
独占告白 渡辺恒雄―戦後政治はこうして作られた―
1,980円(税込)
発売日:2023/01/17
- 書籍
- 電子書籍あり
「最後の証人」が語る戦後日本の内幕。NHKスペシャル、待望の書籍化!
1945年、19歳で学徒出陣により徴兵され、戦争と軍隊を嫌悪した渡辺。政治記者となって目にしたのは、嫉妬が渦巻き、カネが飛び交う永田町政治の現実だった――。「総理大臣禅譲密約書」の真相、日韓国交正常化交渉と沖縄返還の裏側、歴代総理大臣の素顔。戦後日本が生んだ稀代のリアリストが、縦横無尽に語り尽くす。
註記
書誌情報
読み仮名 | ドクセンコクハクワタナベツネオセンゴセイジハコウシテツクラレタ |
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装幀 | NHK/写真提供、新潮社装幀室/装幀 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 336ページ |
ISBN | 978-4-10-354881-2 |
C-CODE | 0031 |
ジャンル | 政治 |
定価 | 1,980円 |
電子書籍 価格 | 1,980円 |
電子書籍 配信開始日 | 2023/01/17 |
書評
僕が思う渡辺恒雄のすごさ
最初に渡辺さんを知ったのは彼がまだ現場時代。読売新聞でがんばっている保守派のジャーナリストがいるな、と。
当時、保守派は自民党支持。リベラルはアンチ自民。テレビのディレクターをしていた僕自身も含めて、マスコミはだいたい反体制だったから、保守派のジャーナリストは非常に珍しかった。そんな中でも渡辺さんは堂々と保守派を名乗っていてね、おもしろい人だな、と思っていました。
僕が渡辺さんをすごいなと思ったのは、西山事件の時です。この本にも詳しく書かれている通り、西山事件というのは、佐藤栄作内閣の沖縄返還交渉の時に起きた。アメリカが沖縄に慰謝料(軍用地復元補償費)を出すことになったんだけど、実はその金を日本が密かに肩代わりしていると毎日新聞の西山記者がすっぱ抜いて大問題になった。ところが、西山さんが外務省の女性職員と関係を持って機密文書を入手したことがわかって、国に訴えられたんです。
この入手方法が明るみに出たことで、政府批判一色だった風向きが変わった。あらゆるマスコミが西山批判をする中で開かれた裁判で、渡辺さんは弁護側の証人として法廷に立ったんです。西山さんはライバルの毎日新聞の看板記者だったにもかかわらず、渡辺さんは徹底的に西山擁護の答弁をした。これはなかなかできることじゃない。
もうひとつ、今回の本で渡辺さんがすごいなと思ったのは、戦時中、学生時代から戦争反対を口にして行動までしていたこと。渡辺さんは僕の八歳上で、学徒出陣で軍隊に行って終戦を迎えた。軍隊と戦争を心底、憎んでいる。
僕は小学校五年生の夏休みに玉音放送を聞きました。敗戦した途端、教師たちの言うことが一八〇度変わった。それで、大人、政府、マスコミの言うことは一切、信じられない、信じたら騙される、と思った。これが僕の原点です。
渡辺さんのように入党はしなかったけど、戦後、僕も共産党を信用していました。なぜなら、共産党は戦時中、最後まで戦争反対だった。その共産党がいちばん信用しているのがソ連だったから、僕も素晴らしい国だと思っていた。
1965年にモスクワで「世界ドキュメンタリー会議」というものが開かれた。当時、僕はドキュメンタリー番組を作って賞をもらっていたこともあって、日本から呼ばれました。その時、主催者に頼んで、モスクワ大学の学生とのディスカッションをセッティングしてもらったんです。
ソ連では、ちょうど前年にフルシチョフが失脚していたから、ディスカッションの最後に「なぜ彼は失脚したんだ」と学生に聞いた。すると彼らは真っ青になって何も言わない。それで、ソ連には言論の自由がまったくないことがわかった。それを見て、この国はダメになると思った。
ところが、この本には、渡辺さんが戦後すぐに入党して「共産党はダメだ」と思った経緯が書いてある。あの時点でそう言い切っていたのは本当にすごいことです。
僕が田中角栄から聞いた、「戦争を体験している人間が政治をやっている間は、絶対に戦争はやらない。大丈夫だ」という言葉も、この本に引用されていました。
