
「孫子の兵法」思考術─大混迷時代のインテリジェンス─
2,200円(税込)
発売日:2025/05/21
- 書籍
- 電子書籍あり
今こそ、兵法書『孫子』から「戦わずして勝つ」極意を学べ!
ウクライナ侵攻、ガザ紛争、予測不能な朝鮮半島情勢、そしてトランプ大統領の誕生……。混迷を極める世界のなかで、日本が生き残るために何をすべきか。今こそ兵法書『孫子』を基礎に据えて国際情勢を読み解き、戦争を回避せねばならない。『孫子』が説く実践知をインテリジェンスの技法に活かし、危機の時代を生き延びよ!
序章 今こそ『孫子』を兵法書として再読せよ
1 日本を巻き込む「飢餓」「疫病」「戦争」の復活
戦争は国家の重大事である(計篇)
2 CIAも参考にする紀元前四百年のスパイ活動
スパイには五種類ある(用間篇)
3 ロシア秘密警察に買春で脅された商社員の末路
郷間とは、敵の組織内に味方を作ることである(用間篇)
4 政治家の二大行動原理「名誉」「利権」の利用法
内間は、敵の役人・政治家を籠絡して使うことである(用間篇)
5 二重スパイには絶対なってはいけない理由
反間とは、二重スパイのことである(用間篇)
6 ゾルゲの名誉回復に寄与した「日仏合作映画」
死間は、味方のスパイを通じ、敵に偽情報を与えるスパイだ(用間篇)
7 北方領土交渉を助けた「ゾルゲの墓参り」
死間は、味方のスパイを通じ、敵に偽情報を与えるスパイだ(用間篇)
8 ロシア訪問で政治・経済エリートに会う意味
生間は、敵地から生還して、収集した情報を伝える者である(用間篇)
9 スパイの世界で性悪説を原理とするのは
諜報は五種類のスパイで行うが、その元になる情報は反間による(用間篇)
10 御しやすいバイデンをプーチンが褒め殺す訳
相手の側近や警護者の名前を把握し、味方のスパイに必ず調べさせるのだ(用間篇)
11 価値観外交との訣別を表明した岸田首相の真意
成功できるのは、情報を先に得た者である(用間篇)
12 日朝首脳会談「ミスターX」はなぜ粛清されたか
発表されていない諜報活動が他から伝われば、担当者とそれを伝えた者は共に死ぬことになる(用間篇)
13 フランシスコ教皇「ウクライナ白旗」発言の真意
戦争は迅速に切り上げることはあっても、長引かせてうまくいくことはない(作戦篇)
14 露テロはISが狙う「キリスト教徒の殺し合い」
およそ戦いは、敵と対峙した後、奇策・奇襲によって勝利するものだ(勢篇)
15 岸田首相の腹のうちを探る北朝鮮の情報戦
相手の腹づもりがわからなければ、交渉することはできない(軍争篇)
16 中ロが警戒する21世紀版「大東亜共栄圏」
戦いに優れた者は、人心をまとめ、原則通りに作戦を行う。だから勝敗を支配することができる(形篇)
17 中ロ朝封じ込めではない「防衛費増額」の思惑
智者は、どんな事柄でも、必ずプラスとマイナスがあることを考慮する(九変篇)
18 受験の方程式「合理的学習計画×集中力×学習時間」
敵の十倍の兵力があれば包囲し、五倍なら攻撃し、二倍なら相手を分裂させる(謀攻篇)
19 金与正ルートにかかる日朝首脳会談の実現
君主と補佐役が緊密であれば国は強く、意思疎通ができていなければ弱体化する(謀攻篇)
20 欧米と敵対する意図なし プーチンの現実主義外交
戦争の原則は、敵は来ないと考えるのではなく、いつ来てもよい状態で待っていることである(九変篇)
21 自公に不協和音「裏金問題」に公明党の内在的論理
敵情を調べて、利害損得を見極める(虚実篇)
22 イラン大統領ヘリコプター墜落で2つの疑念
戦うべき時と、戦ってはいけない時を知る者が勝利する(謀攻篇)
23 汚物風船で金与正が表明「相互主義のルール」
相手の実情を知り、味方の状態がわかっていれば、百回戦っても危険な状態にはならない(謀攻篇)
24 蓮舫が都知事選出馬「親共産」に見えた目論見
計略をもって、油断している敵に向かえば勝つことができる(謀攻篇)
25 「ハマス完全無力化」で完全一致のイスラエル
指導者と国民の意思統一ができていれば勝つことができる(謀攻篇)
26 欧米の国際法違反にロシアはどう報復するか
軍隊に決まった勢いというものはなく、決まった形というものもない(虚実篇)
27 プーチン訪朝で悪化する日本の地政学的環境
猛禽が急降下し一撃で獲物を打ち砕く類いのことが、局面を変える「節」である(勢篇)
28 トランプ勝利の契機「ゲームチェンジ討論会」
戦いのうまい者は、敵の鋭気ある時を避け、気力が衰えたところで戦う(軍争篇)
29 ハマスに苦戦する軍事的優位のイスラエル
その土地の情況を知って自然の摂理を把握すれば、勝つことができる(地形篇)
30 暗殺未遂でトランプ確信「神に選ばれた人間」
