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川端康成文学賞受賞記念の短篇集。「沖縄の私小説を書いてきた」作家の新境地。

  • 受賞第41回 川端康成文学賞

レールの向こう

大城立裕/著

1,728円(税込)

本の仕様

発売日:2015/08/31

読み仮名 レールノムコウ
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 238ページ
ISBN 978-4-10-374006-3
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,728円
電子書籍 価格 1,382円
電子書籍 配信開始日 2016/02/05

沖縄に生きて、その風土を呼吸しながら創作を続けてきた八十九歳の作家の、初の私小説。時の移ろいを生き抜く老年の日常。妻の入院をきっかけに、出会ってきた人々の面影とともに、遠い記憶が鮮明に蘇り、いまを生きる私を、強く激しく揺り動かす――川端康成文学賞を受賞した表題作と新作『病棟の窓』を収録する、最新作品集。

著者プロフィール

大城立裕 オオシロ・タツヒロ

1925年、沖縄県中城村に生まれ、1943年、上海にあった東亜同文書院大学予科に入学したが、敗戦による大学閉鎖のため中退。戦後は、琉球政府通産局通商課長、県立博物館長などを務める一方、敗戦直後から青春の挫折と沖縄の運命を繋ぐ思想的な動機で文学を始め、1959年に『小説琉球処分』の新聞連載開始、1967年『カクテル・パーティー』で沖縄初の芥川賞作家となる。戦後の沖縄文学を牽引して、沖縄の歴史と文化を主題とした小説や戯曲、エッセイを書き続ける。小説『対馬丸』『日の果てから』『かがやける荒野』『恋を売る家』『普天間よ』のほか、『花の幻――琉球組踊十番』『真北風(まにし)が吹けば――琉球組踊続十番』などの著書がある。2002年には『大城立裕全集』(全13巻)が刊行された。2010年、日本演劇協会演劇功労者表彰、2015年、初の私小説「レールの向こう」で、川端康成文学賞を受賞。

書評

「レールの向こう」への覚悟

玄侑宗久

 沖縄に出かけるたびに大城先生にお目にかかる。初めは二○○四年か○三年か、巫女ユタ神女ノロさんを御紹介いただき、『リーラ―神の庭の遊戯―』という作品を膨らますことができた。モノレールにほど近いご自宅にもお邪魔し、奥様にも歓待いただいた。その後も普天間のよく見える場所を教わり、また新都心の変化についても詳しく伺った。この国最後の強制接収については、スキャンした資料をメイルで送ってくださった。
 いつも自分の父親と同じ年齢であることを忘れる。おそらくそれは、氏の率直さや桁外れのエネルギーのせいばかりでなく、創作そのものへの覚悟のせいではないか。先日、川端康成文学賞の贈呈式でお会いして、そんなことを思った。
 震災の年に編まれた『普天間よ』の「あとがき」によれば、氏は芥川賞受賞のとき、沖縄で作家になると、戦争を避けては通れないが、自分はよくある「悲惨な戦場」ではなく違う戦争を書こうと思った、と記す。「生活の場が戦場になるとは如何なることか」という問いから始まり、さまざまな小説や戯曲(沖縄芝居)が産みだされていった。今回の短編集『レールの向こう』でも、その観点が貫かれているのは間違いない。
 あまり単純化したくはないが、本書に収録された短編を例にあげると、たとえば「エントゥリアム」では沖縄からハワイへ移民した人々の労苦が描かれ、「四十九日のアカバナー」ではバイク事故による息子の死をきっかけに、巫女買いに走る母と祖母、本家と分家の葛藤が重層的に描かれる。また「天女の幽霊」では、沖縄独特の巫女を語り手に、新都心の開発をめぐる人間の欲望が抽出されるが、ここでも巫女性と女性性、男と女、巫女の真贋といった一種の戦いが、沖縄独自の歴史を背景に見事に描きだされるのである。
 要するに、どの物語も一筋縄ではいかない重層性に満ちており、語り手の葛藤や思いの変化で物語は大きく動く。そこが予断を越えて面白いのだ。「まだか」という作品は、死期の近い父親の周辺でのいざこざだが、遺産相続に思いをかける弟と死ぬ前に父に許しを請いたい妹の複雑な思いの交錯が、長男の目で描かれる。「まだか」というタイトルじたいも秀逸だが、やはり読み応えは語り手自身の心の葛藤と変化にある。
 語り手自身の心の葛藤が更に浮かびあがるのが表題作の「レールの向こう」である。レールのこちら側には脳梗塞で入院した妻をはじめ、息子たちや妻の妹なども含めて営まれる尊い日常がある。大城氏自身とも思える語り手は、老いも死も含んだその日常を尊いものと思い、慈しむように語っていく。しかし作家である語り手は、どうしても「レールの向こう」を切り捨てられない。そこには真謝まじゃ志津夫の住んでいた森がある。古語おもろの語彙と文体でみごとに一冊の詩集を編み、海洋の大自然と船のメカへの愛を小説として結晶させた真謝の存在というより、それは日常では得られない不穏だが歓喜に満ちた創作活動そのものを象徴している。作家は、最終的にレールの両側が自分の思いを介して慰めあい、妻の快癒もそれによって促されてほしいと願うのだが、そこに至る揺らぎはやはり日常における戦場と言うしかない。
 永年、覚悟してこの戦いを続けてきた大城先生ならではの傑作であろう。一瞬、破調かとも思える描写の膨らみも、いや、そうではなく、縁によってテーマが深まる仕掛けだと気づき、長嘆息する。
 この一冊が、沖縄の深層に触れるテキストであることは勿論だが、それはまた覚悟を保って爛熟した人生の、深い愉楽も教えてくれる。

(げんゆう・そうきゅう 作家・僧侶)
波 2015年9月号より

目次

レールの向こう
病棟の窓
まだか
四十九日のアカバナー
エントゥリアム
天女の幽霊
あとがき
 著者自筆略歴

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