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給料―あなたの価値はまだ上がる―

デイヴィッド・バックマスター/著 、桐谷知未/訳

2,310円(税込)

発売日:2023/06/15

  • 書籍
  • 電子書籍あり

スタバとナイキの人事担当が初めて解き明かす新時代の昇給スタンダード。

納得できる給料だけがモチベーションを上げ、人間らしい生活を可能にして、ビジネスも強くする。では、その具体的な処方箋は? 日本型雇用が崩れる中、世界標準の給与決定の仕組みとロジックを払う側ともらう側それぞれの視点を重ね合わせて丁寧に説き、あなたを昇給へと力強く導く希望の書。さあ、本当の給料の話をしよう。

目次
解説 楠木 建
第1部 わたしたちの知っているこれまでの給与
1. 給与について語るときに我々が語ってきたこと
会社にとって給与は単なる支出ではない。透明性の高い「公正な給与」で、強いビジネスを構築できる。労働者にとって給与はトップダウンの決定事項ではない。決定に至る仕組みを理解し、正しい情報に基づいた鋭い議論を通じて、よりよい給与を求めるべきだ。複数のグローバル企業で給与設計を担当してきたエキスパートからの問題提起。
2.「誠意ある給与」という新しいありかた
労働者の貢献と潜在能力に対し誠意を持って支払われる給与は、会社の未来を切り拓く。働く人の生活が安定すれば、顧客へのよい影響があり、生産性も高まって、長期的にはコスト削減にもつながる。一括採用・終身雇用に象徴される日本型雇用が崩れつつある今、どのような考えかたが必要なのだろうか。
3.給与の歴史を振り返る
ケインズは言った。「労働者の賃金は生産性に比例して自動的に上がり、2030年までには人々の労働時間は週15時間になるだろう」。だがその後、能力主義メリトクラシー、株主至上主義といった考えかたが次々と提唱されるなかで、生産性と給与のリンクは失われてしまった。今こそブラックボックスをあけるときだ。
4.企業は給与をどう考えているか
事業拡大、将来への投資、貯蓄、バランスシートの調整、株主への還元――会社が事業で得た資金の使い道は多い。給与は直接目に見えるリターンが少ないので、競合他社の動向を横目に見ながら最後に扱う項目になりがちだ。給与を受け取る側と支払う側の利益を一致させるために、会社側のロジックを開陳する。
5.あなたの価値はどう決まるか
あなたは自分の給与を最適にしようとし、会社は、同じ職務に就く熟練した人や未熟な人を含め、システム全体の給与を最適にしようとする。あなたの目的をかなえるためには、まず自分がどこに位置するのかを理解することが重要だ。現在の給与と受け取るべき給与の隔たりを埋める方法を詳しく説明しよう。
第2部 未来の給与のありかた
6.あなたが昇給を期待するなら
給与決定の仕組みを理解し、自分の待遇が充分ではないと感じたら、上司や人事にかけあう必要がある。その際に役立つのが、プロセス(Process)、許可(Permission)、優先(Priority)、力(Power)という「4つのP」だ。ジョブ型雇用時代に対応する具体的な交渉術。
7.格差をなくすために
「同様の仕事をしているグループ間の賃金比率は平等であるべきだ」「ある従業員とその同等者の賃金額は平等であるべきだ」――あなたはどちらに賛成するだろう。「両方」と答えたかたは正解だ。賃金格差とは、突き詰めれば、ある労働集団と別の労働集団の賃金の比率である。その解消に向けた具体的な道筋を示そう。
8.給与制度は崩壊する?
テクノロジーはあらゆる人の働きかたを根本的に変化させていて、このままいけば雇用は分散化(崩壊)すると言われている。給与もそうなるのだろうか? フランチャイズ従業員、ギグワーカーを含む非正規雇用者、アーティストなど、これまで都合よく利用されがちだったグループに注目しながら、「公正な給与」について考えを深めたい。
終章 公正な給与の未来
すべての人に開かれた透明性の高い制度をつくることは、弱みを可視化し、それを改善できる柔軟な組織をつくるということでもある。「公正な給与」の根底にあるのは、同じ頂点をめざす多くの道をつくるという信念だ。より多くの給与を得るために、力を合わせて行動しよう――それが公正というものなのだから。
謝辞

