ホーム > 書籍詳細:ブラック郵便局

ブラック郵便局

宮崎拓朗/著

1,760円(税込)

発売日:2025/02/17

  • 書籍
  • 電子書籍あり

関係者1000人以上の「叫び」を基に歪んだ巨大組織の実態に迫る驚愕ルポ。

街中を駆け回る配達員、高齢者の話に耳を傾け寄り添うかんぽの営業マン……。市民のために働いてきた局員とその家族が、疲弊しきっている。異常すぎるノルマ、手段を選ばない保険勧誘、部下を追い詰める幹部たち。そして、既得権保持を狙う政治との癒着──。窓口の向こう側に広がる絶望に光を当てる執念の調査報道。

目次

はじめに

第一章 高齢者を喰い物に
ある郵便局員の1日/「自主勉強会」への呼び出し/危機感からの情報提供/根性論だけの指示/NHK報道後も変わらぬ郵政グループ/3年間で1万件以上の苦情/空虚な周知と呼びかけ/信頼を逆手に取った不正/記事への反応は無風/全国で行われる詐欺まがいの営業/月20万円以上の保険料/数字至上主義の金融渉外部/「乗り換え契約」という禁じ手/不適切な勧誘の数々/「まるで振り込め詐欺のアジト」/つるし上げによる休職者が続出/パワハラの連鎖/日本郵政の会見/乗り換え潜脱/当事者意識のない経営陣/知らぬ存ぜぬの郵政グループ/郵政グループからNHKへの圧力/「お客さま控え」に遺されたメッセージ/郵政グループのドン/最後に垣間見えた本音/不正に甘い実態/現場に残る不満

第二章 “自爆”を強いられる局員たち
局内での死/「一番行きたくない局」への異動/配達に加えて販売ノルマまで/3度の病気休暇取得/夫を追い詰めた日本郵便を提訴/ようやく下りた労災認定/「もう二度と、社員を苦しめないでほしい」/人件費削減のしわ寄せ/郵便物隠匿の裏にあるもの/日本郵便による下請けいじめ/毎年100万円近くの自腹購入/ようやく実現したノルマ廃止/死者のみまもりサービスという皮肉/理想からはなれた民営化の実態

第三章 局長会という闇
目標は一人当たり「80世帯100人」/全国郵便局長会による選挙活動/ノルマと人事権で圧カ/ゴールデンウィーク返上で「事前運動」/選挙違反の行為でさえ容認/綿密に組まれた選挙活動スケジュール/得票数は、局長にとっての通信簿/特定郵便局のルーツ/民営化という衝撃/政党への働きかけ/漂流し続ける郵政グループ/巨額詐欺事件の発覚/詐取した金で別荘購入/世襲運営の闇/「不転勤」「選考任用」「自営局舎」の三本柱/局長候補の“事前選考”/すべては集票のため/トップの認識/次々に発覚する不祥事

第四章 内部通報者は脅された
郵便局長たちによるパワハラ裁判/「お前、俺に挑戦状たたきつけちょろうが」/地区全体を巻き込んだ報復/局長会での追及/“公開処刑”された二人/追い詰められる直方部会/民事・刑事両面でN氏を訴え/コンプライアンス部門の言い分/法廷で語られたこと/厳しく糾弾されたN氏の罪/内部通報はどこから漏れたのか/形骸化する通報窓口/組織内に巣食う宿痾/ブラックボックス化する局長会/妻まで駆り出す仕組み

第五章 選挙に溶けた8億円
“年末のご挨拶”の目的/集票活動に使われたカレンダー/専門家の意見/局長会内からも批判の声/カレンダー調達のキーマンを直撃/局長会の見解/カレンダー関連のカネが一部還流?/顧客情報の流用という疑惑も/問題の核心から逃げ続ける日本郵便/カレンダー購入3年で8億円分/持ちつ持たれつが生み出したゆがみ/局長に回答を翻させるコンプラ担当

第六章 沈黙だけが残った
集会で語られたこと/すぐに復活した選挙活動/局長会の人事権「虎の巻」の内容/局長昇進までの過程/パワハラとしか思えない研修/選挙活動への参加は局長になるための必須条件/局長採用プロセスは不可侵の領域/社長ですら口を閉ざした/「皆様の絶大なるご支援を切望いたします」/自民党と局長会の深すぎる関係/沈黙の先には

おわりに

書誌情報

読み仮名 ブラックユウビンキョク
装幀 新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 240ページ
ISBN 978-4-10-356151-4
C-CODE 0095
ジャンル 評論・文学研究、ノンフィクション
定価 1,760円
電子書籍 価格 1,760円
電子書籍 配信開始日 2025/02/17

