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もうひとつ、いいですか?

三谷幸喜/著 、ペリー荻野/著

1,980円(税込)

発売日:2026/04/22

  • 書籍
  • 電子書籍あり

笑って、泣いて、夢見心地にさせられて。今こそ、テレビを熱く語ろう。

テレビ黄金時代の熱波を全身に浴びて育ち、テレビ界に深く関わる二人が、大河・刑事もの・バラエティなど偏愛番組の数々と、実人生や創作に与えた影響を語り尽くす。手品師のBGMはなぜ「オリーブの首飾り」なのか? 「古畑」に予定されていた幻の大物ゲストは? お宝エピソード満載のトークライブを最前列でどうぞ!

目次

はじめに ペリー荻野

人生変えられちゃったかも?
[大河ドラマ編]

犬とイルカとスパイがいた!
[海外ドラマ編]

コロンボ発、古畑任三郎行き
[刑事探偵ドラマ編]

脚本、演出もクセ者ぞろい
[ホームドラマ編]

思い出しては泣き笑い
[追悼・西田敏行さん編]

我らを作りし黄金の年
[1973年編]

おしまいに 三谷幸喜

書誌情報

読み仮名 モウヒトツイイデスカ
装幀 市村譲/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 224ページ
ISBN 978-4-10-356811-7
C-CODE 0095
ジャンル エッセー・随筆、ノンフィクション
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,980円
電子書籍 配信開始日 2026/04/22

書評

「人が14歳の時に観た作品最強説」は本当か?

高橋洋二

 私は昭和36年生まれなので、三谷幸喜さんは同学年でペリー荻野さんはひとつ若いという同年代、私が放送作家として関わった番組では三谷さんには「ボキャブラ天国」に、ペリーさんには「タモリ俱楽部」に出演していただいた。そして物書きとしては同類の〈昔のことをよく覚えてる系〉に属する者である。
 その〈よく覚えてる系〉の先達による、記憶の名著といえば数々あれど『お楽しみはこれからだ』(和田誠)、『不良少年の映画史』(筒井康隆)がすぐに思い当たる。『不良少年の~』の文庫版『不良少年の映画史〈全〉』(文春文庫)の解説は色川武大。これがもう手放しの大喜びの文章で、解説というより、あまりにも筒井康隆さんの記憶再現力が完璧なので「仕方がない。こうなれば、私は私。勝手な一文を記す」と「モンティ・バンクスで、どうしてウレしくなったか」といった、自分たちだけが好きだった俳優について踊るような文章を寄せている。またこの解説では映画などの好みについて同好の士として小林信彦さん、森卓也さんの名前をあげている。そう、ここまで名前をあげた皆さん、私の10代の頃からの憧れの人物ばかり、「記憶と愛情と娯楽」についての「てにをは」を教えていただいた人たちである。それらは三谷さんペリーさんも同じなのではないかと思い筆を進めます。
 本書は「大河ドラマ」「海外ドラマ」「刑事探偵ドラマ」「ホームドラマ」「追悼・西田敏行さん」「1973年」からなる6章立てで成り立っている。
 どの章でもお二人の記憶力と愛情は一級品だ。数々の名シーンやグッときた演技の再現力など、前のめりで話している様子が伝わってくる。また、三谷さんは大河ドラマ「風と雲と虹と」(1976年)の最終回を観たあと、平将門にのめり込むあまり夜中に家の廊下を馬に乗って走り回った(いわゆるエア馬)という。ペリーさんは、日曜夜8時は「オールスター家族対抗歌合戦」を観る家だったので、大河は自分だけで壊れかけたモノクロテレビでこっそり観ていたという。このような当時の視聴環境にまつわるエピソードも豊富で、昭和の少年少女がいかに自分の好きなテレビを「熱く」観ていたのかよくわかる。
 お二人は長じて、大好きだったテレビの世界に深く関わるようになる。大河に関しては、三谷さんは脚本家として、ペリーさんは取材するライターとしてNHKを訪れるが、二人ともまず渋谷のスタジオの素晴らしさにため息をつく。「御所も城内の居室も農民の小屋も山も小川も竹林も畑も次々に再現される魔法の空間」(ペリー)、「小さなスタジオで信じられないほど多くの場面が撮影されていることを知り、驚きました」(三谷)といった描写から始まる〈現代編〉が絡んできて内容がさらに立体的になっていく。ペリーさんが萩原健一さんにインタビューする機会があった時、編集部からは「傷だらけの天使」について聞いてくれと言われたが、どうしても「勝海舟」の岡田以蔵の話を聞きたくて……というくだりも微笑ましい。私は映画などでも主人公が職業を得る嬉しさを描いたエピソードが好みだったりするが、本書はそんな青春ものの手触りもある。
 ゆえにお二人の話は、その作品を観ていればもちろんのこと、観ていなくてもとても読みごたえがあるのだ。
 三谷さんは、個人的な思い入れを自分の作品に取り入れることに関して、「生きがいですから。僕の人生は、小学生の時にインプットされたものを再現するためにあるようなものです」と言い切っている。コント作家の私も大好きな「タワーリング・インフェルノ」でのロバート・ワグナーが、火の海を駆け抜けようとする間際のセリフ「これでも学生の頃は陸上部だったんだ」を「爆チュー問題」で田中裕二に言わせたことがある。二人ともそのあと火だるまになるのだが。
 もうひとつ嬉しかったのは、あるテレビ番組で西田敏行さんが爆笑問題と共演したコントが「圧巻でした」とペリーさんが仰ってくださっているが、そのコントの台本は私が書きました(「はばたけ!ペンギン」)。ほとんどアドリブだったが、西田さんのオチのセリフだけは決めていた。「今やろうと思ったのに言うんだもんな!!」である。
 最後にお二人の会話に無理矢理自分のことをねじ込んでしまったが、本書は多くの読者にとっても、その時私はこうしていた、こう思ったといった自分史と重なり合う楽しさと感慨にあふれているはずである。

