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最後に「ありがとう」と言えたなら

大森あきこ/著

1,485円(税込)

発売日:2021/11/17

書誌情報

読み仮名 サイゴニアリガトウトイエタナラ
装幀 Getty Images/カバー写真、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 158ページ
ISBN 978-4-10-354261-2
C-CODE 0095
ジャンル ノンフィクション
定価 1,485円
電子書籍 価格 1,485円
電子書籍 配信開始日 2021/11/17

死は別れではなく始まり――4000人以上を見送った納棺師が思わず涙した家族の物語。

なくなった夫に頭をなでてほしいと願った妻。姉弟が覚えているお母さんのいいにおい。お気に入りの洋服を着て何度もだっこされた小さな“なきがら”――故人を棺へと移す納棺式に、ひとつとして同じものはない。生と死のはざまのごく限られた時間に、家族は絆を結び直していく。ベテラン納棺師が目頭を熱くした宝石のような実話集。

目次
はじめに
第1章 においのぬくもり 声のやすらぎ
「いい子、いい子」して欲しかった
桜の下の棺
悲しいのは当たり前だよね
音の記憶
お母さんのにおい
人は死ぬとどこに行くの?
【コラム(1)】納棺式の流れ
第2章 旅立ちのための時間
生と死の間の時間
親父の思い出なんてない
最後のお風呂
霊感納棺師になりたい
「このたびはご愁傷しゃまです」
「悲しい」と「怖い」
亡くなった人に呼ばれる話
驚かない技術
どんな顔で逝きますか?
上手くいかない日の話
【コラム(2)】納棺式のタイミング
第3章 棺は人生の宝箱
鰻と日本酒と留袖と
あの世に何を持っていく?
「やっぱりお父さんだった」
最後のお出かけに着ていく服
最後の会話
会いたい幽霊
どんな反応も当たり前
幸せの俳句は「ありがとう」への返事
よいお母さんになりたい
【コラム(3)】紙の上の納棺式
あとがきにかえて

書評

別れの達人と、別れの処方箋

岸田奈美

 あれは、はじめて上京して家を借りようとしていたときのことだ。
 相場よりもずっと安い家賃の物件を見つけて、その安さといったらもう不安になるくらいの安さだったので、おそるおそる不動産屋にたずねた。
「これって、あの、いわゆる事故物件じゃないですよね」
 それに対する、不動産屋の返しはこうだった。
「大丈夫ですよ。この日本で、人が死んだことのない土地なんてありませんから」
 そのときは、いらんトンチを利かせとる場合かと呆れたが、なるほど、うまいこと言うもんである。人は生きていれば、かならず死ぬ。お別れの儀式は200万年前から続いている。死と葬儀は、わたしたちにとって身近で、とてつもなく古い物語なのだ。しかし200万年経っても、わたしたちは戸惑い、悲しみ、乗り越えようともがいている。古い物語の中には、ひとつひとつの、固有の新しい物語が集まっている。
 納棺師・大森あきこさんが本書で綴った25篇の死の実話には、丁寧に削り選ばれた短い言葉の中に、想像し尽くせない人生の奥行きが感じられる。不思議なことに、一篇を読み終えるごとに、自分にとっての大切な誰かが思い起こされ、記憶の像が結ばれる。喜び、安堵、後悔、いろんな感情が静かに湧き上がってくる。
 この本は、すべての人が今まで経験した、またはこれから経験しうる、死という絶望への処方箋が詰まっているのだと気づいた。わたしがこの本から受け取った、ひとつの処方箋は、「別れを乗り越えるために必要なのは、別れの時間である」ということだ。
 大森さんは、これまでの納棺で出会ったご遺族の中には「お別れの達人」がいるという。亡くなった人との時間を自然に振り返ってくれる人だ。ご遺族の悲しみや思い出を葬儀で共有する時間が、「別れ」を「出発」にゆっくりと変えてくれる。わたしは、16年前に亡くなった父の葬儀で会った父の友人のことを思い出した。彼はお別れの達人だった。
 そのときのわたしは、急な父の死を受け入れられず、呆然とするか、泣き叫ぶかを、何十時間も繰り返していた。穏やかな顔でてきぱきと準備する葬儀社の人々を、見るのがいやだった。父の死を悲しんでくれていない気がした。涙ながらに同情してくれる参列者の人々と、話すのがいやだった。あなたたちは葬儀が終わって家に帰ったら、生きてる家族がいるからいいよねと妬んだ。わたしは誰かを恨むことで、“こんなはずじゃなかった”と父の死を受け入れまいとした。
 そんなとき、彼はやってきた。父の前で手を合せ、震えた深い溜息と涙を一筋流し、わたしに一枚の映画のDVDを渡した。
「わたしにとってお父さんは、その映画に出てくるお父さんと同じ存在です。同じようなことをいつもわたしに伝えてくれました」
 わたしがその映画「ビッグ・フィッシュ」を見たのは、3年後のことだった。そこには確かに父がいた。父がわたしに伝えたかったであろう言葉が詰まっていた。わたしは彼にメールを送り、そこでようやく、父がわたしの知らないところでも、多くの人に愛されていたことを思い知った。誇らしさが、悲しみを上回っていった。
 長い時間をかけて、ゆっくり、ゆっくり、父との別れをわたしが受け入れられたのは、あの時、準備をしてくれた葬儀社の人々のおかげでもある。わたしが普通ではないときに、普通にしてくれていた。穏やかそうな顔をしていたけれど、本当は、心を痛めながら、最善を尽くしてくれたのかもしれない。
 大森さんの思いを受け取ると、過ぎ去った葬儀の苦い思い出すらも、新しい印象と感謝が重ねられる。16年という時間をかけてもなお、わたしは父の死を温かな力に変え続けている。
 家族を愛するとは、そばにいることではなく、愛しい距離を探ることだと、わたしはエッセイで書き続けてきた。でも距離は、相手が亡くなってしまったあとでも動き続ける。なぜなら、時間は流れ続けるから。絶望を引き起こすその距離を、どう捉え、どう過ごし、どう愛するのか。そのことがいくつもの視点で、言葉を尽くして書かれた本書は、死と儀式がつきまとうわたしたちの人生において、欠かせない処方箋になるのだと思う。

(きしだ・なみ 作家)
波 2021年12月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

大森あきこ

オオモリ・アキコ

1970年生まれ。38歳の時に営業職から納棺師に転職。延べ4000人以上の亡くなった方のお見送りのお手伝いをする。(株)ジーエスアイでグリーフサポートを学び、(社)グリーフサポート研究所の認定資格を取得。納棺師の会社・NK東日本(株)で新人育成を担当。「おくりびとアカデミー」、「介護美容研究所」の外部講師。夫、息子2人の4人家族。

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