秘闘―私の「コロナ戦争」全記録―
1,760円(税込)
発売日:2021/12/22
- 書籍
- 電子書籍あり
“コロナの女王”は何と闘ったのか――「この国の罪と病」を明かす迫真の告白手記!
尾身分科会会長、田村前厚労大臣ら、コロナ対策を指揮した中心人物との生々しいやり取りであぶり出されるコロナ禍の真実。日本中が未曾有の災禍に見舞われたあの時、誰が、どう動いたのか!? この国の矛盾と歪みに直面した著者が、また訪れる危機のために何としても書き残しておきたかった「秘められた闘い」の700日!
書誌情報
読み仮名 | ヒトウワタシノコロナセンソウゼンキロク |
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装幀 | (C)Alamy/PPS通信社,marabird/Getty Images/カバー、新潮社装幀室/装幀 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 384ページ |
ISBN | 978-4-10-354361-9 |
ジャンル | 科学 |
定価 | 1,760円 |
電子書籍 価格 | 1,760円 |
電子書籍 配信開始日 | 2021/12/22 |
書評
臨床医の私が知りたかった答え
“コロナの女王”が告白手記で書きたかった、「秘められた闘い」の真実とは――識者が解説!
2021年始めの第3波の時のこと。コロナによる肺炎で呼吸不全をきたして私の病院に運ばれてきた複数の患者さんを、「明日死ぬかもしれない」と案じながらも、コロナ患者を受け入れる体制にはなっていなかったため、自宅に帰さざるを得なかった。患者さんの命を放棄したと自分を責め、トラウマにもなった。だから、私はただの開業医でありながら、その後、コロナ病床を作った。
なぜ患者の行き先がないという事態になってしまったのか? そんな疑問が、この本を読んで氷解した。本書には、日本のコロナ対策がどのようになされてきたのか、どこに問題があったのか、記録として残すべき内容が詳細に書かれている。
専門家たちの閉鎖的な世界は“感染症ムラ”と本書で呼ばれている。かつてはその「ムラ」に住んでいた著者は、コロナ禍初期からの問題点について鋭く指摘している。それは、コロナの医療現場にいる私からも見えない点だ。
第2波の時、こんなこともあった。ある保育園で感染者が出て、お母さんが1歳と3歳の子供を連れて来院した。濃厚接触者ではないため自費でしか検査が受けられず、5万円もかけて検査を受けて頂かなければならなかった。とても理不尽で、患者さんのことを思うとこちらも申し訳なく、いやな経験でしかなかった。なぜすぐPCR検査ができないのか、実効性のあるコロナ対策が進まないのか、臨床現場にいる私は本来、現場でやらなければいけないことができずに、ずっと忸怩たる思いでいた。
その答えが、本書にはあった。日本でPCR検査を抑制した理由として専門家らの発言を検証しながら、「厚労省と専門家会議の確固たる意志」があったとし、早期発見・早期治療を早い段階で放棄していたことを指摘している。また、「検査拡大に反対する」ために厚労省が内部文書を作成し、「官僚や国会議員などにネガティブ・キャンペーンを行って」いたことも明かされており、目を疑うほどだった。
同時に私は、批判的な意見をここまで言ってしまっていいものなのか、とちょっと驚いた。政府の感染症専門家たちが科学的視点からではなく、「政治的」に動いてきたことは、特に厳しく追及している。尾身氏や時の厚労大臣との生々しいやり取りでは度々核心に触れており、東京五輪開幕前の“尾身の乱”の舞台裏のシーンでは、世間が抱いた印象とはだいぶ離れた事実があったのだと知った。変異株の恐怖の中で五輪を止める気がない尾身氏に対し、「尾身先生、もう、遅いじゃないですか……」と岡田さんは心の叫びを漏らす。そこには深い絶望や悲しみが表れていた。