書誌情報

読み仮名 キュウリョウアナタノカチハマダアガル
装幀 新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-507331-2
C-CODE 0033
ジャンル 実用・暮らし・スポーツ、経営学・キャリア・MBA
定価 2,310円
電子書籍 価格 2,310円
電子書籍 配信開始日 2023/06/15

書評

現実が本を追いかける「給料」と「日本」の未来

淡波薫

「本というのはスローなメディアでして」
 旧知の編集者はそう言ってコーヒーカップに口をつけた。
「現実を追いかけても、絶対に追いつけないんです。『よし、こういう本をつくろう』と思ってからその本が書店に並ぶまで、ふつう半年から1年はかかるものなんですから」
 しかも、ニュースは報じられた瞬間から古びていく。
「だから鮮度と長持ちの両立を心がけるんです」
 なるほど、しかし、本が現実より先回りすることもあるようだ。
 たとえば、〈全国平均の最低賃金が時給換算で初めて1000円突破〉というニュースが流れたとき、わたしが読んでいたのはその1カ月以上前に刊行された『給料―あなたの価値はまだ上がる―』という本だった。著者のデイヴィッド・バックマスターは、スターバックスやナイキといったグローバル企業で従業員の給与決定に関わってきた人事のエキスパート。欧米のみならず、ブラジル、メキシコ、ベトナム、シンガポール、アラブ首長国連邦など世界各地で給与を設計してきた人物だという。著者によれば、世界の大企業の給与設計を担っているのは〈世界で最も退屈な秘密結社〉ともいうべき少人数のグループであり、〈職務の詳細を少しばかり教えてもらえれば、誤差数%未満で、現在どのくらいの報酬を得ているか(あるいは得るべきか)を答えられる〉そう。パーティーとかの余興で人気者になれるかも。
 それはともかく、本作で書かれているのは、納得できる「公正な給与」をもらおうじゃないか、そのためにはどうすればいいのかということだ。〈あなたは自分のために最適な給与を得ようとしているが、会社は同じ職務に就く熟練した人や未熟な人も含め、システム全体の給与を最適にしようとする〉からこそ、著者は会社側が給与を決定するまでのロジックを丁寧に説く。しかも、お題目や理論ではなく、徹底的に具体的に。
 第1章は2014年9月に米ワシントン州シアトルで起こった最低賃金の引き上げを求めるデモから始まる。デモはスタバのグローバル本社前で行われ、著者はまさにその本社内で全米にあるスタバ全店舗の従業員(10万人以上!)の給与を決定する立場として働いていた。「労働者が尊厳を持って生きるのに必要な最低額」としてデモ隊が求めるのは時給15ドル。対して、当時のワシントン州の最低賃金(時給換算)は9・32ドル。6割増の賃上げ要求を前に何をどういう順番で考えたかという記述は、会社が従業員の給与をどう決定するのかのリアルな解説になっている。
 ひるがえって日本を見れば、一括採用・年功序列に象徴される伝統的な雇用形態は壊れつつある。外資系企業に就職したり起業したりする人も増え、半数以上の企業が正社員不足と感じているというデータ(帝国データバンク調べ)がある一方で、ジョブ型雇用(必要な職務に適したスキルや経験を持った人を採用する雇用方法)を全社的に採用する企業も出てきている。
 本作の解説で経営学者の楠木建が書いているように、会社側の視点に立てば、「賃上げ」「働き方改革」「人的資本経営」「ジョブ型雇用」といった昨今の経営課題は結局のところ給料の問題に行き着くのだ。そうした根本問題について、体験ベースの考察を警句やウイットを交えながら書いてあり、面白かった。

