母の味、だいたい伝授
1,540円(税込)
発売日:2023/03/01
- 書籍
- 電子書籍あり
レシピとしてはあまり役に立たないけど、読めば必ず台所に立ちたくなります。
結婚もした、両親も看取った、私に残ったのはいよいよ〈あの欲望〉だけだ――。懐かしい母の味を再現しようと奮戦し、動脈硬化を注意され、好物の牡蠣に再三あたり、でも食欲と好奇心は相変わらずの日々から生まれた風味絶佳のおいしいエッセイ集。コロナ禍の最中に逝った母をおくった、話題の「リモート葬儀顛末記」を附す。
生ハム濃厚接触事件
献立楽屋
免疫カレー
ウチ寿司
母サラダ
掟破り
帰ってきた鶏飯
小さな雑菌
味噌汁の道
朝夜交換記
ウチ外食
根っこ、茎っこ、捨てない葉
お手元バナナ
オートミールで朝食を
暴れん坊納豆
頗るつきの美味まで
アラウンド ザ 中華
牡蠣ニモ負ケズ
やっぱり牡蠣が好き
モチモチしよう
キーウの音色
だいたい伝授
本場への旅
リモート葬儀顛末記
書誌情報
読み仮名 | ハハノアジダイタイデンジュ |
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装幀 | 荒井良二/装画、新潮社装幀室/装幀 |
雑誌から生まれた本 | 波から生まれた本 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判 |
頁数 | 224ページ |
ISBN | 978-4-10-465523-6 |
C-CODE | 0095 |
ジャンル | エッセー・随筆、ノンフィクション |
定価 | 1,540円 |
電子書籍 価格 | 1,540円 |
電子書籍 配信開始日 | 2023/03/01 |
書評
女王が作った滋養たっぷりのスープ
食に関するエッセイのアンソロジーが好きで、ずいぶん読んできた。私が見る限り、阿川佐和子さんはこのジャンルの女王で、弁当、ビール、おやつ、肉、珈琲、つまみなど、さまざまなテーマのアンソロジーに、エッセイが採録されている。名前が「あ」行で著者の筆頭にされることが多いから、よけい目立つのかもしれない。
手元にある『カレーライス!!大盛り』(杉田淳子編、ちくま文庫)には、阿川佐和子さんの「カレー好き」と父である作家の阿川弘之の「米の味・カレーの味」が揃って収録されている。後者は「波」に連載された『食味風々録』の冒頭の一編だ。
そしていま、娘の阿川佐和子さんが「波」で「やっぱり残るは食欲」を連載している。同誌にともに連載を持った親子はほかにいるだろうか?
その連載をまとめた二冊目である本書『母の味、だいたい伝授』にも、食を通じての父や母の思い出がふんだんに出てくる。
うまいものを食べることに執着する父のために、結婚するまであまり台所に立たなかったという母はさまざまな料理を学んだ。母の死後、そのレシピを記したノートはなくなってしまった。
それでも、阿川さんは記憶をもとに「だいたいこんな感じ?」で、母の味を再現しようとする。クリームコロッケ、シーザーサラダ、鶏飯、糠味噌……阿川さんの筆にかかると、どれもうまそうだ。
レモンライスなる聞きなれない料理も出てくる。
「バターで炒めた鶏肉、玉ねぎ、マッシュルームにホワイトソースをからめ、最後にレモンを一個分まるまるたっぷり絞り込む。それを白いご飯の上に、カレーライスのごとくかけて食べる」
この一文だけでよだれが出そう。阿川さんは少女の頃からこの料理が好きで、よく母にリクエストしたという。
父の要求に応えて料理上手になった母だが、晩年にはもの忘れが進んだ。癇癪を起しながら「お前の作るちらし寿司が食べたいよ」と云う父に向って、「ちらし寿司なら、東急に売ってますよ」と切り返す。その場面は鮮やかだ。
一方、父が最期に残した「まずい」という言葉も、とうもろこしの天ぷらとともに印象に残る。
阿川さんは、2006年から2012年まで「クロワッサン」で「残るは食欲」、2017年から「波」で「やっぱり残るは食欲」を書き続けていて、それらは『残るは食欲』シリーズ三冊と『アガワ家の危ない食卓』、そして本書の計五冊にまとまっている(本書以外は新潮文庫)。
一編がほどよい長さで、次にどんな料理が出てくるのか気になるので、かっぱえびせんのごとく、ページを繰る手が止まらない。
レモンライスやちらし寿司のように、何度も出てくる料理がある。阿川さんにとって大事な記憶なのだろう。ただ、手練れの料理人は同じものを扱っても読者を飽きさせることはない。次の一文は、自身の文章の極意でもあるかもしれない。
「献立作りはまるでリレーのようである。残った惣菜や材料のバトンを受け止めて、変形させ、新たな料理に生まれ変わらせる。同時に料理と料理の相性を考えて、箸の動きを促進させるよう工夫する」
コロナ禍の蟄居生活においても、日常をよどませず、新鮮で面白くなるように考える。朝食の定番とされる目玉焼きを夕食に食べ、朝のトーストに味噌汁を合わせるという「朝夜交換」のアイデアも目から鱗だった。食べることはもっと自由でいいのだ。
私事だが、昨年末から気分が落ち込む日々が続いた。そんなときは、自炊するのも外に食べに出るのもおっくうになる。しかし、本書に出てくるさまざまな料理、たとえば鶏飯のつくり方を読むと、「醤油をタラタラタラ」などと表現が心地いい。なんだか食欲が湧いてきて、久しぶりに食材や調味料を買い込んだ。阿川さんほどうまくはできないけど、いろいろつくってみるつもり。
阿川さんの食エッセイが魅力的なのは、根底に人間に対する好奇心があるからだろう。そして、好きなことを決して諦めないバイタリティも。
だから、アニサキスや牡蠣に何度当ったとしても、やっぱり次も食べるのだろう。
(なんだろう・あやしげ ライター/編集者)
波 2023年3月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
阿川佐和子
アガワ・サワコ
1953(昭和28)年東京生れ。慶應義塾大学卒。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』で島清恋愛文学賞を受賞。その他の著書に『スープ・オペラ』『うから はらから』『ギョットちゃんの冒険』『聞く力』『叱られる力』などがある。