
成瀬は都を駆け抜ける
1,870円(税込)
発売日:2025/12/01
- 書籍
- 電子書籍あり
唯一無二の主人公、膳所から京都へ! 令和最強の青春小説シリーズ堂々完結!
高校を卒業し、晴れて京大生となった成瀬あかり。一世一代の恋に破れた同級生、達磨研究会なるサークル、簿記YouTuber……。新たな仲間たちと出会った成瀬の次なる目標は“京都を極める”! 一方、東京の大学へ進学した島崎みゆきのもとには成瀬から突然ある知らせが……!? 最高の主人公に訪れる、究極のハッピーエンドを見届けよ!
やすらぎハムエッグ
実家が北白川
ぼきののか
そういう子なので
親愛なるあなたへ
琵琶湖の水は絶えずして
書誌情報
| 読み仮名 | ナルセハミヤコヲカケヌケル |
|---|---|
| 装幀 | ざしきわらし/装画、新潮社装幀室/装幀 |
| 雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
| 発行形態 | 書籍、電子書籍 |
| 判型 | 四六判 |
| 頁数 | 240ページ |
| ISBN | 978-4-10-354953-6 |
| C-CODE | 0093 |
| ジャンル | 文芸作品 |
| 定価 | 1,870円 |
| 電子書籍 価格 | 1,870円 |
| 電子書籍 配信開始日 | 2025/12/01 |
書評
成瀬あかりシリーズ、感動の大団円
「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」
いまやあまりにも有名になったこのセリフとともに成瀬あかりがさっそうと登場したのは2021年の春。彼女が主役をつとめる宮島未奈の短編「ありがとう西武大津店」が、第20回「女による女のためのR-18文学賞」で史上初のトリプル受賞(大賞、読者賞、友近賞)を果たし、「小説新潮」2021年5月号に掲載されたのである。
“成瀬あかり史”を語る短編シリーズはここから始まる。幼稚園時代は誰よりも早く走り、小学5年の時は「シャボン玉を極めようと思うんだ」と宣言して、地元テレビ局の平日夕方の帯番組「ぐるりんワイド」に天才シャボン玉少女として出演。コロナ禍の2020年8月には、月末で閉店する大津市唯一のデパート「西武大津店」に通い、毎日「ぐるりんワイド」の生中継に映り込むことを目指す。
その後も、お笑いの頂点を極めるべく親友の島崎と漫才コンビ「ゼゼカラ」を結成してM-1グランプリを目指したり、膳所高校かるた班に入り滋賀県代表として百人一首の全国大会に出場したり、成瀬の快進撃は止まらない。
「◯◯を極めようと思う」と毎度のように突拍子もないことを宣言して我が道を突き進みながらも、いつも自然体で気負わない。そんな彼女のウェイ・オブ・ライフは幅広い読者の共感を呼び、成瀬あかりは名実ともに“令和最強のヒロイン”の地位を確立した。それどころか、21世紀の『赤毛のアン』になる日も近い──と思っていたのだが、意外にも、3冊目に当たる本書『成瀬は都を駆け抜ける』で、このシリーズにすぱっと幕が引かれるという。
前作『成瀬は信じた道をいく』で語られたとおり、成瀬あかりは2025年4月、京都大学理学部に入学。それと同時に任期1年のびわ湖大津観光大使に就任した。本書はそれを受けて、タイトルの通り主舞台を大津から京都へと移し、2025年4月から2026年3月まで、成瀬が京都大学1回生だった1年間の出来事を描く短編6編を収録する(前半の3編は「小説新潮」掲載、後半3編は書き下ろし)。この巻の成瀬の目標は“京都を極める”こと。
ちなみに私も京大出身なので、前作で成瀬が京大に合格した時は、小さい頃から成長を見てきた親戚の子どもが大学の後輩になったようなうれしさを味わった。それだけに、本書の第1話で、成瀬が祖母の形見の着物を着て大学の入学式に現れた時は(カバーに描かれているのはその時の彼女だろう)、つい目頭が熱くなったほど。もうすっかり父親目線というか、いちばん共感できるキャラクターは成瀬パパこと成瀬慶彦ですね。