兵士はあまりに危険な状態にあると危険を恐れなくなる(九地篇)
31 バイデン撤退 日米と異なるロシアの見方
九種の変化への対処法を知る者が兵をうまく動かすことができる(九変篇)
32 ロジができない外交官は出世できない
軍全体を考えず目先の利益に走ると、ロジは捨て置かれることになる(軍争篇)
33 コカ・コーラはモスクワのどこででも買える
長期にわたり軍を展開すれば、国家財政は窮乏する(作戦篇)
34 ヒズボラの報復にイスラエルが完勝した理由
勝ち目がなければ、絶対戦えと言われても、戦わなくていい(地形篇)
35 与えられた使命「若い世代への教育」の思い
上流で雨が降って洪水になれば、水かさが落ち着くまで待機せよ(行軍篇)
36 ベラルーシで拘束「日本人スパイ」の正体
勝つには敵が備えをしている場所を避け、すきのある部分を攻撃する(虚実篇)
37 ウ大統領が見えない現実「勝利は不可能」
戦争は速やかに勝つべきで、長期戦は望ましくない(作戦篇)
38 「ポケベル爆破」工作は21世紀版「火攻め」
火攻めには敵地に紛れ込んだ工作員が必要で、入念な準備が不可欠である(火攻篇)
39 ヒズボラ最高指導者殺害にスパイの存在
戦争は敵を欺くことが基本で、臨機応変な処置を取るものだ(軍争篇)
40 「神の召命で総理大臣」石破茂の信仰と決意
将軍には五つの危険がある。まず決死の覚悟で闘う者は殺される(九変篇)
41 「北方四島返還」を主張した露高官の矜持
無理に遠方まで兵を連れて戦闘を行えば、先鋒、本隊、後衛とも壊滅する(軍争篇)
42 「ビラ撒布」で危機を招いた韓国の鈍感さ
攻撃してはいけない敵があり、攻めてはいけない城がある(九変篇)
43 北朝鮮軍がクルスク州で行う「処理」の実態
戦争は、兵隊が多ければいいというものではない(行軍篇)
44 共産党のインテリジェンス能力と議席減
大事な場所を攻めれば、敵は言うことをきくものだ(九地篇)
45 キリスト教を利用「選ばれた王」トランプ
戦いがうまい人は簡単に勝てるときに戦う(形篇)
46 明暗分けた玉木雄一郎と木原誠二の対応
三方が塞がれている場所では、もう一方も塞いで戦意を高める(九地篇)
47 石破首相「両手握手」が国益にもたらすもの
勝利の要因が一般人にわかるようなものなら、優れた策略ではない(形篇)
48 トランプが描くウクライナ和平協議のシナリオ
怒りならいつしか消えてまた愉快な気持ちに戻れるが、滅んだ国はもう二度と蘇らない(火攻篇)
49 予測不能な韓国情勢と北朝鮮との武力衝突
戦争は国家の重大事である。国民の生死を分け、国の存亡を決するから、熟慮せねばならない(計篇)
書誌情報
読み仮名 | ソンシノヘイホウシコウジュツダイコンメイジダイノインテリジェンス |
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装幀 | Roman Chop/写真、Global Images Ukraine/写真、Getty Images/写真、新潮社装幀室/装幀 |
雑誌から生まれた本 | 週刊新潮から生まれた本 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 272ページ |
ISBN | 978-4-10-475219-5 |
C-CODE | 0031 |
ジャンル | 政治、軍事 |
定価 | 2,200円 |
電子書籍 価格 | 2,200円 |
電子書籍 配信開始日 | 2025/05/21 |
書評
CIA長官も評価した『孫子』 諜報活動の奥義を学ぶ
これは「孫子の兵法」というより「佐藤優の兵法」だ。希代のインテリジェンス・オフィサー佐藤優が、「孫子の兵法」に仮託して諜報の基本を教授してくれる。元は「週刊新潮」に2024年に連載されたものを加筆修正したのだが、まとまって読むと、その奥深さに圧倒される。
『孫子』は、中国古代の兵書(軍事指南書)であり、「戦わずして勝つ」などの片言隻句は知られているが、それ以外にどのようなことが書かれているか、体系的に読み通した人は稀有だろう。
佐藤氏によると、『孫子』は、アメリカのCIA長官を務めたアレン・ダレスも高く評価していたという。アレン・ダレスは、確かに優れたインテリジェンス・オフィサーではあったが、得た情報を巧みに使ってアメリカの政財界で独特の地位を築いた人物だ。さらにCIAを単なる情報機関にとどまらず世界各地で謀略を仕掛ける組織に“発展”させた人物でもある。その能力の背景に『孫子』の存在があったとは。
なかなか読み通す人がいない『孫子』に関し、佐藤氏は自身が体験した諜報活動の具体例に沿って中身を解説してくれる。楽しくも興味深く諜報活動の奥義を学ぶことができる。
