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ぞっとするほど美しく、息を呑むほど恐ろしい。恩田陸の“最新型”がここにある。

歩道橋シネマ

恩田陸/著

1,760円(税込)

本の仕様

発売日:2019/11/20

読み仮名 ホドウキョウシネマ
装幀 大山顕「立体交差 ジャンクション」(本の雑誌社)より大谷ジャンクション/カバー写真、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 318ページ
ISBN 978-4-10-397112-2
C-CODE 0093
ジャンル 文学・評論
定価 1,760円
電子書籍 価格 1,760円
電子書籍 配信開始日 2019/11/29

とある立てこもり事件の証言をたどるうちに、驚愕の真相が明らかになって……(「ありふれた事件」)。幼なじみのバレエダンサーとの再会を通じて〈才能〉の美しさと残酷さを流麗な筆致で描く「春の祭典」、ある都市伝説を元に、世界の“裂け目”を描出させた表題作ほか、小説の粋を全て詰め込んだ珠玉の一冊。

著者プロフィール

恩田陸 オンダ・リク

1964年、宮城県生まれ。1992年、小説『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞および第2回本屋大賞を受賞。2006年『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞を受賞。2007年『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞を受賞。2017年『蜜蜂と遠雷』で第156回直木三十五賞および第14回本屋大賞を受賞。近刊に『失われた地図』『錆びた太陽』『祝祭と予感』などがある。

書評

裏切られる快感――名手の十八問

大森望

 私事ですみませんが、先週、中学三年生の長女から「国語の模試でこんなのが出たよ」と業者テストの問題用紙を見せられた。課題文は母と子の対話劇で、「叙述トリックってなに?」と子どもに訊かれた母がこんな例を出す。いわく、父親の墓参りに行く途中で交通事故に遭った怪我人が病院に搬送されてきた。緊急手術が決まり、手術室に入った外科医は、患者の顔を見るなり、「ああ、わが子よ、なんてことだ!」と叫ぶ……。この話を聞いて、「不思議だなあ。怪我人の父親はもう亡くなってるのに」と訝しむ我が子に対し、母は、それは“思い込み”のせいよと答える。
 ミステリ読者なら、「はいはい、初歩的な性別誤認トリックね」と即答しそうだが、これは業者テストなので、ちゃんと選択肢が用意されている。(1)実は父親は死んでいなかった、(2)外科医が嘘の独白をしていた、(3)外科医は患者の母親だった――と来れば、とりあえず想定される正解は(3)か。しかし驚いたのは、最後にもうひとつ、(4)手術室はこの世のものではない――という選択肢が用意されていたこと。えっ、なにこれ、ミステリかと思ったらファンタジー(または超自然ホラー)だったの!? みたいな衝撃。ひっかけにしては気合いが入り過ぎというか、小説としてはこっちのほうが面白い。いや、これが恩田陸なら、四つの選択肢のどれを選んでも、きっと切れ味鋭い短篇を書くだろう。そう思いながら、本書のゲラを読んでいた。
 この『歩道橋シネマ』は、『図書室の海』『朝日のようにさわやかに』『私と踊って』に続く、著者にとって七年ぶり四冊目となる(連作を除く)短篇集。〈小説新潮〉に発表した十一篇を中心に、全十八篇が収められている。
 SFもファンタジーもホラーもミステリも青春小説も自由自在に書き分ける多彩な小説技術の持ち主なので、どんな話になるのか、書き出しからはまったく想像できないのが特徴(著者自身にも予想できない場合があるらしい)。
 たとえば、「楽譜を売る男」は、コンサートホールで四日間にわたって開かれる弦楽器のイベントの期間中、ロビーに楽譜を並べて売っている白人男性についての物語。彼は、いくら客が来なくても、ただじっと楽譜の前の椅子に座ったまま、スマホを見ることもなく、泰然自若と過ごしている。雑誌の取材でこのイベントに通っていた“私”は、“彼”がいったいどういう人物なのか推理し、妄想の翼を広げはじめる。ある意味これは、本格ミステリで言う“日常の謎”の変奏だが、はたしてその真相は?
 あるいは、地方都市の銀行で起きた立てこもり事件を描く「ありふれた事件」。六時間後、警察が突入して犯人は取り押さえられたが、客の一人が男に胸を刺されて死亡した――という、題名どおりのよくある事件だ。しかし、現場に居合わせた人々の証言を付き合わせてみると、どこかおかしい。被害女性はなぜ他の人質に囲まれるようにして倒れていたのか? そもそも彼女だけがどうして急に刺されたのか? なかなか見えてこない事件の核心部分に光があたるとき、思いがけない光景が浮かび上がる。
 どの話も読者の“思い込み”を巧妙に利用していて、こういう小説だなと決め込んでいると見事に足をすくわれる。
 かと思うと、第三短篇集『私と踊って』の表題作と同じくダンスをモチーフにした「春の祭典」では、高校時代に見た一瞬のシーンが鮮やかに描写される。語り手の「私」は、地方の進学校に通っていた頃、いまや世界的なバレエダンサーとなった「彼」と同級生だった。学校時代の「彼」が踊るところは見たことがないが、一度だけ、放課後の教室で、「彼」が“踊り出そうとしている気配”を感じたことがある。いわく、〈「彼」が頭上に手を振り上げた瞬間、「彼」がすうっと空中に浮かびあがったような気がした。/同時に、私の身体も一緒にふわりと持ち上げられたような気が、確かに、した。〉高校時代に一瞬だけ触れた魔法の瞬間(シオドア・スタージョンの言う“不思議のひと触れ”)を軸に組み立てられたこの短篇は、わずか十二ページの中に“青春”を(“春の祭典”を)封じ込める。
 巻末のあとがきには例によって各篇の成立事情が触れられていて、それ自体がもうひとつの“答え合わせ”のように楽しめる。学校を卒業してひさしい読者も、出題の名手が腕によりをかけて作成したこの十八問に挑戦して、驚きの感覚を味わってみてほしい。