書評

「1000人超の勇気」を基にした調査報道

高田昌幸

 いったい、これはどういうことか。日本社会を下支えし、地域社会と深く結びついた「郵便局」はどうなってしまったのか。本書を手にした人は、ページをめくりながら悄然とするに違いない。「悲惨」「パワハラ」といった語句では言い尽くせない、おそろしいばかりの現実をこれでもか、これでもかと見せつけられるからだ。
 例えば――。
 関西地区で渉外を担当する男性社員は「1日5件のアポ入れ」を強いられていた。それができないと、部屋に閉じ込められ、朝から晩まで電話かけを続けなければならない。多い日は1日に50件。「お伝えしたいことがあります」「相続税対策のご提案があります」と口八丁手八丁で相手に迫る。まるで振り込め詐欺のアジトのようでしたと自嘲気味に語るこの男性も、客を騙して保険に加入させていた。
 九州の郵便局では、保険営業の成績が振るわないとして、窓口営業部の課長代理だった40代の男性が上司の部長から連日、激しく責められていた。2018年のことである。「なぜ遅れているのか」「ゼロは許さん」「できなかったらどうするんだ」と大声で“指導”される。そして、冬が近づくころ、男性は部長から「今月実績がなかったらどうするのか。覚悟を聞かせろ」と迫られた。
 男性は「できなかったら命を絶ちます」と口にし、3日後、職場での出来事を記した遺書を残して自ら死を選んだ。この男性は、ノルマに追われるあまり、息子名義で不必要ながん保険契約を結んでいたことも後に判明。契約書の「お客さま控え」には、部長に脅されて契約したものだから不要ならいつでも解約していいと書き残していたことも明るみに出た。
 こうした人物が本書には次々と登場する。組織に追い詰められた挙げ句、自らの資金で販売ノルマを達成する「自爆営業」を繰り返したり、不正に手を染めたり。著者・宮崎拓朗氏は西日本新聞(福岡)で働くジャーナリストだ。事実に忠実な新聞記者らしく、余分な形容詞のない文章は切れ味鋭い。物語の展開も早い。そのためか、日本郵便という株式会社の残酷さ、そこで働く男性たちの怯えと諦めが息もつかせぬスピードで迫ってくる。
 救いのない組織の実態を前にして、唯一、希望を感じられるものがあるとしたら、それはこの問題の取材プロセスそのものかもしれない。
 取材に6年以上。取材した郵便局関係者は1000人以上になるという。彼らは皆、組織の歪みを正したいと願う「内部告発者」だった。見つかれば、組織の内部で「裏切り者」呼ばわりされ、さらに追い詰められる。そんなリスクを抱えながら、名もなき社員たちは内部告発とそれに基づく報道に一縷の望みを託し、実態を伝え続けたのだ。
 当局による「発表」を端緒とせず、「公式見解」に頼らず、報道機関やジャーナリストが自らの問題意識に基づき、かつ自らの責任において報道することを「調査報道」と呼ぶ。調査報道がなければ明らかにならなかった事実は数多い。調査報道の結果、法令が改正されたり、制度が新設されたりすることもある。少し古い話だが、米ワシントン・ポスト紙が1972年に手掛けたウォーターゲート事件報道で、時のニクソン大統領が失脚に追い込まれたケースは、調査報道の破壊力を示した実例としてメディア史に燦然と輝いている。
 ウォーターゲート事件には、記者たちが「ディープ・スロート」と呼んだ内部告発者が米国政府内にいたことがわかっている。それに比して言えば、郵便局の闇を追ったこの取材には1000人以上の「ディープ・スロート」がいたと言えよう。彼らの動機はさまざまだった。宮崎氏によると、顧客に寄り添った郵便局を取り戻すためであり、苦しむ同僚を助けるためであり、亡くなった家族の名誉を守るためだったという。
『ブラック郵便局』は近年で最も優れた調査報道の一つだが、それは組織内での身バレのリスクを抱えつつも、勇気を振り絞った1000人以上の力が成し遂げたものでもある。
 同時に、今回のケースは調査報道の新たな可能性も示した。新聞社のホームページに記事が掲載されたことで、郵便局不正の問題は西日本新聞の配達エリアを超えて全国に広がった。その報道を見た郵便局の関係者は、九州から遠く離れた場所であっても勇気をもらい、新たな内部告発者となった。記者もメールやSNSを駆使しながら、広く、深く、情報を収集。九州以外へも足を運び、「1000人超の勇気」に応えた。
 本書が描く日本郵便の実態は息苦しく、読み進めることがつらくなる。日本郵便と似たような企業・組織は、他にも山のようにあるだろう。そうであっても、内部告発を行う勇気とそれをきちんと受け止めてくれる調査報道があれば、社会は変えることができるかもしれない。本書は、そんな希望の在り処も教えてくれる。

(たかだ・まさゆき 東京都市大学メディア情報学部教授)

波 2025年3月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

宮崎拓朗

ミヤザキ・タクロウ

1980年生まれ。福岡県福岡市出身。京都大学総合人間学部卒。西日本新聞社北九州本社編集部デスク。2005年、西日本新聞社入社。長崎総局、社会部、東京支社報道部を経て、2018年に社会部遊軍に配属され日本郵政グループを巡る取材、報道を始める。「かんぽ生命不正販売問題を巡るキャンペーン報道」で第20回早稲田ジャーナリズム大賞、「全国郵便局長会による会社経費政治流用のスクープと関連報道」で第3回ジャーナリズムXアワードのZ賞、第3回調査報道大賞の優秀賞を受賞。

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

宮崎拓朗
登録
評論・文学研究
登録

書籍の分類