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レシピの役には立ちません

阿川佐和子/著

1,595円(税込)

発売日:2024/05/30

  • 書籍
  • 電子書籍あり

このまま食べたら危険? 読んで美味しく、食べても旨い極上の料理エッセイ。

珍しく父に褒められるからと、台所仕事をするようになって60年余。ケチだけど旨いもの大好きなアガワが立ち向かう新たな食材、怪しい食材、そして腐りそうとおぼしき食材……。料理に倦んだひとが今日もまた台所に立つ元気がふつふつ湧いてくる名エッセイ誕生! でも、ちゃんとした料理人はあまり真似しないでね。

目次
お苦手な食材 ラクダのつま先、ゾウの鼻
日々まめまめしく レンズ豆
アガワ仕事 カラスミみりん漬け
トマト王子のトマト トマトスパゲッティ
カーとクー 船乗りのシチュー
びっくりチーズ! チーズフォンデュ
発酵の季節 豆乳ヨーグルト
納豆調味料奮闘記 太刀魚の納豆焼き浸し
ご飯の肴 紅生姜
かわいい魚屋さん 刺身
チーちゃんの贈り物 イカとセロリの中華炒め
柿買えば フルーツあれこれ
耳よりなパン オニオングラタンスープ
究極ダレ ニラダレ
料理本ふたたび ふわふわ玉子
具の果て 味噌汁
最後の試金石 ナマコの醤油煮込み
シチューそうそう 森山シチュー
リンゴの先 アップルパイ
訂正晩餐 野菜サラダ
新生活 オートミール
天女の白髪 素麺
寛容なるうどん諸君 炒めうどん
ケチるなバター ホワイトシチュー
能登餃子の記 手作り餃子
始まりはシェルター 冷蔵庫の残り物

書誌情報

読み仮名 レシピノヤクニハタチマセン
装幀 荒井良二/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 224ページ
ISBN 978-4-10-465524-3
C-CODE 0095
ジャンル エッセー・随筆、ノンフィクション
定価 1,595円
電子書籍 価格 1,595円
電子書籍 配信開始日 2024/05/30

書評

「だいたいがいい」という人生のレシピ

南陀楼綾繁

 本書は、阿川佐和子さんの「波」の連載からの三冊目だ。
 阿川さんの食エッセイの魅力は、親しみやすさにある。「ナマコの醤油煮込み」など私自身が食べたことがないものもあるが、ほとんどはシチュー、中華炒めなど出来上がりが目に浮かぶ料理だ。
 それでいて、その描写はとても美味しそうで、読者は特別な料理を食べたような満腹感を味わえる。
 私見だが、男性作家が満漢全席やフランス料理など非日常の料理の味を伝えるのが上手いのに対して、女性作家はいつもの、ありふれた、そばにある食べ物を魅力的に描く能力に長けているのではないか。それは、台所が居場所であるかどうかの違いかもしれない。
 阿川さんは幼い頃、いつも父(作家の阿川弘之氏)からの叱責を恐れていた。そんな父が糠味噌を触る娘を見て、料理の素養があると褒めてくれた。
「こうして台所は私にとって遊園地であると同時に、父の癇癪から逃れることのできるシェルターとなった」
 そうやって台所と親しんできた経験が、それこそ糠味噌のように熟成して、「いつもの料理」の味を伝える力を引き出したのではないかと、勝手に推測する。
 阿川さんは食に対して決してきどらない。えらぶらない。
 だいたい、これぐらい冷蔵庫の残り物の利用法に情熱を注ぐ食エッセイを他に知らない。平野レミさんから教わったという、余った瓶詰めを調味料として炒飯に入れるやり方は、連載で読んで以来、私も真似ている。
 残り物への情熱が発展すると、「アガワ仕事」もはじまる。京都料理で、小川へ散歩に行くぐらいの手軽さでできる料理を「小川仕事」と称するのに倣い、残り物のカラスミやリンゴを使って、新たな料理を生み出す。手間はかからないが、時間はかかる。これに関しては、残り物になる前に普通に食べる方が美味しいような気がするが。
「料理はだいたいで、だいたいおいしくなるものだ」。これも阿川さんの教えだ。
 高校時代、友人から「阿川さんのレシピ、『だいたい』って言葉が多すぎて、よくわかんない」と云われたと書いたあと、こう述べる。
「しかし料理はアバウトがいい。もちろんときに失敗することもあるけれど、身近にある残り物で、新たな一品ができたときの感動は、指定されたレシピ通りに仕上がったときよりはるかに大きい。と、私は信じている」
 バツイチ独身で、ろくな調理器具も広い台所も持たない貧乏ライターの私は、この一文に励まされ、本書に出てくる料理にチャレンジしてみた。
「納豆調味料奮闘記」に出てくる、「鯉の納豆焼き浸し」。ノンフィクション作家の高野秀行さんからこの料理を聞いた阿川さんは、鯉を太刀魚に代えてつくってみる。これがまた、実に旨そうなのだ。
 私も早速、スーパーに走るが、太刀魚が見当たらない。しかたなく買い置きの目鯛を使うことに。鯉→太刀魚→目鯛と、すでに間違った伝言ゲームになっている気もするが、「だいたい」と決めたので平気だ。
 その後も、ナンプラーがないので醤油のみ、「納豆の叩き」がよく判らないので適当に……とやってるうちに、なんとかそれらしいものが出来上がった。でも、これ、阿川さんの書いている料理と別物なのでは?
 しかし食べてみると、まさに「納豆とトマトの酸味が見事に混ざり合い、ねっとりまったり酸っぱくて甘い」美味しさを味わえた。結果オーライなのだ。
 もちろん、阿川さんの「だいたい」主義は、たんにズボラなだけではない。「加工癖」と自称する通り、レシピから脱線するのを楽しむ。「炒り玉子、胡瓜、紅生姜の混ぜご飯」(これまた美味しそうだ!)を創作した小学生の頃から、その好奇心は変わっていないはずだ。
 今年の正月に発生した能登地震では、仲間たちと珠洲に出向き、避難所の人たちと餃子をつくりながらお喋りをする。何気ない会話から、被害の深刻さが伝わる。
 それでも、餃子という身近な料理をともに食べるということが、非常時の緊張を少しゆるめてくれるようだ。
「たぶん私にとって『おいしい』は、料理そのものの味や素材の力もさることながら、その品を口に運び、歯で噛みしめ、舌で受け止め、喉を通過させ、ほぼ空っぽの胃袋に運ばれるまでに発生する興奮の総合的印象なのではないか。そのとき一緒に食している相手や仲間と顔を見合わせて、『おいしいねえ』と頷き合う効果もそこには含まれる。もちろん一人で、自分の作った料理を自画自賛して『わしゃ天才か!』と叫ぶこともないわけではないけれど、できれば味を共感できる存在のいてくれることが望ましい」
 たしかに、阿川さんの食エッセイには、料理の向こうに、同居人や秘書アヤヤほかの魅力的な人たちの姿が見える。
 そうなると、私にも、日常的にともに食卓を囲んでくれる人が必要になるが、こればっかりは「だいたい」では実現しそうにない。

(なんだろう・あやしげ ライター/編集者)

波 2024年6月号より
単行本刊行時掲載

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著者プロフィール

阿川佐和子

アガワ・サワコ

1953(昭和28)年東京生れ。慶應義塾大学卒。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』で島清恋愛文学賞を受賞。その他の著書に『スープ・オペラ』『うから はらから』『ギョットちゃんの冒険』『聞く力』『叱られる力』などがある。

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