このシリーズの最大の特徴は(独特の口調も含めて)個性的すぎる成瀬のキャラクターにあるが、もうひとつは、出発点となった「ありがとう西武大津店」の題名が示す通り、実在の場所を舞台に、実在の固有名詞をそのまま使って書かれていることだろう。島崎がサングラスをかければ成瀬はすかさず「みうらじゅんみたいだな」とツッコみ、M-1に向けた特訓では漫才コンビ「アンタッチャブル」のネタを丸暗記して練習し、かるたを始める前は末次由紀の漫画『ちはやふる』を全巻読破して予習する。
活躍を続けるうちに成瀬の(作中での)知名度が上がっていくのも大変リアルで、初対面の作中人物も素早くスマホで成瀬の名前を検索して彼女の輝かしいキャリアをすぐさま読者と共有する。名探偵もののシリーズなどを読んでいると、「これだけ活躍してればすごい有名人になってるだろうな」と思うことが多いが、スマホで検索されるみたいなシーンはめったに出てこない。その点、成瀬は2025年現在の日本に(読者とともに)ちゃんと生きている。
そんな成瀬が京大に入ったら、森見登美彦ファンに遭遇しても不思議はない道理で、本書には、森見ファンの京大生が結成した「達磨研究会」なる森見小説愛好サークルが登場。成瀬はその会員から、“黒髪の乙女”(森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』のマドンナ)として見初められることになる。「桃太郎電鉄」ばかりプレイしている達磨研究会の面々(とくに会長)の森見キャラぶりがすばらしいので、森見ファンも必読です。
なんだ、3冊目は京都の話ばかりなのか──というとそんなことはなく、最終話「琵琶湖の水は絶えずして」では、びわ湖大津観光大使の最後の仕事として、ちゃんと滋賀県に帰ってくるからご心配なく。京都市左京区の琵琶湖疏水記念館から十分ほど歩いて蹴上乗下船場からびわ湖疏水船に乗り込み、一路大津へ。これまで“成瀬あかり史”を彩ってきた人々が一堂に会し、シリーズは感動の大団円を迎える(まさか「桃鉄」がその伏線だったとは……)。
とはいえ、成瀬の人生はまだまだ続く。10年後か20年後、大人になった成瀬あかりと再会できる日が来ることを気長に待ちたい。
(おおもり・のぞみ 翻訳家/書評家)
波 2025年12月号より
単行本刊行時掲載
インタビュー/対談/エッセイ
成瀬はずっと生きていく
著者と担当編集者が振り返る、デビューからこれまでの軌跡──。
──12月1日発売の『成瀬は都を駆け抜ける』(以下『成駆』)をもって、「成瀬あかりシリーズ」が完結します。一風変わったところがありながらも、「二百歳まで生きる」ことなど大きな目標に挑みつづける主人公・成瀬あかりを描いたデビュー作『成瀬は天下を取りにいく』(以下『成天』)が刊行されたのは2023年3月。その一篇目「ありがとう西武大津店」を第20回「女による女のためのR-18文学賞」に応募してくださったのは2020年10月でした。『成天』が2024年本屋大賞など多くの賞を受賞して、続篇『成瀬は信じた道をいく』(以下『成信』)、完結篇『成駆』刊行に至るまで、応募時から数えてもここ5年ほどの出来事なんですね。
濃密だけど、あっという間でした。
──「ありがとう西武大津店」は、R-18文学賞で史上はじめて大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞しました。
それまで何度も新人賞で落選していたので、執筆当時は「これも受賞できなくたって全然おかしくない」と思っていたんです。だからトリプル受賞の連絡を受けたときには腰を抜かしそうになりました。
──「成瀬シリーズ」は、いまや“令和で一番売れている”小説です(文芸書>国内小説>国内文芸ジャンル 2019年5月~2025年9月 CDP CANTERA調べ)