日本を「ウチの縄張り」と嘯く工作員

 もうひとつ、ニュースと本が妙にシンクロする経験をした。ニュースは、中国軍のハッカーによる日本の防衛機密ネットワークへの侵入を米ワシントン・ポスト紙が報じたもの。記事は、日本のサイバー防衛能力の低さは日米安保の穴になっているとして、日米の情報共有に支障が生じる可能性も指摘していた。このニュースとほぼ同時期に手に取ったのが櫻井よしこの『異形の敵 中国』だ。15年前にベストセラーになった著作『異形の大国 中国』に続く最新刊である。
 櫻井によれば、中国の工作員は日本を「ウチの縄張り」と嘯いているそうだ。じっさい本作でも、飲食代欲しさに世界屈指の潜水艦技術を他国の工作員に漏洩した防衛省の技官や、居酒屋やファストフード店で半導体の製造技術を渡した東芝子会社社員の例などが紹介されている。〈ある夜、彼らは居酒屋を出て駅まで並んで歩いたという〉。櫻井はそう書いて、〈スパイとその協力者が堂々と肩を並べて歩く。こんな緩みきった事象は、いくら技術が発達して情報受け渡しの形態が変わったからといって、他国ではあり得ないことだ。スパイ防止法もなく、罪も非常に軽いスパイ天国、日本ならではの現象であろう〉と憤る。穴だらけの日本といえば古川勝久による『北朝鮮 核の資金源―「国連捜査」秘録―』を思い出すが、そういう不備や緩さを決して見逃さないのが中国だ。
 櫻井は産経新聞・宮本雅史編集委員の指摘を紹介する。
〈氏は、2018年に李克強首相が北海道を訪れたときから中国人の日本の国土買収のパターンが変わってきたと述べる。かつて点として買っていたのが、今は線として買っているというのだ〉
 たとえば、青森県三沢基地に近い、岩手県安比高原のインターナショナルスクール、宮城県仙台空港周辺の土地、仙台市の自衛隊基地付近で計画されている大物流センターというふうに辿っていくと奇妙なものが見えてくる。ここに列挙した以外の土地取引も含め「中国資本」「中国系資本」で括ると、
〈青森から東京まで国道4号線沿いの点と点が1本の線でつながり、その線上に自衛隊の基地や、その基地につながる物流センターの所在が浮上するとも宮本氏は指摘した〉
 土地買収だけではない。櫻井は、外為法の穴を衝いて最新技術を奪う手口や日本人の払う電気料金が中国企業を潤すカラクリなども具体的に記し、日本側の〈考えは甘く、制度は緩い〉〈これでは中国が狙うのも当然だろう〉と警告する。