日本にはアメリカのCIAやイスラエルのモサドのような諜報機関が存在していないが、氏はモサドの幹部から「君はどの偽装を用いているのか」と尋ねられたという。佐藤氏が「偽装なんかしていない。日本外務省に所属する生粋の外交官だ」と答えても信用してもらえなかったという。佐藤氏の能力を見れば、モサドの幹部が氏の返答を信用しないのも当然のことだ。
本書には、佐藤氏一流の韜晦による具体例が次々に出てくる。「以下は筆者による全くのフィクション(創作)だということにしておく。だから想定される人物については詮索しないでほしい」などと注釈をつけながら。ところが「架空の人物」がどのようにして敵の手の内に転落していったかを詳細に記述しているではないか。「詮索しないでほしい」と言うのは、要は「誰のことだと思う?」という謎かけではないか。関係者にはわかるようになっている。性格が悪い。困った人だ。
『孫子』には「用間」というスパイ(間諜)の活用法について5つの類型があるという。「郷間」、「内間」、「反間」、「死間」、「生間」の5通りについて、佐藤氏は具体例を交えて詳説する。これは、諜報活動とは言わないまでも情報収集活動をしている人や組織にとって必読の内容だ。
佐藤氏は諜報活動に通暁しているだけに(通暁どころか実践していたのだが)、諜報機関あるいは防諜機関がどのような手段を駆使するかが活写されている。ロシアでは狙った人物を陥れるのに売春婦が使われると思っている人も多いだろうが、実際のロシアの諜報機関FSBは売春婦ではなく「純愛」に介入するという。各国の諜報機関のあざとい手口を知ることは、実は人間性に関しての深い洞察を得ることになるということがよくわかる。
佐藤氏は「国策捜査」によって東京地検特捜部に逮捕される。それ以降、それまで接触してきていたアメリカや中国の諜報関係者は近寄らなくなったが、ロシアやイスラエルは見捨てることがなかったので、いまも連絡を取り合うことができているという。ここに人間性の違いが出るではないか。いや、諜報機関の能力の差が出ると解釈すべきかもしれない。
佐藤氏は、ソ連崩壊からロシアへと移る大混乱の時代にしっかりとした情報収集活動を成し遂げ、「日本の外務省にサトウあり」と各国諜報機関から一目置かれたが、なぜロシアの防諜機関の摘発を逃れたか(バルト三国で活動中に物理的警告を受けたが)、その方策を説明している。その策をここでは紹介しないが、氏の日本での活動を見ても、ハハーンと納得できる。
この書で情報感度を掴むと、ロシアのプーチン大統領が、アメリカ大統領選挙についてロシアの記者に「バイデンとトランプ、どちらが我々にとって良いのでしょうか?」との問いに「バイデン氏です」と答えた意味もわかるだろう。
本書を読むのは諜報機関の関係者ばかりではないだろう。教育機関で学び、教え、企業で働く人にとっても情報の宝庫となっている。楽しみながら読者自身の情報感度を高めていただきたい。
(いけがみ・あきら ジャーナリスト・名城大学教授)
波 2025年6月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
佐藤優
サトウ・マサル
1960年生れ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了の後、外務省入省。在英大使館、在露大使館などを経て、1995年から外務本省国際情報局分析第一課に勤務。2002年に背任と偽計業務妨害容疑で逮捕・起訴され、東京拘置所に512日間勾留。2005年2月執行猶予付き有罪判決を受ける。2009年6月に最高裁で上告棄却、執行猶予付き有罪確定で外務省を失職。2013年6月に執行猶予期間を満了、刑の言い渡しが効力を失った。2005年、自らの逮捕の経緯と国策捜査の裏側を綴った『国家の罠─外務省のラスプーチンと呼ばれて』で毎日出版文化賞特別賞を受賞。以後、作家として外交から政治、歴史、神学、教養、文学に至る多方面で精力的に活動している。主な単著は『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞)、『獄中記』『私のマルクス』『交渉術』『紳士協定─私のイギリス物語』『先生と私』『いま生きる「資本論」』『神学の思考─キリスト教とは何か』『君たちが知っておくべきこと─未来のエリートとの対話』『十五の夏』(梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞)、『それからの帝国』『神学でこんなにわかる「村上春樹」』など膨大で、共著も数多い。2020年、その旺盛で広範な執筆活動に対し菊池寛賞を贈られた。