
すごい長崎―日本を創った「辺境」の秘密―
1,980円(税込)
発売日:2025/01/29
- 書籍
- 電子書籍あり
あなたはまだ本当の長崎を知らない。「アースダイバー」的に読み解く興奮の書。
日本の西端、アジアの東端。世界と日本をつないできた縁側のような “はじっこ”の町は、とてつもなく奥が深かった。実は忠臣蔵の元祖? 踏み絵と「くんち」の意外な関係とは? 知られざる「日本初」の数々――在住半世紀の地元作家が地理と歴史を掘り分け、教科書ではわからない独特の魅力へと誘う。充実のガイド付き。
はじめに
第一講
長崎誕生
長い岬から長崎が生まれた/ザビエルはどこを目指して来たのか/移民たちが六つの町を作る/教会の跡地には重要な施設がある/歴史が上書きされていく岬
第二講
小ローマと呼ばれた町
パンと肉の香りが漂う町/四人の少年がローマへ行って戻ってみると/真冬の一ヶ月を裸足で引き回された二十六聖人/長崎甚左衛門、長崎を去る/イエズス会VS托鉢修道会/一六一四年に向け、高まる禁教のうねり/死者も出た聖行列の熱狂/次々と壊されていく教会/激化する弾圧と処刑/禁教後も“修道院”だったクルス町の牢屋
第三講
「絵踏み」で踏んだのは心
四人の少年たちと教会はどうなったのか/絵踏みの試練は幕末まで続いた/一六三四年に生まれたくんちと日繰/長崎のシンボルとなる橋と島/島原・天草の乱はなぜ起きたのか
第四講
和華蘭の町は貿易センター
出島は収容所だった/町を焼き尽くした寛文の大火/祭りに沸く国防最前線/盆と暮れにはボーナスのお楽しみ/お墓も祭りも中国風が流行/外貨を獲得する遊郭と遊女たち/「忠臣蔵」の元祖は長崎だったのか/商売も学問も充実の長崎ライフ/ロシアとイギリス、二つの入港事件/出島がピンチ! オランダ船途絶える/シーボルトはスパイだったのか/新時代の呼び声となった砲声
第五講
開国と近代化、そして原爆
二つの世界遺産がある町/八万四千日ぶりの信徒発見/三千四百人が流された浦上四番崩れ/ハムも写真も長崎から/富国強兵の波に浮かぶ軍艦島/多様性きわまる、ちゃんぽんの時代/芥川龍之介をもてなした“銅座の殿様”/好景気の町は、芝居小屋も大賑わい/一大軍需産業都市、すべてが戦争へ/雲の隙間から落とされた原子爆弾
第六講
傷を恵みに変える長崎
よみがえった鐘の音が響く/「祈りの長崎」と言われる理由/消えた浦上町の名前/戦後十年を「ぎりぎりに生きる」被爆者/そして歌が生まれる――美輪明宏、さだまさし、福山雅治/長崎で起こることは日本中で起こる?/二人の市長が撃たれた町/約五十年で人口は二割減/伝えられていく殉教の記憶/くんち見たさに六万人、工場跡はスタジアムに/これぞ異国情緒、賑やかな四季の祭り/いまこそ“辺境”の町へ
おわりに
長崎を深く知るためのガイド
おもな参考文献
書誌情報
読み仮名 | スゴイナガサキニホンヲツクッタヘンキョウノヒミツ |
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装幀 | カシワイ/装画、新潮社装幀室/装幀 |
雑誌から生まれた本 | 考える人から生まれた本 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判 |
頁数 | 224ページ |
ISBN | 978-4-10-356051-7 |
C-CODE | 0021 |
ジャンル | 歴史読み物、歴史・地理・旅行記、日本史、世界史 |
定価 | 1,980円 |
電子書籍 価格 | 1,980円 |
電子書籍 配信開始日 | 2025/01/29 |
書評
ちょっと待ってよ
長崎のことなら、誰だって知っている。
九州の最西端である。江戸時代には出島という人工島がつくられてオランダ商館が建てられたし、幕末には坂本龍馬が海援隊を創設した。
明治以降は造船業が盛んになり、戦争で原爆が落とされた。復活して今に至る。名所は眼鏡橋とグラバー邸。グルメなら卓袱料理とちゃんぽん。