岸(信介)政権が退陣した後、自衛隊の存在が憲法と大矛盾していることをわかっていながら、自民党は「憲法改正」と言わなくなった。そんな状態が長年続くから、自民党の頭脳派と呼ばれていた宮澤(喜一)さんに会って「自民党はこんな矛盾を放置してむちゃくちゃだ」と言った。そうしたら、「日本が安全保障の主体性をもとうとすると戦前のように軍が突出して危ない。だから、池田(勇人)政権以降はアメリカに守ってもらう道を選んだ。その方が安全だし、その分の予算を経済復興に注いだから、高度経済成長を成し遂げることができたんだ」と説明されて僕は納得した。角栄の言う通り、戦争を体験した世代だからこその判断だと思う。
ところが、2013年にオバマ大統領が「世界の警察官をやめる」と宣言した。日本はアメリカに安全保障を委ねられなくなったんです。非常に危ないんだけど、日本は自前で、主体的な安全保障を構築しなければならなくなった。
渡辺さんとは一時期まで、年に一回、東京ドームに招待されて一緒に野球を見ていたんです。そこで、安全保障の問題や、この国のあり方について意見交換をしていた。
僕が感心したのは、渡辺さんが「あの戦争は侵略戦争だ。だから、総理大臣や天皇は靖国に行っちゃダメだ」と言い続けていること。基本的に保守派はあの戦争も靖国参拝も肯定する。でも、渡辺さんは一貫して否定しています。
渡辺さんも僕も、立場は違っても、戦争を知る最後の世代として、この国を思う気持ちは同じ。そのためには、批判だけしていても仕方ない。総理大臣に対しても、言うべきことは直接、言った方がいい。言わなきゃいけない。
渡辺さんとはまた会って話したいね。テーマはもちろん「この国をどうするか」。この本のテーマでもあるけど、戦争を知る世代がほとんどいなくなり、「パックス・アメリカーナ」が終わった今、日本が戦争をしないために安全保障をどう構築したらいいか。これは大問題ですよ。(談)
(たはら・そういちろう ジャーナリスト)
波 2023年2月号より
単行本刊行時掲載
「戦後の怪物」の全体像に迫る最良のノンフィクション
読売新聞主筆の渡辺恒雄氏(1926年5月30日生まれ)は、96歳になる現在も政治に無視できない影響を与えているプレイヤーだ。本書は、戦後の怪物である渡辺氏の全体像に迫る最良のノンフィクションだ。著者の安井浩一郎氏の取材力と筆力、さらにこの作品の基となったNHKの番組を制作したチームの能力の高さが反映されている。
本書では3つの視座から渡辺恒雄という謎を解き明かそうとしている。〈第一に、渡辺は「戦争との距離感」の中で動いてきた戦後政治を最も間近で見てきた取材者であり、また自身もその体現者であるという点である〉。〈第二に、渡辺の記者人生そのものが、良きにつけ悪しきにつけ戦後の政治家と政治記者の関係を象徴するものであるという点だ〉。〈第三に、人間感情に突き動かされてきた戦後政治を誰よりも知悉するメディア人であるという点だ〉。この三方向からのアプローチによって、知識人でありながら泥臭い政争を好み、時にはフィクサーのような行動をし、保守派言論人でありながら確固たる非戦の思想を持ち、太平洋戦争を美化するような動きや首相の靖国神社公式参拝に反対するという、わかりにくい渡辺恒雄という人物の内在的論理を整合的に描くことに成功している。
安井氏は、渡辺氏の発言内容についても丹念な裏付け取材を怠っていない。中曽根康弘氏(元首相)が、陣笠議員だった頃から渡辺氏と勉強会を行っていた話はよく知られているが、今回、安井氏は勉強会の内容を明らかにする重要な資料『サイエンティフィツク・ポリティツクス 第一回報告』(1959年2月)を国立国会図書館に寄贈された中曽根氏の遺品の中から発掘した。〈中曽根が科学技術庁長官として入閣する四ヶ月前の日付である。まだ初入閣も果たしていない時期から、中曽根と渡辺は総理の座を見据えた勉強会を行っていたのだ。後に中曽根が自らの派閥を「政策科学研究所」と名付けていることからも、この勉強会に対する愛着のほどが窺える。/勉強会の名の通り、小冊子の本文は「今日の政党、特に保守党に欠けているのは政治を科学化しようとする精神である」という書き出しで始まり、政治にも「科学的管理のメスを加え」なければならないと強調されている〉。中曽根氏は、周囲にブレイン集団(その筆頭格が渡辺氏である)を持った大統領型首相だった。官僚機構に全面的に依存せずに政策を構築できるシステムがなければ、中曽根政権が国鉄分割民営化や軍事面における日米同盟を強化することはできなかったであろう。また国鉄分割民営化により戦闘的労働運動の拠点であった国労(国鉄労働組合)を弱体化したことが社会党の解体につながり、日本の政治構造を根本的に変化させることになった。渡辺氏は、早い時期に中曽根氏に「投資」し、自らの理念を実現することに成功したと言えよう。