南太平洋でのオセロゲーム

 櫻井はこうも書く。
〈この数週間、つい視線が向かう地図がある。太平洋を挟んで、右に南北米大陸、左にユーラシア大陸があり、核保有国を赤く塗った地図だ。ロシア、中国、北朝鮮を中心にユーラシア大陸は赤く染まり、北米は米国が赤い色に染まっている。そのまん中、太平洋の左端にポツンとわが国日本が心細げに浮かんでいる。今、世界で一番危険な地域は大西洋・欧州ではなく、太平洋・アジアであり、わが国周辺なのだと実感する〉
 日本から世界に目を転じると、各国のパワー・バランスは大きく変化しようとしている。国際社会の力関係に隙間が生ずればサッと入り込む。勢力拡張のチャンスは決して逃さない。それが中国のやり方だ。櫻井はたとえば南太平洋諸国をめぐる動きを追跡する。舞台は人口70万人のソロモン諸島だ。
〈ソロモン政府のソガバレ首相が台湾と断交し中国と国交を樹立したのが2019年だった。当時、オーストラリア国営放送(ABC)は、5億ドル(550億円)の支援が中国共産党からソガバレ政権に渡ったと報じた。その時点で中国はすでにソロモン政府のトップを賄賂を含む巨額資金で抱き込んでいた。南太平洋でも最も貧しいソロモンは、わずか550億円で国家の未来を中国に売ったといえる〉
 そして2022年4月、中国はソロモンとの安全保障協定締結を発表した。
〈中国海軍の艦船が定期的にソロモンに寄港し、加えて中国公安警察がソロモンの治安維持のためにソロモン当局を指導し訓練することなどが取り決められた。突然の発表に米豪両国は虚を衝かれた。経緯をふりかえれば中国が綿密な準備を重ねて機会を待っていたことが明らかだ〉
 しかし、ここから思わぬ事態が発生した、と櫻井は書く。安全保障協定が発表まで全く秘密にされ、他の南太平洋の国々にとっては寝耳に水だったために強い反発が起きたのだ。
〈サモアの首相、フィアメ・ナオミ・マタアファ氏は中国の行動に強く抗議した。
「ある国が資産を持っていて、ある国に助力してくれたからと言って、それを好機としてその国の公安警察が入ってくるのか。このようなことはソロモンに限って起きたのかもしれない。しかし、それが容易に他国に広がらないように注視しなければならない」
 元々、中国の動きは新たな冷戦を招くとして反対していたミクロネシアのデイビッド・パヌエロ大統領は、「中国の動きはより大きな目的を隠すための曇りガラスだ。中国は我々南太平洋の安全保障をコントロールすることを目指している」という厳しい中国非難の手紙を南太平洋の国々に送って警戒を呼びかけた。
 その結果、フィジーはこれまで何年間か続いていた中国当局による公安警察トレーニング制度を直ちに停止した。ソロモンのツラギ島に中国が75年間のリース契約を設定しようとしたこと、キリバスのカントン島に滑走路を建設しようと動いていたことなども明らかになった。
 中国への警戒心が高まった今、米豪ニュージーランドなどへの信頼は逆に強まった。ブリンケン米国務長官が(2023年)5月21日、パプアニューギニアを訪れ安全保障に関する協定を二つ、結んだ。詳細はまだ発表されていないが米国とフィリピンの協定とほぼ同じ内容だと報じられた。有事のとき、米軍がパプアニューギニアの基地に展開できるというのが最大のポイントである。また米コーストガードがパプアニューギニアの巡視船に同乗してパトロールを助けることになった〉
 まるでオセロゲームのような国際政治の実際を世界地図の上に重ねてみせながら、櫻井の目は台湾へと向かう。
 元陸上幕僚長の岩田清文によれば、2020年10月に、台湾空軍の参謀長がその年の1月から10月までの緊急発進の回数を発表した。中国人民解放軍(PLA)機による領空侵犯に対応したもので、その数、4596回。〈10か月で4596回ということは1日平均で15回以上になる〉〈PLAは悪魔のような執拗さで、台湾を圧迫する〉と櫻井は書く。パイロットは緊張の毎日で心身がもたない。機体の整備も十分にできない。燃料代もバカにならない。そこで台湾は平時の対領空侵犯措置をギブアップした。領空主権という絶対的主権を手放してしまったのだ。台湾有事は、刻一刻と近づいているようにみえる。そして、本作では台湾有事をきっかけに中国がどのように日本を攻撃するかについても具体的にレポートしている。
 現実が本作を追いかけないことを祈るが、櫻井はきっとこれからの道筋も克明に記していくのだろう。

(あわなみ・かおる 翻訳家/便利屋)
波 2023年9月号より
単行本刊行時掲載

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著者プロフィール

グローバル企業の人事部で社員の給与決定に関わってきた給与のエキスパート。「スターバックス」から、ケンタッキーフライドチキン、ピザハット、タコベルなどを傘下に持つ大手ファストフード・レストラン・チェーンの運営会社「ヤム・ブランズ」、さらに「ナイキ」を経て、2023年6月現在は世界をリードするオープンソースの generative AI 企業「Stability AI」でTotal Rewards 部門の責任者を務める。欧米のみならず、ブラジル、メキシコ、ベトナム、シンガポール、アラブ首長国連邦などで──言い換えれば、資本主義国や社会主義国、君主国など政治体制を問わず給与を設計してきた。2018年、フィナンシャル・タイムズとマッキンゼー・アンド・カンパニーが顕彰するブラッケン・バウアー賞の候補者リストに選抜される。『給料―あなたの価値はまだ上がる―』が初の著作となる。

桐谷知未

キリヤ・トモミ

翻訳家。東京都出身、南イリノイ大学ジャーナリズム学科卒業。ビル・ブライソン『人体大全─なぜ生まれ、死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか』、アダム・ファーガソン『ハイパーインフレの悪夢─ドイツ「国家破綻の歴史」は警告する』(黒輪篤嗣との共訳)、カリ・ニクソン『パンデミックから何を学ぶか─子育て・仕事・コミュニティをめぐる医療人文学』、キャロリン・A・デイ『ヴィクトリア朝 病が変えた美と歴史─肺結核がもたらした美、文学、ファッション』、フィリップ・ボール『人工培養された脳は「誰」なのか─超先端バイオ技術が変える新生命』、ジョセフ・E・スティグリッツ『これから始まる「新しい世界経済」の教科書』など訳書多数。

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