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横山ミステリー史上、最も美しい謎。熱く心揺さぶる結末。『64』から六年。平成最後を飾る長編、遂に登場。

ノースライト

横山秀夫/著

1,944円(税込)

本の仕様

発売日:2019/02/22

読み仮名 ノースライト
装幀 agoera/装画、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 431ページ
ISBN 978-4-10-465402-4
C-CODE 0093
ジャンル 文学・評論
定価 1,944円

一級建築士の青瀬は、信濃追分に向かっていた。たっての希望で設計した新築の家。しかし、越してきたはずの家族の姿はなく、ただ一脚の古い椅子だけが浅間山を望むように残されていた。一家はどこへ消えたのか? 伝説の建築家タウトと椅子の関係は? 事務所の命運を懸けたコンペの成り行きは? 待望の新作長編ミステリー。

著者プロフィール

横山秀夫 ヨコヤマ・ヒデオ

1957年東京生まれ。新聞記者、フリーライターを経て、1998年「陰の季節」で松本清張賞を受賞し、作家デビュー。2000年「動機」で日本推理作家協会賞受賞。以降、『半落ち』、『第三の時効』、『クライマーズ・ハイ』、『看守眼』など話題作を連打する。2012年刊行の『64』は各種ベストテンを席巻し、英国推理作家協会賞インターナショナル・ダガー最終候補やドイツ・ミステリー大賞海外部門第1位にも選ばれた。『ノースライト』は作家生活21年目の新たな一歩となる長編ミステリー。

書評

円熟味をました熱き激しい物語

池上冬樹

 誘拐事件捜査をめぐる警察小説『64』は圧倒的な傑作だった。海外にも多数翻訳されて、賞は逃したものの英国推理作家協会賞インターナショナルダガー賞にノミネートされたし、ドイツ語にも訳されて2019年1月にはドイツ・ミステリー大賞を受賞した。
 その『64』から六年、ついに待望の新作の登場である。横山秀夫だから当然ミステリー、しかも警察小説だろうと思ってしまうが、『ノースライト』は従来のジャンル・ミステリーから少し離れた建築家小説である。警察も刑事もほとんど出てこないし、殺人事件も起きない。にもかかわらず、大いなる謎があり、激しい人間ドラマがあり、激しく心揺さぶる感動がある。そして最後は感涙にむせぶことになる。
 その話を聞いたとき、一級建築士の青瀬稔は我が耳を疑った。信濃追分に建てた新築の家に誰も住んでいないというのだ。青瀬が過去に設計した家に惚れ込んだ施主の吉野に、「あなたにすべてお任せします」と熱望され、自分のすべてを注ぎ込んだY邸は、建築雑誌にも取り上げられるほど高い評価を受けた。四カ月前の引き渡しのときには、吉野夫妻と子供たちはすごく感激していたではないか。住んでいないなどありえない。青瀬は吉野の携帯にも自宅にも電話をするが出ない。青瀬は設計事務所オーナー岡嶋とともに信濃におもむく。
 信じがたいことに、吉野邸は無人だった。玄関の扉にはこじあけた痕があり、ドアは開錠されている。中に入ると電話機以外に家具はなく、二階にあがると、窓の向こうの浅間山を望むように、古ぼけた一脚の椅子だけがあった。岡嶋によると、ドイツの建築家ブルーノ・タウトの椅子ではないかという。昭和初期、ナチス政権による迫害から逃れるために日本に渡ってきた近代建築家で、日本滞在中、実業家の別荘の改築を頼まれ、調度品をデザインしていたという。これはタウトがデザインした椅子なのだろうか。なぜ一脚の椅子だけが残されている? 吉野一家はどこにいった?
 だが、それだけに関わるわけにはいかなかった。事務所の命運のかかったコンペが間近に迫っていたからだ。しかしある事件が起きて、青瀬たちは窮地にたたされてしまう。
 建築家の職業小説であるが、追及されるのは施工主家族の事情で、青瀬が探偵役に徹して、行方を追いかけていく。同時にコンペにまつわる事件の解決もまかされて、それまで目をむけてこなかった様々なことが明らかになり、青瀬自身が人生の岐路にたたされることになる。
 本書では、失踪した家族や、タウトの人生と椅子をめぐる美しい謎の追及も興味深いけれど、もっとも印象的なのはやはり青瀬自身の人生だろう。父親はダム建設の熟練の型枠職人で(膨大なコンクリートを流し込む型枠は現場で作り上げられる)、父親に連れられて一家は各地を転々とした。転居は二十八回を数え、青瀬は小中学校九年間で七回も転校した。そんな「渡り」の生活を送ったからこそ、家は大事だったのに、バブル時期に結婚生活を送った青瀬にはそれがわからなかった。一人娘日向子が生まれ、木の温もりのある家を求める妻ゆかりの思いにも応えられず、バブルが弾け、やがて離婚。負け犬として、自暴自棄の生活を送っていたが、岡嶋に拾われ、Y邸を作り上げたことで、ようやく「建築家」の自信が生まれた。だからこそ、その家を求めた家族の失踪が気になって仕方がなかった。
 そんな青瀬の過去と現在が丹念に描かれる。あるコンペ関係の画家の記念館について「精緻なルポルタージュだ。それでいて物語性に満ちている」という表現が出てくるが、それは青瀬自身の人生にもいえる。精緻かつ物語性豊かにつづられているからである。
 繰り返すけれど、本書は建築家を主人公にした小説であり、警察小説ではない。しかし構造的には全く同じである。『64』がそうだし、初期の『陰の季節』『動機』などの警察小説もそうだが、警官自身の問題を捉えて、彼自身の人生にひきつけながら、なおかつ事件捜査を怠らずに、そこにもうひとつの大きなドラマを作り上げていく。しかもいつも身近な些細な事件から、その人間の生き方の是非を問いかける熱き激しい物語になるのだが、それは本書『ノースライト』も変わらない。むしろタウト探究の話をいれたことで、芸術家小説としての側面も加わり濃密になっている。
『64』から六年、いちだんと横山文学は円熟味をましてきて、再読・再々読したくなるような深みをもつ。ひたひたと押し寄せるラストの温かな感動は、横山文学の中でも随一だろう。

