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〆太よ

原田宗典/著

1,980円(税込)

発売日:2018/05/31

  • 書籍
  • 電子書籍あり

だあれも知らないが麻薬中毒(ジャンキー)のおれと盲目の〆太は世の正義を守る戦友なんだ。

まともなつもりで正気を失った20世紀末の日本で人間のクズを自認するおれと純粋無垢な盲目の青年〆太は本物の友情で結ばれる。究極の遊び人にしておれの麻薬(ドラッグ)の師匠や性交(セックス)を作品と心得るおれの中学時代の女神(マドンナ)との交歓の果て〆太とおれはある邪悪な陰謀に挑むことに……。構想20年。己れが己れであることをめぐる冒険の物語。

書誌情報

読み仮名 シメタヨ
装幀 三木弘志(弘陽)/題字活版清刷、新潮社装幀室/装幀・写真
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 248ページ
ISBN 978-4-10-381107-7
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,584円
電子書籍 配信開始日 2018/11/02

書評

液状化させ攪拌して最後に残るもの

三輪太郎

 私は原田さんより少し年下だが、ほぼ同時期に同じ大学の空気を吸って20歳前後をすごした。「ガランドウの明るさ」、それが80年代初めの大学の空気だった。
 学生運動への道にはすでに「通行止め」の標識が立っていた。一挙にして全面的に世界を了解し読み換えたいと願う若者たち(いつの時代にも一定割合の若者たちはそう願うものだろう)は、自身の外部でなく内部を読み換えて世界の見え方を一変させる各種新興教団へ脚を踏み入れた。各種のひとつにオウム真理教の前身もある。私も各種のひとつに脚を踏み込み、あげくに抜けた。が、教団から抜けても、正しさから抜けられない。いったん信じた正しさを溶かしきるまで、10年以上の月日がかかった。だから、オウム真理教事件を他人事とは思えない。どこで、なぜ、どう、何が間違ったのか、ひそかに問いつづけてきた私に、『〆太よ』との出逢いが待っているとは思わなかった。
「大学に入って自分の平凡さに気づいて何をどうしたらいいかわからなくなった。誰もいない野原に一人で立っている感じ。確かに自由できもちがいいんだがじゃあ一体そこで何をしたらいいんだって感じ。おれにとって大学ってのはそういう場所だった」
 語り手の「おれ」は20歳のとき、中年ジャンキー西田さんと出遭い、これがきっかけで「天使」にはまる。「天使」がもたらしてくれたのは、宗教よりも効率よく世界を一挙にして全面的に了解し読み換える力だった。「おれ」はドロップアウトして、裏ビデオの配達で暮らしを立てる。できるだけ世間知らずなことをして、人に迷惑をかけない範囲であらゆるルールを破ることを信条として。
 西田さんは人生を何気なく棒にふることを遊びと心得る人だ。馬鹿ばかしいことをだれよりも生真面目にこなす。ときには常軌を逸したやさしさを発揮して、「おれ」のために行方不明の金田香を探し出してくれる。
 金田香は在日朝鮮人二世の風俗嬢、しかし、彼女にとってセックスはドラッグであり宗教であり芸術でもある。彼女とのセックスがもたらす快感を、著者はこう描写する。
「それは飛ぶようでもあり沈むようでもあり速いようでいて遅く重いけれど軽やかでようするに正反対の印象が同時に存在する瞬間だ。まるでおれ自身が柔らかい万華鏡になって上下左右に回転しながら内側でちらちら変化する五感の粒を味わっているみたいな」
 ある日、「おれ」は新宿のバッティングセンターで〆太と遭う。〆太は生まれつき目が見えない。13歳のとき火事で母を失う。父は裏世界のボス。杉並区永福の豪邸に暮らしながら町内会の消防団に入り、拍子木を打って「火の用心」の夜まわりに励む。
 西田さん、金田、〆太、「おれ」、不可思議な4人のからみで物語が進行するが、急転直下、オウム真理教が物語の軒を奪っていく。読者は富士の裾野のサティアンに西田さんがいることを知る。さあ、そこから教団とのシャブの争奪戦がはじまる……。
 この小説にはモノサシが利かない。青春小説、恋愛小説、宗教小説、ポルノ、サスペンス、いずれのモノサシからも作品がハミ出してしまう。私は途中からモノサシで測ることを断念せざるをえなかった。そして、読み終えてから気づいた。これは一つの実験であるということに。宗教とセックスとドラッグをこき交ぜて、世間の価値をとことん液状化させ、善悪正邪美醜の境を融解し、ぐるぐるぐるぐる攪拌して、それでも溶かしきれずに残るものは何か、確かめる実験。
「オウムの欠点はズバリ美しくないところだ」と「おれ」がきっぱりいう。西田さんも金田も〆太も「おれ」も、乱倫でありながら倫理的、野放図でありながら生真面目、崩しても崩しきらない「美」を帯びる。いや、「粋」というべきだろう。「粋」のなかに宗教を超えた宗教的「質」がこもる。
 あらゆるモノサシを拒む型破りの外観を持ちながら、世間の顔を突き抜けた向こう側を見つめる態度を小説は頑なに守る。これぞ極道にして王道、と私は唸る。

(みわ・たろう 作家)
波 2018年6月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

原田宗典

ハラダ・ムネノリ

1959(昭和34)年、東京都生れ。早稲田大学第一文学部卒業。1984年に「おまえと暮らせない」ですばる文学賞佳作。以来小説、エッセイ、戯曲を発表する。主な著書に小説『スメル男』『十九、二十』『平成トム・ソーヤー』、エッセイ『スバラ式世界』『たまげた録』、戯曲『やや黄色い熱を帯びた旅人』、訳書にアルフレッド・テニスン『イノック・アーデン』などがある。

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