ホーム > 書籍詳細:ナボコフ・コレクション 処刑への誘い 戯曲 事件 ワルツの発明

笑いと風刺、ナボコフの知られざる魅力に満ちたコレクション第二弾。

ナボコフ・コレクション 処刑への誘い 戯曲 事件 ワルツの発明

ウラジーミル・ナボコフ/著 、小西昌隆/訳 、毛利公美/訳 、沼野充義/訳

5,280円(税込)

本の仕様

発売日:2018/02/27

読み仮名 ナボコフコレクションショケイヘノイザナイギキョクジケンワルツノハツメイ
シリーズ名 全集・著作集
装幀 新潮社装幀室/デザイン
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 494ページ
ISBN 978-4-10-505607-0
C-CODE 0397
ジャンル 戯曲・シナリオ
定価 5,280円

「認識論的卑劣さ」という意味不明の罪状によって死刑判決を受けた男が、看守や同獄囚らに振り回されながら救いの日を待つ――。アンチ・ユートピア的不条理を描いた表題作と初邦訳となるナボコフの戯曲を2篇収録。これらは1930年代に実際に上演されて好評を博した。言葉の魔術師の虚構性と演劇性が加速する第二弾。

著者プロフィール

ウラジーミル・ナボコフ Nabokov,Vladimir

(1899-1977)1899年、サンクト・ペテルブルグで貴族の家に生まれる。1919年、ロシア革命により家族で西欧に亡命。ケンブリッジ大学卒業後、ベルリン、パリと移り住み、主にロシア語で執筆活動を続ける。1940年、アメリカに移住。ハーバード、コーネル大学などで教育、研究に携わる傍ら、英語でも創作活動を本格的に始める。1955年に英語で発表された『ロリータ』が大センセーションを巻き起こし、教師の職を辞す。1962年、スイスのモントルーに居を定め、1977年、78歳で死去。

小西昌隆 コニシ・マサタカ

1972年神奈川生まれ。早稲田大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門はロシア文学。獨協大学非常勤講師。論文「パラドックスと無限」(『書きなおすナボコフ、読みなおすナボコフ』研究社所収)など。

毛利公美 モウリ・クミ

1969年東京生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒業。2005年東京大学大学院人文社会系研究科博士後期課程修了。一橋大学ほか講師。訳書に『細菌ペーチカ・上下』(東宣出版)、『ナボコフ全短篇』(作品社、共訳)など。

沼野充義 ヌマノ・ミツヨシ

1954年東京生まれ。東京大学教養学部を卒業、ハーバード大学スラヴ語スラヴ文学科に学ぶ。東京大学教授。著書に『チェーホフ 七分の絶望と三分の希望』(講談社)、訳書に『ナボコフ全短篇』(作品社、共訳)、スタニスワフ・レム『ソラリス』(国書刊行会)など。

書評

ギャグよ、うつくしいギャグ

いしいしんじ

 なんだ、このナボコフ?
「事件」冒頭の1ページを読み、つい、つぶやき声をもらしてしまった。なんだ、なんなんだこの、ギャグまみれ、冗談だらけ、ボケまくりのナボコフは?
 けれども、冷静にふりかえってみれば、この作家はいつだって、その繊細なことばのタペストリーのうちに、笑いの糸を確信的に織りこませてきたのだ。
 ニューヨーク在住の翻訳者・友人が、生涯のベストに『ロリータ』を挙げ、高校生ではじめて読んだとき、1行目から、もう、おへそのかたちが変わっちゃうんじゃないか、と思うくらい笑った、と教えてくれた。
「ギャグよ、うつくしいギャグ」
 少女に肉薄していくハンバート・ハンバートの大仰なつぶやきや、ふたりが旅していくアメリカの、ヘンテコな風景を思いかえしてみれば得心する。「うつくしいギャグ」は、すなわち、「笑える悲劇」にほかならないと。
「事件」には、いみじくも「三幕のドラマ的喜劇」という副題がつけられている。画家(どんな絵を描いているかさっぱりわからない)トロシェイキンは、冒頭で、絵のモチーフであるボールを、どたばたしながら探している。妻リュボーフィの目にはその様がどうにも我慢ならない。目の前で展開されるのは、モンティ・パイソンさながらのナンセンス劇だ。
 ふたりは3年前に2歳の息子を亡くしている。夫はその気配を生活から流し去りたい。妻は大切な記憶として永遠にとどめたい。ふたりに関わりのある、とある犯罪者が、早々に刑務所を出た、という知らせが届き、夫婦の時間は、こわれた回転木馬のように、ぎっこんばったんまわりはじめる。
 妻の母は、物語を書く作家だ。この日迎える誕生日を祝うため、友人が集まってくる。また、犯罪者にまつわる続報を携え、夫婦の知人も次々と来訪する。
 みな喋りまくっている。が、誰ひとり、誰かと意志を通じあわせようとしない。ダブルボケ、どころか、総ボケだ。だがしかし、永遠に記憶される漫才・コントが、いつもそうであるように、ボケとボケの呼吸、間合い、リズムが、一点のずれもなく、すべて「そこに、そのようになければならない」という場所に、精緻に収まっている。
「うつくしいギャグ」。笑いのタペストリーが、奇跡のように目の前を過ぎていき、あとにはなにも残らない。トロシェイキンのこころは救われない。リュボーフィもまた。かなしみ、喜びの果ての薄闇へ、ふたりは置き去られる。
「ワルツの発明」は、そのままマルクス兄弟の新作台本として使えそうだ。
 大臣、大佐のいる部屋に、発明家のワルツがやってきて、「遠爆テレモール」なる発明品で、窓外にみえる、風光明媚な山を吹っ飛ばす。騒然となる町。そこへ、ひらりとしのびこんでくるジャーナリストの「ゆめ」。「ゆめ」は、男でも女でもかまわない、とナボコフは書いている。ということは、現実でも虚構でも、人間でも空気でもかまわない。そんな「ゆめ」が、まわりつづけるレコードの穴のように、作品の中心にたえず位置している。
 ほかに次のような名の人物が、役柄をとっかえひっかえしながら舞台に登場する。
 ベルク。ゴルプ。ゲルプ。ブリク。ブレク。グリプ。グラプ。グロプ。グルプ。ブゥルク。ブルゥク。執務室で、軍事会議で、これらの将軍たちは一斉にボケまくる。そうしてベルクはいつも「ゲラッ、ゲラッ、ゲラッ」と笑う。
 核兵器についてまだ広く知られていなかった時代に、まさにそのもの、といった大量殺戮兵器を予言したことに、ナボコフ自身、誇りに思っていたらしいけれども、作品を俯瞰してやはり強くこころに残るのは、兵器としての非人道性より、ワルツや将軍たちの、人間としての非人間性だ。人間でなくなっていくことを、これほど精密に、距離をはかって書き、それでいて肌触りがあたたかいことに驚嘆する。
 ナボコフは衒学趣味の作家でも教養人でもない。つねにひとの思い込みの上を飛んでいく。夢かタペストリーのように軽やかに通過しながら、その軽さにふさわしい笑みを浮かべている。ナボコフの笑いはいつも透きとおっている。だからこそ、うつくしく、そして、かなしいのだ。

(いしい・しんじ 作家)
波 2018年3月号より
単行本刊行時掲載

目次

処刑への誘い Приглашение на казнЬ
戯曲
事件 三幕のドラマ的喜劇 Событие
ワルツの発明 三幕のドラマ Изобретение Вальса
作品解説
ウラジーミル・ナボコフ略年譜

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