自らへの批判をかえりみず、このような“秘闘”の内容を岡田さんが明かす目的は何なのか? この方は何のために闘っているのだろう、とすら思った。岡田さんは、コロナ問題の初期よりテレビで感染対策の不足を訴え、リスクの過小評価に対して終始、警鐘をならし続けてきた。時には騒ぎすぎだと疎まれ、誹謗中傷に晒されもしたが、なお引かない強さを感じていた。とはいえ、あるテレビの番組でお会いした岡田さんは憔悴し、痩せ細っていた。心配したものの、どうしてそこまでがんばるのか、とまではお聞きすることはできなかった。
だが、この本を最後まで読むと、そこには明確な理由があることがわかった。単純な理由だった。彼女は人知れず巨大な敵と闘っていたのだ。
政治的な視点からは、コロナ対策はあたかも日常の生活(経済活動、社会生活)を送ることに対する大きな障壁のようにみなされがちだが、そうではない。それは決してぶれてはいけない、崩れてはいけない壁だ。国民を、国を、感染症という巨大な災害から守る大切な壁なのだ。この壁を守ることが、結局、経済も社会も守ることになる。それが彼女の信念なのだ。
彼女が直接見たコロナ対策に奔走する政治家や専門家らの人間模様が、各人の人生観を織りまぜながら、舞台裏も含めて描かれていく。彼女は、田村前厚生労働大臣とともに、本意ではない状況の中で目標を持ち、様々な障壁の中で思うようにならずにもがきながらも、あるべきコロナ対策の実現に向けて、強く信念を貫く姿が描かれている。それは“サイエンス”という判断基準に従い、国民のために感染者をいかに減らすかという明確な目標だ。一方、立場の異なる感染症専門家の人々も描かれている。彼らの目標は、政治的であったり、保身であったりするのだろう。おのおの掲げた“目標”と“得たいもの”の、言わば人生観の違いからくる行動の違いが明確に描かれていて、考えさせられる人も多いはず。
「私は医師でも医療者でもないので、こんなことを言うのは不遜と思われるかもしれない」と日頃から言う岡田さんが、今は大学教員であり、メディアでの解説者という立場から真摯にコロナと向き合い、どうしても書き残したかったのだという覚悟と決意が、文章の端々から伝わってくる。
私たちは今までの失敗を教訓に、今後どうすべきか。これは単なる批判の書ではなく、広く日本人に向けられた強烈なメッセージである。
(くらもち・じん 医師、インターパーク倉持呼吸器内科院長)
波 2022年1月号より
単行本刊行時掲載
この国のメディアにおける「岡田晴恵」という存在
“コロナの女王”が告白手記で書きたかった、「秘められた闘い」の真実とは――識者が解説!
2019年の末から新型コロナウイルス感染症のパンデミックが世界を襲い、それ以降の約9カ月を担った安倍政権の危機対応を高く評価する者は圧倒的少数だろう。実際、愚策に類すべき政策を挙げればキリがない。
科学的根拠さえ怪しい全国一斉休校。異物混入も続出した布マスク2枚=アベノマスクの配布。掛け声ばかりで一向に増えない検査体制。だから検査や医療にも満足にアクセスできない多数の感染者。迷走の果ての給付金一律支給。再委託や外注を繰り返して中抜きされた各種給付金……。
当然のこととはいえ、各メディアの世論調査で政権支持率は低下し、政権のコロナ対策を「評価しない」という声も過半を大きく超えた。それまでは「やってる感」の演出で長期政権を維持してきたが、真の危機に直面して化けの皮が剥がれ、さらには危機の只中に首相はまたも体調悪化を理由として政権を投げ出した。
そんな時期、あるテレビ番組でコメンテーターを務めていた私は、岡田晴恵氏と生放送のスタジオで毎週のように顔を合わせるようになった。