(たかはし・ようじ 放送作家)

波 2026年5月号より
単行本刊行時掲載

「オタク語り」の向こう側

ヒャダイン

「オタク語り」という言葉がある。自分の脳の回転数の赴くままの早口で余白を切り詰めた内容を流れる滝のごとくとめどなく喋り放つ。当然それは専門外の人々にとって意味不明な内容であるし、眼を血走らせながら唾を飛ばして熱弁する様子は嘲笑の対象にもなる。自分の「好き」を説明しているだけなのに笑われるのは多少なりとも傷つくことであって、自分の知識は自分の中だけに留めておこう、という悲しいリミッターを自作するのが大人になることだと思っている。そもそも「オタク語り」なんていうけれど、自分のことをオタクだとは思っていない。好きなだけ、詳しいだけだ。釈然とはしない。
 三谷幸喜氏もきっと人生で何万回も奇異な目で見られていたことだろう。好きなことをシェアしたいだけなのにテンポが合わないことがもはやデフォルトだったのだろう。しかし同世代であるペリー荻野氏との会話は小気味いいほどにBPMが同じ。いや同じどころか互いの返答でどんどん加速していきバラードだったものが最後は高速パンクロックを聴いているような感覚になる。正直なところ私はお二方と世代が違うのでほとんどの内容は知らないし共感もできない。しかし読んでいて楽しくて仕方ない。とんでもない熱を持った知識の応酬はなぜか見ていて楽しいのだ。ペリー氏「私たちは考察でも蘊蓄でも自慢でもなく、言いたいことを口にし合ってるだけなんだって」、三谷氏「これまで話すチャンスのなかったことを、ひたすら吐き出しているに過ぎない」。この会話に全てが凝縮されていると感じた。「オタク語り」は相手より知識マウントを取る為のバトルでもなければ、題材を研究して理解を深める生産性のある行動でもない。ただ吐き出すだけなのだ。独りで抱えていた無数の点を、相手も同じく独りで抱え続けた点と繫げることで線にして、自分の中でさらに強度の高い「好き」に昇華させて固定させる、偏愛強化行動なのだと思う。
 しかし本書がただの「オタク語り」の実録に終わらない箇所が二つあると私は思う。一つは文化のサルベージとアーカイブ、もう一つは三谷幸喜という類稀なる才能の解剖書である点だ。
 彼らが黄金期と評する1973年の文化を中心に、メインストリームだけをさらった歴史まとめでは絶対に拾い上げられない細かい文化的重要事項がおさらいされている。映画やドラマは作品として残るがテレビのバラエティ番組は流され消費され忘れ去られてしまう。現代ですらTVerでの見逃し配信があるくらいで、DVDなどで後世まで遺されるバラエティ番組は氷山の一角だ。どんなに視聴者の心に影響を与えようと消費物として流されていってしまう。したがってそのインパクトを事実として固定させ続けるには記憶して口伝していくしかない。衰えていく記憶を明瞭に、そして勘違いや覚え間違いを修正するのに会話は大変重要なのだ。三谷氏、ペリー氏から放たれる王道ではないエンタメの数々、そしてそれを彩った個性的な演者の面々の詳細を記した本書は文化アーカイブとして大切な資料だと言えるだろう。
