手かった人間が味わうものだと思うのですが、私の場合は本当に「球拾い」だったので、挫折とも呼べないかもしれません。
草野 スポーツをやっていらっしゃった方の場合、競技から離れる決断はなかなか簡単に出来るものじゃありません。実は私も高校時代、陸上部で100mの自己ベストは11秒2でした。でも砲丸投げでインターハイ優勝をした数学者の父から「精神が脆弱なお前にはスポーツは向いていない。勉強しろ!」と言われて、2年生で退部させられたんです。スポーツをやっていた人間が目標を失う、という経験は実感として知っています。山舩さんが大学で野球をやめて、スパッと水中考古学の道を選んだのは、切り替えがすごいな、素晴らしいなと感じました。『海底の1万2000年―水中考古学物語』という本を大学図書館で手に取られて、テキサスA&M大学の大学院に留学されたそうですね。
山舩 日本では英語のテストで20点以下しか取ったことがないのに、アメリカに留学してしまって。
草野 マクドナルドでハンバーガーも頼めず、モーテルの自販機でスナックを買って凌ぐというご苦労もされたと(笑)。
山舩 人と話さずに食べ物を買えるのがそれしかなかったんです。
草野 そこからとてつもなく勉強をされて大学院の博士課程の頃、フォトグラメトリという技術を水中考古学に応用した方法論を学会で発表、学者としての第一歩を踏み出されます。この時の流れを少し教えていただけますか?
山舩 それまで水中考古学の現場では船の構造を手作業で測定していたので、誤差も大きかったんです。船の研究の上で最も重要なのは「船の骨格」ともいえるフレームの形です。曲がり具合や大きさが分かれば、その船全体の大きさや、積載能力を知ることが出来ます。それなのに、同じフレームでも私が測った数値と別のメンバーが測った数値が異なったこともありました。また10〜20人で1か月かけて、ようやく記録作業が完了するという具合でした。フォトグラメトリは、「遺跡の写真を大量に撮り、ソフトを使って3Dモデル化する技術」です。これを使えば記録作業は1人で出来、作業効率がグッと上がりましたし、正確なデータを得ることも出来るようになりました。これを国際学会で発表したのが、私の今の生活のスタートです。
草野 ここについて書かれた箇所、私も「どうなるんだろう」と緊張しながら読んだんですが、発表後の質疑応答で大御所の先生が質問に立たれて……。
山舩 「ヤバイ! 終わった!」と本当に思いました。
草野 ところが「彼の発表を聞いて初めてフォトグラメトリは学術研究に使えるという確信を得た」と大絶賛されたんですよね。この時、どう思いましたか?
山舩 「絶対に役に立つ!」とは思っていましたが、大御所の先生に認めてもらえて本当に嬉しかったです。
草野 「世界ふしぎ発見!」で山舩さんを特集させてもらった時も、ご自身の方法論で作成された3Dモデル画像をご提供いただきました。3Dモデルを作るのには、どれくらいの時間がかかるんでしょうか。
山舩 撮影自体はとても短時間で出来ます。30m×10mくらいの大きさの船でしたら、30分ほどの時間があれば、必要な枚数をクリアします。
草野 番組でも、一生懸命に水中で撮影している山舩さんのお姿は「神々しいな」と思いました。フォトグラメトリによって記録作業の不便さは解消されましたが、他にも課題点はありますか?
山舩 最近は考古学者だけではなく昆虫学、生物学の研究者など、色々な方のお力を借りて、新たな謎の解明に向けて努力している段階です。昆虫学のプロに参加してもらうと、船の積み荷から発見された虫から、どういう穀物を船が運んでいたかが分かりますし、生物学の専門家の方がいれば、海底での発掘調査中、周囲に生息している海洋生物や珊瑚礁の保護・保全をより徹底できます。
草野 有機的に歴史の真実に近づいていっているんですね。そのうちAIの導入などもあるんでしょうか。
山舩 将来的にありうると思っています。
発掘現場のリアル
草野 本を読んで「なるほど」と思ったのは、陸上の遺跡は時間の経過とともに失われてしまいますが、海底では条件によってはびっくりするほど綺麗な形で残っているということです。
山舩 海底で砂に覆われた場合、何千年も前の船が、本当に昨日埋もれたかのような状態で発見されるんです。
草野 そこから船の構造を少しずつ明らかにしていくのは、本当に楽しいでしょうね。
山舩 一つ一つのピースを探し、それを組み合わせていくので、ジグソーパズルをやっているような感覚ですね。あと、チームで泊まり込みで作業をするので、プロジェクト中は修学旅行のように、にぎやかで楽しい日々です。
草野 法政大学野球部で3年間、寮生活をしていた経験が発掘の集団生活でも役立ったとも書かれていましたね。
山舩 授業で成績が良くても、集団生活のストレスでドロップアウトする人もいますが、私は全く苦になりません。
草野 それでも、発掘現場によっては水がものすごく冷たいし、時には臭い。大変なお仕事でしょう。
山舩 一番水が冷たかったのは、人生で初めて発掘に参加した2011年のイタリアでした。現場はアルプスの雪解け水が流れる川。ものすごく冷たかったです。
草野 温度は、作業をしていれば慣れるものですか?