ちょっと待ってよ、というのが、おそらく著者がこの本を書いた動機だろう。それはほんとうに知っているのか。知っているという満足はかえって真の魅力への関心の妨げになるのではないか。
なるほど――と著者は言う――長崎に出島はある。現在は「出島和蘭商館跡」と称して国の史跡になっている。けれども元来あの人工島が築かれたのはオランダ人への解放のためではなく、ポルトガル人の監禁のためだった。慶長18年(1613)、江戸幕府がキリスト教の禁教令を発したのちもなお南蛮貿易はつづいていて、街の人々はごく当たり前にポルトガル人と接していたので、真の禁教を実現すべく隔離することに決めたのだ。
ところがその後、さらに幕府の鎖国政策が進展して、来航そのものが禁止となった。人工島はいわば空き家となったため、その空き家をオランダ人向けに転用した。つまりオランダ人は二番目の入居者だったわけである……と、これだけならば単なる豆知識だけれども、しかし本書の真価はその先にある。
本書は、その後の出島と港の動向にも触れる。じつはロシア船も来ているし、イギリス船も来ているのだと。それぞれ複雑な事情があってのことだが、それを読んで私たちが得られるのは、単なる豆知識をこえた、長崎という街そのものの生きた横顔にほかならなかった。この街では世界の主要な国々がときに偶然に、ときに意図的に顔を合わせて利害を競い合う。
つまりは世界史の集約点なのである。その集約点がむしろ当の日本人の意識では都から遠く離れた辺境ということになる、その求心性と遠心性がこもごも溶け合う複雑な味こそ長崎の魅力のいっとう根本的なもののひとつなのだと、どうやら著者はそう言いたいらしい。いつのまにか読者はこんな深い場所まで連れて来られてしまったのだ。
著者は、下妻みどり氏である。冒頭の「はじめに」によれば長崎に五十年以上暮らし、そのうち三十年近くは本やテレビの仕事をしてきたとか。
いわばプロフェッショナルの定住者。右に記したような本書のスタイルは、こういう稀有な存在が初心に返って「長崎って何だろう」とまっすぐ疑問に感じたとき、はじめて生まれるのかもしれない。およそ出島のみならず、眼鏡橋をとりあげても、原爆をとりあげても、著者の態度は基本的には変わらないのである。
もちろん読者としては、そんなところまで考えずともいい。それこそ豆知識の宝庫としても読むことができる。叙述は時系列に忠実で、話題は豊富。本書を片手に実際に街歩きをするのも楽しいだろう。
そのさいは、もちろん諏訪神社や大浦天主堂のような有名スポットに立ち寄ってもいいけれども、私など、たとえば勝山町をぶらぶらしたくなった。
地図で見ると何ということもないような町だが、本書は言う。現代ではご多分に洩れず長崎でも少子化が進み、かつて繁栄した旧市街地でさえ三つの小学校が統廃合された。そのとき発掘調査もおこなわれて、
市内で最も古い勝山小学校の敷地からは、江戸時代の代官屋敷の跡、それ以前のサント・ドミンゴ教会の遺構が発見された。禁教前にあった教会は、すべてが激しく破壊され、跡地には常に別の建物が“上書き”されており、当時の遺構が見つかるのは初めてだった。
この町の地中には、そんな歴史が息づいている。きっと地上の空気も、いい匂いにちがいない。
(かどい・よしのぶ 作家)
波 2025年2月号より
単行本刊行時掲載
イベント/書店情報
著者プロフィール
下妻みどり
シモツマ・ミドリ
1970年生まれ。熊本大学文学部民俗学専攻卒。ライター。長崎についてのエッセイやイラスト、雑誌・書籍・広告記事などを手がける。編著書に『長崎迷宮旅暦』『長崎おいしい歳時記』(共に書肆侃侃房)、『川原慶賀の「日本」画帳 シーボルトの絵師が描く歳時記』(弦書房)、『ながさき開港450年めぐり 田川憲の版画と歩く長崎の町と歴史』(長崎文献社)。テレビディレクターとして長崎くんちのコッコデショを取材した「太鼓山の夏~コッコデショの131日」(NBC長崎放送/2004年)は日本民間放送連盟賞優秀賞を受賞した。