 そして三谷氏の創作への動機が非常にわかりやすく解説されている本だとも感じた。「僕の人生は、小学生の時にインプットされたものを再現するためにあるようなもの」と三谷氏は自己分析している。これは私も表現者の端くれとして非常に共感した。自分の人生を形作ったもの、何よりも夢中になったエンタメ、当然だが時代とともに同コンテンツの供給は断たれる。永遠に続く作品は存在しない。しかし三谷氏はその当然の摂理に抵抗したのだ。「供給されないのなら自分で作ればいい」。同人誌を作る方々と同じ発想である。私の話で恐縮だがニコニコ動画にゲームのリミックスを投稿したりアイドルやアニメに楽曲を作るのも全く同じ発想だ。自家発電、職権濫用、公私混同。三谷氏は語る。「完全に趣味の世界に生きているな。正直言って、世間の評価はどうでもいい」。嗚呼、なんて強くてブレない価値基準だろうか。我々視聴者は三谷氏の一人遊びを傍観させてもらっているだけなのだ。彼の一番の客は彼自身であり、我々第三者の優先度なんてかなり低いのである。「お客様は神様だろうが!」精神の方は不快に思うかもしれないが変えようのないことだし、実際それで素晴らしい作品が数々生まれているのだからそこに「視聴者の声」というノイズを届けるのはもはや迷惑行為だと私は思う。
 とあるコンテンツに関して三谷氏は「なんで僕は好きなんでしたっけ。ペリーさんなら分かるはず」と自分の「好き」の理由を他人に尋ねた。もちろんペリー氏は明快に答えるのだがこの時点で三谷氏はペリー氏を他者ではなく自分自身として話しているのだと感じた。実際「前世は同じ人」と三谷氏も評している。本書の会話もまた三谷氏の一人遊びなのかもしれない。そしてそれを実現させたペリー氏の知識量も見事だ。他者を通した一人遊びからしか得られないものがあると改めて実感、私も盟友の中川翔子さんを呼び出してセーラームーンやドラクエについて夜通し語りたくなった読後感である。「好き」の熱でアチアチの良著だった。

(ひゃだいん 音楽クリエイター)

波 2026年5月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

三谷幸喜

ミタニ・コウキ

1961年生まれ、東京都出身。日本大学芸術学部演劇学科在学中の1983年、劇団東京サンシャインボーイズを結成。脚本家として舞台・テレビドラマ・映画に幅広く活躍中。近年の主な作品に、テレビドラマ『鎌倉殿の13人』『おい、太宰』『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』、舞台『蒙古が襲来』『昭和から騒ぎ』『歌舞伎絶対続魂(ショウ・マスト・ゴー・オン) 幕を閉めるな』『いのこりぐみ』『新宿発8時15分』、映画『記憶にございません!』『スオミの話をしよう』、主著に『三谷幸喜のありふれた生活』シリーズ、『清須会議』などがある。

ペリー荻野

ペリー・オギノ

1962年生まれ、愛知県出身。愛知教育大学在学中より中部日本放送でラジオパーソナリティ兼放送作家として活動し、覆面ライターになるつもりでこのペンネームにしたが、いつの間にか顔を出してしまう。30年以上にわたりテレビ業界の取材を続け、コラムニスト・時代劇研究家として多数の記事を執筆。著書に『テレビの荒野を歩いた人たち』『脚本家という仕事:ヒットドラマはこうして作られる』『ちょんまげだけが人生さ』など。時代劇主題歌オムニバスCD『ちょんまげ天国』のプロデュースなど時代劇企画に多く携わり、デイリー新潮で「ペリーが出会った時代劇の100人」を連載中。

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