本当に、こんなにたくさんの方に読んでいただける作品になるなんて想像していませんでした。『成天』『成信』を書いていたころはとにかく一冊の本として仕上げることに必死でしたから。成瀬が「ありがとう西武大津店」のあとどうなっていくかを具体的に考えはじめたのも、R-18文学賞を受賞してからなんです。
──成瀬と親友の島崎みゆきが“ゼゼカラ”を結成してM-1グランプリに挑戦する「膳所から来ました」をはじめ、二篇目以降を書いていただいていた時期は、わたしたち編集者もとにかく「成瀬あかりの物語を世に届けたい」という想いでいっぱいでした。
三部構成にすることも、最初から想定していたわけではありません。当初、わたしとしては“一作入魂”というか、本当は『成天』だけで成瀬の物語は終わりにするつもりでした。でも『成天』がたくさんの反響をいただいて、編集者にも「ぜひ続篇を書いてください」と言われたので、『成信』『成駆』と執筆していくことにしたんです。
シリーズのターニングポイント
──『成駆』で、成瀬は京都大学に進学してますます個性豊かな面々に出会い、「京都を極める」という新たな目標を見つけます。時系列的に、成瀬の大学受験期~大学一年時の年末年始が描かれている『成信』のエピソードと重なってくるところや、成瀬の中学二年時~高校時代が描かれた『成天』の内容が回収されるところもあり、読み応えたっぷりの作品になりました。
ありがとうございます。いまだから言えることですけど、「ときめき江州音頭」(『成天』最終話)で島崎が東京に引っ越すことになったのが、シリーズとしてはターニングポイントだったような気がします。島崎は幼少期から成瀬のことを一番近くで見届けてきましたが、『成信』の第三話「やめたいクレーマー」以降は東京で大学生活を送ることになります。だから、その後の成瀬の日常を見届ける別の人物を考える必要がありました。
──『成信』でいえば近所のクレーマー主婦・呉間言実や、びわ湖大津観光大使の篠原かれん、『成駆』でいえば京大生の坪井さくらや梅谷誠、簿記YouTuber・ぼきののかですね。
ただ「成瀬シリーズ」をつづけていくだけなら、島崎もずっと膳所にいてくれたほうが書きやすかったのかもしれません。でも結果論として、登場人物のバリエーションの豊かさは、成瀬と島崎が離れて暮らすようになったからこそ出てきた長所だろうとも思うんです。
──“周辺人物の魅力”はシリーズの読みどころのひとつになりましたよね。わたしは特に、呉間言実が登場する「やめたいクレーマー」の原稿をいただいたときに「これは傑作だ!」と興奮しました。クレーマーでいたいわけではないのに、細かなことまでつい気になってしまう言実の行動と内面の解像度がものすごく高くて、「こんなに面白い作品が収録されるなら、絶対に『成信』もすごい一冊になる!」と確信できたんです。宮島さんはどうやって人物の設定を決めていくんですか?
新人賞に応募していたころにクレーマー主婦が主人公の短篇を書いたことがあったので、言実に関しては原型のようなものがありました。島崎の場合は、まず「成瀬というちょっと変わっているけれど挑戦しつづける主人公を書こう」と思いついて、それを見届ける幼馴染という設定が浮かびました。篠原かれんは、「成瀬がびわ湖大津観光大使をやる話を書きたい。観光大使は毎年二人選出されるけれど、成瀬の相方はどんな人物にしよう?」と考えて創っていきました。基本的に、周辺人物は「成瀬がどんなことをする物語にするか」と「成瀬との関係性」が一番のベースになって生まれていますね。
──さきほど、成瀬と島崎を物理的に離したことで登場人物のバリエーションが増したのは「結果論」だとおっしゃいましたけど、わたしの感覚としてはそれもすべて宮島さんが「シリーズとして正解」の描きかたを見出してくださったからこそだと思っています。その要因はどこにあるのでしょうか?