山舩 いえ、全く慣れません。水が入りこまないドライスーツを着れば寒さもしのげるのですが、イタリア人のマッチョな男性教授が「ウェットスーツで大丈夫だろ! 俺は大丈夫だ!」と(笑)。ブルブル震えながら、その言葉を聞きました。しかも、周辺が農地だったため肥料が流れ込み、本当に臭いドブ川で……。でも、それが初めての現場だったので、その後はどんなところでも綺麗に感じられます。
船の進歩、研究の進歩
草野 人類はアフリカで誕生して以降、外洋に進出し、領土を広げ……と発展してきたのですから、船は進歩をもたらす大きな要素ですね。
山舩 現代人は海を人と人とを隔てるものとイメージしがちですが、昔の人々にとってみれば、文化や大陸を結ぶものでした。そして、それを可能にしていたのが船なんです。
草野 船の種類は、時代ごとに大まかに分けられるものですか?
山舩 はっきりと分けるのは、実は難しいんです。同じ時代でも、土地によって全く違うんですね。例えば北欧に住んでいる人々は波の荒い北海を船で渡っていました。激しい波にぶつかっても船が壊れないように、北欧のヴァイキング船は外板を薄くして柔軟な船体をしています。これが地中海になると、波は北海ほど荒くありませんが、大陸からの吹きおろしで風向きが頻繁に変わります。海賊も多かった。なので、風の向きに対応したり、海賊からうまく逃げたりするために操縦性を重視し、三角帆を利用した「キャラベル船」という船が使われていました。
草野 歴史の中で見た時に、大きな転換点はあるんでしょうか?
山舩 やはり大航海時代が大きかったと思います。スペインとポルトガルがまずアジアやアメリカ大陸に進出します。これらの国が当時利用していたキャラベル船は小さく、交易には不向きでした。それを大型化して積み荷も沢山運べ、かつ走力もキープした形になったのが「キャラック船」です。この船の面白いところは、操縦性に富んだキャラベル船の三角帆と、北欧のヴァイキング船の走力性のある四角帆など、どちらの特徴も兼ねそなえているところです。スペインとポルトガルがちょうど北欧と地中海の間に位置しているからこそかもしれません。
草野 なるほど。水中考古学の道に進んで、最も充実感を得るのは、どういう時ですか?
山舩 すべての時間が楽しくて、選べないですね(笑)。
草野 はっはっは。充実感を持って出来る仕事を見つけられるというのは、本当に素晴らしいですね。年間、数十日しか日本には戻って来られないくらい、山舩さんが世界で活躍されているというのは、日本にとっても誇りだと思います。
山舩 私は好きな研究をしているだけなのですが、ありがたいですね。コロナの影響で2020年の3月以降は、海外での発掘も延期になって、久々に日本に長期滞在しているのですが、その間も国内の大学や民間企業とお仕事をさせてもらっています。例えば、人間が潜ることの出来ない深海でも沈没船は見つかっています。そういうところでもフォトグラメトリを可能にするため、カメラを搭載した水中ドローンを試作中です。日本の技術を海外での発掘で役立て、世界の水中考古学を引っ張っていけるようになりたいです。
草野 日本の近海にも、本当は船がたくさん沈んでいるはずですよね。
山舩 おっしゃる通りです。日本も江戸時代は弁才船、いわゆる和船による国内交易が盛んでした。台風で沈没している船もあるはずですが、見つかっていないんです。それは、水中考古学がまだまだ知られていないから、という側面もあると思います。日本では恐竜は大人気の学問分野です。数年に一度、小学生による新発見もあります。それは、恐竜好きの子が道端に落ちている石を「これは、化石かも」と思って博物館に連絡してくれるからこそです。今の日本では、砂浜を散歩中に古い木材を発見しても、「沈没船かも」と思って連絡をくれる方はいません。私は水中考古学をエジプト考古学くらい人気にすることが目標です。
考古学は「分からない」が魅力
草野 確かに私が考古学の魅力を改めて感じたのもエジプトでした。「世界ふしぎ発見!」で1987年に、ピラミッド前から放送したんです。その時、ピラミッド内部も見学しましたが、「5000年前に、どうやって造ったんだろう」と圧倒されましたし、その正体がそうそう簡単には明らかにならない、という点が面白いと感じました。
山舩 考古学は、やっぱり「分からないから面白い」んだと思います。私も、沈没船の正体を推理する時、とてもワクワクしますね。
草野 この本を読んで「水中考古学者になりたい」と思う若い方は間違いなく出てくると思います。
山舩 現場で実際に発掘したら、想像の100倍は楽しいと断言できます。いつか草野さんにも発掘に参加してもらいたいです!
(やまふね・こうたろう 水中考古学者)
(くさの・ひとし TVキャスター)
波 2021年8月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
山舩晃太郎
ヤマフネ・コウタロウ
1984(昭和59)年3月生れ。東京海洋大学非常勤講師、九州大学共同研究員。2006(平成18)年法政大学文学部卒業後、渡米。テキサスA&M大学・大学院文化人類学科で船舶考古学を専攻し、2016年に博士号を取得。船舶考古学博士。西洋船(古代・中世・近代)を主たる研究対象とする考古学と歴史学の他、水中文化遺産の3次元測量と沈没船の復元構築が専門。2024年1月現在は、世界の海をとびまわりながら、「世界ふしぎ発見!」「クレイジージャーニー」などのメディアにも出演。水中考古学の魅力を広く伝える活動を行っている。