(おおもり・のぞみ 書評家)
波 2019年12月号より
単行本刊行時掲載

目次

線路脇の家
球根
逍遙
あまりりす
コボレヒ
悪い春
皇居前広場の回転
麦の海に浮かぶ檻
風鈴
トワイライト
惻隠
楽譜を売る男
柊と太陽
はつゆめ
降っても晴れても
ありふれた事件
春の祭典
歩道橋シネマ
あとがき

インタビュー/対談/エッセイ

短編集はチョコレートの箱

恩田陸

およそ7年ぶりの短編集は作家・恩田陸の“最新型”にして、“原点”だった。短編集との出会い、そして、その魅力と真髄とは。

 まだ大長編を読む覚悟がなかった小学校高学年から中学校にかけて、文学への入口は専ら短編集だった。いっとき、新潮文庫の翻訳短編集ばかり追いかけていたことがあり、今も心に残っている。
 たとえば、アースキン・コールドウェル。苺の収穫に駆り出される季節労働者の若者たちを描いた短編。重労働の合間に、女の子のブラウスの中に熟しすぎた苺を投げ込み、ブラウスの上から叩き潰して真っ赤にしてしまう、という他愛のない遊びが流行る。その遊びを通して、刹那的な恋の瞬間を描き出す。
 たとえば、J・D・サリンジャー。少年野球チームのコーチが語る「笑い男」の物語。中国の山賊に誘拐され、宣教師である両親に身代金の支払いを拒絶された腹いせに、頭を万力でねじられ、引き伸ばされて世にも恐ろしい顔になった少年。罌粟の花で作った仮面をつけて生きる「笑い男」の物語の結末が、チームに飛び入りした美少女とコーチの別れとリンクする。自ら死に際にむしりとった仮面と、少女の消えた街角の電柱に引っかかった赤いティッシュの対比。
 たとえば、アラン・シリトー。恐ろしく不器用な夫婦が、互いを思い合っているのにそれを口に出すことができず、すれちがいを繰り返し、とうとう別れてしまう。夫は目に見えない誰かに向かって告白する。今も胸に迫る幕切れの一節。
 はい、愛していました、とおれはそこで答えるんだ。でも、おれたちは二人とも、愛のために何もしなかった。だから、いけなかったんです。
 たとえば、O・ヘンリ。あの有名な「最後の一葉」を、私はミステリーとして読んだ。あの決して落ちない葉っぱは、描かれた絵だった! 単純だが、実に効果的なトリックではないか!
 このあたりから、私はやっぱりミステリーが好きなんだなと気付き、サキポーといったミステリー色の濃い作家に向かっていく。
 そして、私の嗜好を決定づけたのは、早川書房から出ていた「異色作家短篇集」のシリーズだった。
 ロアルド・ダール、ジャック・フィニイ、レイ・ブラッドベリ、フレドリック・ブラウン、ロバート・ブロック、ジェイムズ・サーバー、リチャード・マシスン、ロバート・シェクリイ、シオドア・スタージョン、ダフネ・デュ・モーリア、シャーリイ・ジャクスン、などなど、名前を挙げているだけで懐かしく、あれやこれやと数々の短編が蘇ってくるし、私が現在書いている短編――特に、これまで新潮社さんから出していただいてきたノン・シリーズの短編集は、皆この作家たちから受けた多大な影響と、その系統の中で書いているのだなあ、と改めて気付かされた。
 この中にはSF作家と呼ばれている人も多く含まれているが、こうしてみると、私の真の好みはスタンダードなミステリーでもストレートなSFでもなく、どちらかといえばジャンル越境的な、かつて「奇妙な味」と呼ばれたものがど真ん中ストライクなのだ。
 今回、七年ぶりにまとめた『歩道橋シネマ』は、これまでよりもミステリーやホラー色の強いものとなっているので、ますます「異色作家短篇集」っぽくなっており、まさにかつて影響を受けたものへの「先祖返り」となった気がする。
 短編集というのは、いろいろなチョコレートの入った箱に似ている。同じメーカーの製品なので、どこかに統一感があるけれど、味も形もさまざまで、時々変わったものも入っている。どうかそれぞれの味をお楽しみいただき、願わくば、どれかが心の片隅にでも残ってもらえたら嬉しい。

(おんだ・りく 作家)
波 2019年12月号より
単行本刊行時掲載

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