(いけがみ・ふゆき 文芸評論家)
波 2019年3月号より
単行本刊行時掲載

インタビュー/対談/エッセイ

川の流れに戻っていく

横山秀夫

『64』から六年。
「横山ミステリー史上最も美しい謎」は、いかにして生まれたのか。
著者が語る『ノースライト』誕生秘話!

 ――『ノースライト』は、月刊誌「旅」に連載され、全面的な改稿を経て、今回刊行に至りました。書き始めるに当たって「旅」という場を意識されましたか。
 大いに意識しました。行く先々の風情を盛り込んだ「旅情ミステリー」の形を借りつつ、「人生の旅情」を書いてみたいなあとか思った記憶があります。流れる川から、知らぬ間によどみに迷い込んでしまった人が、何か小さなきっかけで、再びゆっくりと流れに戻っていくような……。旅の途中で自分がどこにいるのか、自分はいったい何者なのかわからなくなって、足を踏み出せなくなってしまった人に、道しるべのような光が降るみたいな……。それまで私は、定点主義というか、限られた地域や組織に固定カメラを据え、そこで巻き起こる「コップの中の嵐」を書き続けていました。でも今度は「旅」というお題を出されたのだから、あちこち取材に飛び回ろうという意気込みで、実際、いろんなところを訪ね歩きましたよ。

 ――『ノースライト』の主人公・青瀬稔は家の設計をする一級建築士ですが、子供時代はダムの工事現場で働く両親に連れられて、あちこち転々と「渡り」をしていたという設定です。定住と旅というテーマは、どこから来たのでしょうか。
 人にとって「住む」とはどういうことなのかという自問がまずあり、そして以前から興味があった、遊牧民やサーカス団の家族のような一カ所に定住しない人たちのことを考えました。あれこれ取材を進めるうち、ある建築家の方が、子供の時代に「渡り」をしていたと聞き、詳しく話を伺うことができました。「住む」と「建築」と「旅」が一本の線で繋がった気がして、それでその建築家の来歴を主人公の背骨に据えることにしたんです。ただ、「渡り」の経験を本人がどう感受し、人格形成やその後の人生にどう影響を及ぼしたかについては、一〇〇パーセント私の解釈に基づく創作ですし、そもそも青瀬は「建築家」を名乗ることに躊躇ためらいを覚える「建築士」ですから、モデルにしたなんて失礼で言えません。まあ、警察小説でもなんでもそうですが、似通った境遇に置かれた十人の人間がいたら、ある一定の傾向は押さえつつも、十通りの人格を創出するのが作家の仕事です。こういう環境で育ったらこういう人間になるなんて決めつけたら、小説を書く意味がありませんものね。

 ――青瀬が施主のたっての希望で設計した家なのに、そのY邸に越してきたはずの家族の姿がない。がらんどうの家に一脚の古ぼけた椅子だけが置かれていたというのが、『ノースライト』の発端です。この「横山ミステリー史上最も美しい謎」は、どこから生まれてきたのでしょうか。
 分脳です。日頃、ミステリー脳と人間ドラマを考える脳が別々に活動しているので、それが出会う場所というか、ベストマッチを見つけるのが一番の肝なんですね。デビュー当時から、短編を書く時は、ミステリーと葛藤劇を高い次元で融合させることを執筆の目標に掲げてきました。長編の『64』でもその融合を試み、『ノースライト』ではさらにミステリー度を強め、それ以上に青瀬の言動の自由度を高めました。青瀬は刑事でも探偵でもないわけですから、ミステリー脳が作った推理小説のフレームは気にしなくていいよ、どんなに脱線してもいいよ、と免罪符を与えたということです。

 ――どんなに美しい謎でも、それは出発点に過ぎない。
 もともと、厳密にプロットを作るほうではありません。それはぼんやり置いておく程度。それよりまず、冒頭で主人公に強い負荷を懸け、心に巻き起こる感情を推進力に物語を展開させるのが私の作法です。建築士にとって最も負荷の懸かること、言い換えるなら、最も起こってほしくないことは何かと考えた時に浮かんだのが、自信作の家に人が住んでいないという光景でした。プロットより先に主人公の気持ちが動き出す。そうすることによって、作り物感というか、いかにも小説的な輪郭線を消せると思っているんです。

 ――組織と個人の葛藤を描いてきた横山さんですが、今回は家族というテーマが前面に出てきた印象があります。
 短編でもずっと、「家族」は重要なファクターとして盛り込んできたつもりです。作中に占める量は僅かでも、実感に基づく一行を心がけていました。『64』は仕事小説には違いありませんが、家族の比率もかなり高めましたよね。そして『ノースライト』では、満を持してではないですが、真正面から「家族」と向き合いました。いくつもの家族のありようを重ね合わせることで、見えてくる機微がありました。「家」の話を書くということは、すなわち「家族」のことを書くことだという発見もありましたね。

 (よこやま・ひでお 作家)
波 2019年3月号より
インタビューの完全版は《『ノースライト』刊行記念特別小冊子》(一部書店で配布)に掲載されています。

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