物語にとって都合がいいだけの人物は創らないようにしようと意識しています。どんな脇役であっても、登場人物たちがそれぞれ歩んできた人生には背きたくないんです。
本屋大賞受賞、そして
──『成信』は2024年1月に発売されました。『成天』の本屋大賞受賞が決まったのは『成信』刊行のすぐ後でしたが、この時期にはもう『成駆』の刊行に向けても動き出していました。
「そろそろ『成瀬シリーズ』の新しい短篇を書きます」と宣言していましたね。
──2024年2月の坪田譲治文学賞贈呈式の帰りに、岡山駅で宮島さんから「視点人物の名前を決めてくれませんか」と言われたのを覚えています。わたしは「では、さくらでお願いします」と答えたんでした。
たしかその日に取材に来てくださった記者の方のお名前が、さくらさんだったんですよね。
──だからとっさに浮かんできたんだと思います(笑)。
そのやりとりのあとに書いたのが、『成駆』一篇目に収録されている「やすらぎハムエッグ」でした。京大の入学式で、成瀬と坪井さくらが出会う物語です。「入学式」っておめでたいようでいて、誰しもが晴れやかな気持ちで臨むわけではないのではと思ったところから坪井の人物像を構想していきました。
──二篇目をどういう方向性にするかをめぐっては、宮島さんもかなり悩んでいらっしゃいましたよね。
そうですね。いくつかアイデアはあったんですけど、あまりしっくりこなくて。悩んだ末に、同じ京大出身で学生時代から好きな森見登美彦さんの世界観をオマージュさせていただくことに決めて、「実家が北白川」が書けました。森見さんが『成天』の文庫解説を書いてくださったのはとても嬉しかったです。
──「達磨研究会」なる謎のサークルと成瀬の物語、ぜひ森見さんファンの方にも楽しんでいただきたいですね。
『成駆』まで書いたからこそ
──三篇目の「ぼきののか」までは小説新潮に掲載させていただきました。
簿記とYouTuberを掛け合わせることで、ぼきののかといういままでにないキャラクターを生み出せました。ここまで書けてようやく『成駆』もなんとか刊行できるのではと思えるようになりました。
──四篇目以降は書き下ろしで、『成天』から登場しているキャラクターたちが視点人物。「そういう子なので」では成瀬と母・美貴子が夕方の地元テレビ番組「ぐるりんワイド」の取材を受けることになります。「ぐるりんワイド」は「ありがとう西武大津店」にも出てきますよね。成瀬は番組の中継に映るため、閉店が決まった西武大津店へ毎日通うことを決意しますが、最終営業日にお祖母ちゃんが亡くなってしまいます。
「そういう子なので」は最後に執筆した一篇です。美貴子を視点人物にして、「ぐるりんワイド」を再登場させることで、「ありがとう西武大津店」の結びになるような成瀬母娘三世代の物語にしようと思ったんです。
──五篇目の「親愛なるあなたへ」は成瀬に想いを寄せる西浦航一郎、最終話「琵琶湖の水は絶えずして」は島崎が視点人物です。後半三篇は「またこの人物たちに出会えた!」と思える構成になっていて、原稿を読んでいて嬉しかったです。
「親愛なるあなたへ」は、成瀬が一番「京都を駆け抜けて」いる一篇なので、表題作と言ってもいいかもしれません。「琵琶湖の水は絶えずして」には、琵琶湖の水を京都に流す「琵琶湖疏水」が登場します。この作品は『成駆』のラストであると同時に「成瀬シリーズ」全体の〆でもあるので、『成駆』のメイン舞台である京都と、成瀬の暮らす滋賀がつながるような物語にしたかったんです。正直、『成天』『成信』ではやり残したかもなと思うこともありました。作家として経験を積みながら『成駆』までつづけたからこそ落としどころを見つけられた要素もあったので、三冊書いてきてよかったです。一方で、『成駆』はこれ一冊だけでも楽しんでいただける作品になっているとも思います。
──京大に進学し、「京都を極める」ことを目標に掲げた成瀬が「琵琶湖の水は絶えずして」でどんなラストを迎えるのか。読み手も成瀬の姿を見届けられるような一冊になっていますもんね。「成瀬シリーズ」はこれで本当に完結……、しちゃうんですか?
いまはひとまずこれで完結、というつもりです。自分に何があるかはわからないので、元気なうちに完結宣言をしておきたかったんです。でももしかしたら、何年か経ってまた成瀬の物語を書きたくなる瞬間が来るかもしれません。成瀬あかりは、物語のなかで生きつづけていますから。
──そのときが来たら、成瀬はどんな挑戦を見せてくれるのか楽しみです。成瀬のカムバック、わたしたちはいつでも大歓迎です。お待ちしています!
(みやじま・みな)
波 2025年12月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
宮島未奈
ミヤジマ・ミナ
1983年静岡県富士市生まれ。滋賀県大津市在住。京都大学文学部卒。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回「女による女のためのR-18文学賞」大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞。2023年同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』でデビュー、第39回坪田譲治文学賞、第21回本屋大賞ほか数多くの賞を受賞した。2024年続編の『成瀬は信じた道をいく』を刊行。『成瀬は都を駆け抜ける』は「成瀬あかりシリーズ」三作目にあたる。ほかの著書に『婚活マエストロ』『それいけ!平安部』がある。






































