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思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる

スズキナオ/著

1,760円(税込)

発売日:2023/11/16

  • 書籍
  • 電子書籍あり

読者のこころの中のあたたかな記憶を呼び起こす、やさしさ満点エッセイ。

朝まで歌い続けた祖父の声、夢でしか会えない祖母の感触、旅の夜に聞いた息子の本音――。どんなに近くに暮らしていても、いちばん分からない。だから尋ねてみた。「あの時ってさ……」。知れば知るほど、もっと大好きになるから、家族って不思議だ。なにげなくて愛おしい記憶のかけらを拾い集めた、20のエピソード。

目次
まえがき
1 いつの間にか引き継いでいたわが家の味
2 いつまで経っても慣れないこと
3 旅に出た日が遠くなっても
4 父のへべれけ“酒道”十ヶ条
5 最初で最後の義父との夜
6 ちょっと遠くに住んでいる兄妹たち
7 今日が最後だと思いながら歩いた道
8 街を歩くすべてのお母さんと握手したい
9 オールナイトライブ祖父
10 祖母のかけらを拾い集める
11 世界に一つだけのかめきち
12 いつかあの劇場の近くで
13 旅の夜のインタビュー
14 つくられた家族、つくる家族
15 知らない時間を生きていく人
16 モモがいなくなってしまったこと
17 生まれた時のこと、おぼえてる?
18 目が覚めた時、横におってな
19 カエルを探して山を眺める
20 ちぐはぐなリズムの寝息
あとがき

書誌情報

読み仮名 オモイダセナイオモイデタチガボクラヲカゾクニシテクレル
装幀 小林マキ/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 224ページ
ISBN 978-4-10-355361-8
C-CODE 0095
ジャンル エッセー・随筆、ノンフィクション
定価 1,760円
電子書籍 価格 1,760円
電子書籍 配信開始日 2023/11/16

書評

めくるめく輪廻の尻尾に触れたナオさん

齋藤陽道

 書評の依頼を頂いたときは、スズキナオさんの名前を存じ上げなかった。どんな本を出している方だろうと検索にかけてみれば、「デイリーポータルZ」の記事がまずヒットした。「あっ、この記事、読んだことある。めちゃくちゃおもしろかったなあ。あら、これも。あれも。あれれ、これもナオさんか!」。
 ネットにあがっているナオさんのほとんどの記事を読んでいたことがわかった。しかも記事で紹介しているお店へ足を運んだこともあった(今はなき名店「福寿」である)。なんのことはない、僕はすでに名ライター、スズキナオさんの手のひらで踊らされていたのだ。
 ナオさんの初の単著である『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』も読まなきゃなあと思いながら赴いた旅先にて訪れた唯一の本屋で、偶然、出会うことができた。これも未知の世界をみんなへとやわらかくつなげてくれるナオさんによる祝福だろうか。
『深夜高速バスに…』は、暮らしに密着した小さな、でも、その土地の歴史を担っている大切なお店や人をめぐっていく。様々な土地での、様々な出会いによる人間のぬくもりを、しっかとすくいあげるナオさんの人柄にどっぷり浸かることができる愛おしい本であった。
 本書『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』もまた未知の街を訪れたナオさんが、様々な人との語らいをまとめたものかなあと思っていた。けれどその想像は、切なく、温かく、裏切られることになった。
 東京生まれのナオさんは、結婚して大阪へ引っ越した。妻さんと二人の子どもがいる。コロナ禍をきっかけに、両親や子どもたち、いとこ、親戚といった「家族」をテーマにして書いたエッセイである。
 親から受け継いだ思い入れのあるもんじゃ焼きやカレー鍋を、いつか家を出ていった子どもたちがそれぞれの場所で作りあげる想像をするナオさん。
 思いがけない別れと、あたたかな臨終の場から立ち上がってくる義父の人柄。うかつなケガをして動けなくなったナオさんをソリでひく、いとこたち。夜通しで歌った祖父の圧倒的な描写。
「目の前にいる人の、いずれ来るであろう死ですら笑ってしまえるようなシニカルなユーモアが私にはたまらなく魅力的に思えた」
 特に、夢にまで見るほど大好きな祖母の存在を伝える「祖母のかけらを拾い集める」の章は、大切な人がいなくなることの悲しさと、それでも継がれてゆく人間の想いの深みを伝えている。
「死の悲しみは乗り越えるべきものではなく、ずっと身近にあり、それとともに生きていくべきものなのかもしれない」
 妻、子どもたち、妹たち、両親、祖父母、義父母、次男が大切にしていたぬいぐるみのかめきち、十九年間生きた猫のモモ……。
「私」という人間は、「私」ひとりで出来上がるものではなかった。そんなのは当たり前のことのようで、でもやっぱり当たり前なんかではなかった。
 出会い、語らい、ときに酒を飲み交わし、時間を共にしたあまたの存在のカケラを少しずつ貰い受けることによって、「私」が出来ていた。そしてナオさん自身も、自分のカケラがやがて誰かへと継がれていくことを予感する。
 めくるめく輪廻の尻尾に触れたナオさんは、その凄みに立ちすくんだのだろう。途方に暮れながら、ナオさんは家族を通して自分を培った大切なカケラたちをことばにしていった。そうして本書は生まれたのではなかろうか。
「何かを失った時、失いかけた時、『今度こそ大切にして、決して手放すまい』と強く思うくせに、いつも私はいともたやすく忘れてしまう。四十年ちょっと生きてきて、大事な人が病気になったり、事故にあったりしてあっという間にいなくなってしまう経験を重ねてきたはずなのに、ずっと、うかつなままだ」
 ネットで読むことのできる記事から本書に至るまで、ナオさんは見過ごされがちな小さな存在に心を傾けることを怠らない。だから、すこんと忘れてしまううかつな自分自身への悔いもごまかさない。
 抗いようもなく流されて、すべてのものを変えゆく時の流れの無慈悲を、それでもなおナオさんは慈しむ。
 最終章を読んで、ぼくも大切な人たちとフェリーにのるようなちょっとした旅をして、ゲームコーナーもあるようなちょっとしたホテルに泊まって、みんなで乾杯をしたくなった。よし、計画をたてよう。そんなふうに、自分の「家族」をも見つめなおしたくなる慈愛に満ちた本である。

(さいとう・はるみち 写真家)
波 2023年12月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

スズキナオ

スズキ・ナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。ウェブサイト『デイリーポータルZ』などを中心に散歩コラムを執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(以上スタンド・ブックス)、『関西酒場のろのろ日記』(ele-king books)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、『「それから」の大阪』(集英社新書)など。酒場ライター・パリッコとの共著に『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)などがある。

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