本書を通じ、渡辺氏に一貫しているのは、共産党型の前衛主義、すなわちエリートが大衆を導いていくという発想だ。渡辺氏の共産党観も興味深い。〈「共産党本部の玄関を入ったところに大きなビラが貼ってあって、『党員は軍隊的鉄の規律を厳守せよ』と書いてあるの。俺は軍隊が嫌いだからやってきたのに、共産党も軍隊かと思ったね〉と回想する。そして、1947年のカスリーン台風の際に共産党東大細胞(支部)会議で、〈『変電所のスイッチを切って、全国停電を起こす。日本中が暗黒になる。食うものもなくなったとき、初めて飢え、餓えた人民は体制打倒のために立ち上がる。それが必要だ』〉という話を聞き、〈『共産党を出なきゃいかん。中にいたんじゃどうにもならん』と思ってね、脱党を決意したね」〉と述べる。渡辺氏は、共産党の軍隊的体質と陰謀団的発想で世の中を変えることはできないと考えた。しかし、意識が高く能力のある者たちが大衆を指導しなくては、日本は生き残ることができないと考えた。保守という価値観に立ちながらも、渡辺氏は現在までずっと前衛主義をとっていることが本書から浮き彫りになる。
機微に触れる情報の取り方に関する渡辺氏の手法も興味深い。〈渡辺はどのようにして取材相手の信頼を得ていったのか。「あえて書くことを抑制することで相手の信頼を得る」という自らの取材手法について、次のように語る。/(中略)『これは本当に書かんでくれよ』と言われたことは書かない。そうすると『もう大丈夫だ』と、次から次へ『王様の耳はロバの耳』みたいな調子で、全部しゃべってくれるようになるんだよ〉。評者も外交官時代にロシア(旧ソ連を含む)において、情報収集業務に従事していたが、がっついてこちらが知りたいことを聞き出そうとするよりも、よき聞き手となって信頼関係を構築することで、結果として秘密情報を得ることができた。政治エリートの心理は日本でもロシアでも同じなのだ。
本書を通じて伝わってくるのは、渡辺氏の人間に対する関心が強いことだ。〈「僕は日本の戦後史の流れを見たとき、イデオロギーや外交戦略といった政策は、必ずしも絶対的なものではなく、人間の権力闘争のなかでの、憎悪、嫉妬、そしてコンプレックスといったもののほうが、大きく作用してきたと思うんだ」〉という渡辺氏の見方を評者も全面的に支持する。
(さとう・まさる 作家/元外務省主任分析官)
波 2023年2月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
安井浩一郎
ヤスイ・コウイチロウ
NHK報道局政経・国際番組部政治番組チーフ・プロデューサー。1980年埼玉県生まれ。2004年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、NHK入局。仙台局報道番組、報道局政治番組、報道局社会番組部、放送総局大型企画開発センターのディレクターを経て、2020年より現所属。戦後史や政治分野を中心に、主にNHKスペシャルなどの報道番組を制作。ディレクターとして制作した主な番組に、NHKスペシャル「戦後70年 ニッポンの肖像 ―政治の模索― 保守・二大潮流の系譜」(2015年)、同「証言ドキュメント 永田町・権力の興亡 “安倍一強” 実像に迫る」(2015年)、同「憲法と日本人~1949-64 知られざる攻防~」(2018年)、同「平成史スクープドキュメント “劇薬”が日本を変えた~秘録 小選挙区制導入~」(2018年)、同「渡辺恒雄 戦争と政治~戦後日本の自画像~」(2020年)など。プロデューサーとして制作した主な番組に、NHKスペシャル「開戦 太平洋戦争~日中米英 知られざる攻防~」(2021年)、同「証言ドキュメント 永田町・権力の興亡 コロナ禍の首相交代劇」(2022年)などがある。著書に『吉田茂と岸信介 自民党・保守二大潮流の系譜』(2016年、岩波書店)、共著に『ウイルス大感染時代』(2017年、KADOKAWA)、『憲法と日本人 1949-64年 改憲をめぐる「15年」の攻防』(2020年、朝日新聞出版)。2022年度の拓殖大学客員教授も務める。