アナグマ国へ
3,520円(税込)
発売日:2021/01/27
- 書籍
- 電子書籍あり
夕暮れどき、奇妙なたそがれの世界に迷いこんだら、そこはもう「アナグマ国」の入り口だ。
アナグマ保護活動家だった祖母の足跡をたどり、イギリスで古くから親しまれてきた謎多きアナグマの生態と受難の歴史を繙き、ウシ型結核の温床として駆除の対象となり大きな社会問題となるまでを丹念に取材。フィールドワークをもとにした精緻な自然描写で、現代における動物と人間のあり方を問うネイチャー・ライティングの傑作。
2 Meles meles
3 外敵
4 アナグマ氏
5 Brock
6 ボジャー
7 害獣
8 ハッカ飴
9 デインティー、大将、そしてエレイン
10 餌食
11 患者
12 ピーナッツ食らい
13 昼食
14 ベラ
15 ベシーとバズ
16 「うちのアナグマ」ではない
解説 梨木香歩
書誌情報
読み仮名 | アナグマコクへ |
---|---|
装幀 | danny/イラストレーション、新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 416ページ |
ISBN | 978-4-10-507221-6 |
C-CODE | 0098 |
ジャンル | 文学・評論 |
定価 | 3,520円 |
電子書籍 価格 | 3,520円 |
電子書籍 配信開始日 | 2021/01/27 |
書評
アナグマを追っていくと
アナグマは哺乳類食肉目イタチ科の中型動物である。捕食性で、小動物、昆虫類、ミミズなどを食べる。動物に関心を持つと、気になるのはまず食べ物であろう。アナグマは何を食べるのか。「アナグマはかなりの健啖家だ。私たち人間が好むようなものはなんでも食べる。人間が食べられないものも食べる。1973年、ある日曜紙がウェールズのパブをよく訪れるアナグマの写真を公開した。写真に写っていたアナグマは、酒を少し与えられていた。不愉快な実験の一環として、アナグマが不味いと思うものを調べるため、クリスとクリスティーナは非常に辛いカレーを森に置いてみた。そこら中に転がされた毒々しいウコン色のウンコのようなものをアナグマたちは嬉しそうに食べていた。我々人間と同じように、アナグマはキノコや小麦、トウモロコシ、オート麦にトリュフ、そして甘いものを好む性質もある。(中略)人間とは違い、アナグマはナメクジやカエル、カブトムシや木の根、球根、ネズミ、野ネズミ、モグラ、鳥の卵、子ウサギやドブネズミ、ハリネズミも食し、さらには子ギツネを襲う場合もあるという」
アナグマは夜行性かつ自分で巣穴を掘るので、日中見かけることはほとんどない。本書の前半は著者が生きたアナグマをいかに観察するか、という努力の報告である。その合間に英国の文献に登場するアナグマに頻繁に触れ、アナグマと人との関わりを歴史的にも丁寧に説明していく。
私自身がアナグマを見たのは、八十年を超える生涯でただ一度、二十数年前に岩手県大船渡にあった北里大学水産学部の校門であった。茶色いヘンな動物がいるので、近寄ってみると、どうもアナグマみたいである。昼間こんなところにアナグマがいるわけがないと思い、少し近づくと、逃げて近くにあった板の下に隠れた。野生動物にしては動作が全体に鈍い。どこか具合が悪そうである。行く先が獣医学部であれば、直ちにとらえて処置したのだが、水産学部では打つ手がないだろうと考えて、そのまま放置した。
そんなアナグマについて、こういう本をしかもジャーナリストがなぜ書くのだろうか。だんだんわかってくるのは、アナグマにかかわる英国社会の状況である。一つはいわゆる動物愛護で、著者の祖母がアナグマ保護に人生を賭けた人だということがわかる。そこまでに至る過程として、アナグマがいわばスポーツとして、狩りで普通に殺されることが多かった。そうした英国での社会的背景が克明に記される。
表題はバジャーランド、翻訳ではアナグマ「国」となっている(badgerはアナグマのこと)。英国人は世界のあちこちで原住民を無視して植民地を作った。現在はその反省期だとすると、英本国はもともとアナグマ国である。ヒトよりもずっと古くからアナグマが住んでいたわけで、さんざんヒトにいじめられてきたにもかかわらず、いまだに元気で生活している。バジャーランドという表現にはそうした反省が含まれているのかもしれないと思った。
近年アナグマが殺される大きな理由は、ミミズ目当てに牧草地に出没するアナグマが、ウシ型結核を牛に感染させることである。著者はそもそも牛がアナグマに結核を感染させたと書いている。結核に感染した牛は処分されるので、農家にとってはアナグマは大問題なのである。この問題を突き詰めると、要するに結核に弱い牛が多いためで、それはいわゆる品種改良で乳の生産量が多い牛を選別していったら、同時に結核に対する抵抗力が低下したためだという。アナグマ問題を追及していくと、結局は現代畜産業、さらにはその背景になっている経済中心主義に行きつかざるを得ない。
偶然だが、日本でも昨年11月に東京大学出版会から金子弥生著『里山に暮らすアナグマたち』が出版された。そこまでアナグマに入れ込む人は少ないと思うが、両書を併読されると面白いと思う。
(ようろう・たけし 解剖学者)
波 2021年2月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
パトリック・バーカム
Barkham,Patrick
1975年英国生まれ。ノーフォーク在住。ケンブリッジ大学卒。ガーディアン紙で特集記事を担当する記者。イラク戦争から気候変動、動物まで、社会と自然に関わる幅広いテーマを取り上げている。主な著作に、『The Butterfly Isles:A Summer in Search of Our Emperors and Admirals』(蝶々列島、ヒメクジャクヤママユとタテハチョウを求め駆け抜けた夏)、『Coastlines:The Story of Our Shore』(海岸線、僕らの海岸物語)、『Islander:A Journey Around Our Archipelago』(群島巡り、島に住む人々)などがある。
倉光星燈
クラミツ・セイト