あらかじめ断っておかねばならないが、科学分野を専門とする記者ではなく、まして感染症問題に疎かった私は、感染症学や公衆衛生学を専門とする岡田氏がどのような業績を積み重ねてきたのか、学会のなかでどのようなポジションに位置しているのか、まったく知らなかった。
だが、番組でたびたび顔を合わせ、そのコメントや訴えに直接触れ、私も私なりに感染症に関する知識を蓄積していくうち、学者としての岡田氏の姿勢に共感と敬意を覚えるようになった。もちろん異論や違和感を覚えることもあったが、少なくとも未知の感染症に襲われた未曾有の危機下にあるこの国のメディア界において、岡田晴恵という専門家の存在はとても貴重なものに思われた。
端的にその理由を記せば、時の政権の意向や世の大勢におもねらず、言うべきことを言う姿勢、それに尽きる。典型は一向に増えない検査体制をめぐる議論だったろう。
いまとなってみれば常識の類に属するが、感染症対策の基本は早期の検査徹底による感染者の把握と隔離・保護。決してそれで完璧ではなくとも、感染症対策では有効かつ不可欠の作業であり、世界中の国々がいち早く検査体制を大幅に強化・拡充した。
だが、この国では検査抑制論が政権周辺者から堂々と唱えられ、検査を拡大すれば医療崩壊につながるといった珍奇な議論までがまかり通った。それに加えて数々の愚策も積み重なり、この国の感染者数と死者数は各種の環境や条件が類似する東アジア各国のなかでも明らかに多く、初期の感染対策が無惨な失敗だったことはデータでも裏付けられている。本書にも岡田氏の深い嘆息がこう記されている。
〈この2年間、この国は後手後手の対策を取り続け、あり得ないようなミスをたびたび繰り返してきた。/それは一体、なぜなのか――〉
まさにその原因を考えるのに本書は格好のテキストなのだが、こうした問題意識をメディアで真正面から発し続け、その姿勢を貫くのがいかにしんどい作業だったか、読者は事前に確認しておく必要がある。
これは別に新型コロナ対策の問題に限った話ではないが、長期続いた「一強」政権下、永田町や霞ヶ関にとどまらず、メディア界にも政権の顔色をうかがって忖度する風潮が強まり、政権の提灯持ちかのようなメディア、メディア人が大量発生した。逆に政権監視というジャーナリズムの基本を貫こうとする者たちには陰に陽に攻撃が加えられた。
科学者とメディア、ジャーナリズムの役目には異なる部分もあるが、明らかに共通するところもある。時の政権や世論などにおもねらず、客観的事実やデータに依拠して発信すべきを発信すること。今般の危機下、岡田氏は科学者としてたしかにその任の一翼を担った。
そういえば、テレビ局の控室で雑談を交わしていた際、岡田氏がこう口にしたのをいまも鮮やかに記憶している。
「私たち感染症専門家の役目は、ありうべき危機をデータや経験から予想し、きちんと警告すること。その予想が外れれば批判されるし、当たっても褒められることなんてない。損な役回りだけど、それが仕事ですから」
本書は、そんな感染症学者の「秘闘」の記録である。
(あおき・おさむ ジャーナリスト)
波 2022年1月号より
単行本刊行時掲載
著者コメント
この本を書くには勇気がいりました。覚悟も必要でした。ですが、この2年間で私が目の当たりにしてきた真実を、次世代のためにどうしても書いて残したかった。この国の未来のために、一人でも多くの人に読んでほしいと願っています。
短評
著者プロフィール
岡田晴恵
オカダ・ハルエ
白鴎大学教授。共立薬科大学大学院を修了後、順天堂大学にて医学博士号を取得。国立感染症研究所、ドイツ・マールブルク大学医学部ウイルス学研究所、経団連21世紀政策研究所などを経て、現職。専門は感染免疫学、公衆衛生学。テレビやラジオへの出演、専門書から児童書まで幅広い執筆、講演活動などを通して、新型コロナウイルスを始めとする感染症対策に関する情報を発信している。