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分断と排除の人類史─暴走するトライバリズム─

デイヴィッド・サムソン/著 、赤根洋子/訳

4,180円(税込)

発売日:2026/04/15

  • 書籍
  • 電子書籍あり

生存のために進化した本能が、今や人類の存続を脅かしている。進化人類学者の警告。

環境に適応する過程で得た形質が、環境の変化でマイナスに働く「進化不適応」。血縁を超える集団を形成することで生き延びてきた人類の本能(トライバリズム)は、集団の巨大化と排他性により差別を生み出す根源となっている。30万年前の人類からトランプ現象まで、最新の研究成果を駆使して「集団本能の病理」の克服に挑む。

目次

プロローグ 誰を信頼するか

第一部 トライバリズムの科学
第一章 トライブ動因 トライバリズムとは何か。なぜそれが問題なのか
第二章 ミスマッチなトライバリズム 海に帰れないウミガメ
第三章 トライブの進化 トライブ、それが答えだ
第四章 トライブ行動 イーグルス対ラトラーズ
第五章 信頼のシグナル トライブが真実に勝るとき

第二部 トライバリズムの実践
第六章 トライブのメリット 夢を叶えるには他者の存在が必要
第七章 友人とトライブを築く メタ・ファミリーを築くための(進化論的)ガイド
第八章 キャンプ構築(その一) 二一世紀の(進化論的)キャンプ構築ガイド
第九章 キャンプ構築(その二) 二一世紀の(建築学的)キャンプ構築ガイド
第一〇章 トライブ・ウイルス
第一一章 トライバリズムの未来 トライバリズムが世界を救う

エピローグ 永遠のヒーロー

付録
謝辞
訳者あとがき
原注

書誌情報

読み仮名 ブンダントハイジョノジンルイシボウソウスルトライバリズム
装幀 War(The First Discord), after William Adolphe Bouguereau, 1877-1889(oil on canvas)/Title、Evans, De Scott/Artist、 Allen Memorial Art Museum, Oberlin College, Ohio, USA/Location、Bridgeman Images/Artwork Provided、AFLO/Artwork Provided、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 544ページ
ISBN 978-4-10-507471-5
C-CODE 0045
ジャンル 社会学、生物・バイオテクノロジー
定価 4,180円
電子書籍 価格 4,180円
電子書籍 配信開始日 2026/04/15

書評

世界の分断を加速させる「進化のミスマッチ」

首藤淳哉

 あのコヨーテの毛皮を被った男を覚えているだろうか。2021年の米議会襲撃事件で、異様な姿で議事堂を闊歩した「Qアノン・シャーマン」ことジェイコブ・チャンスリー。彼が体現していたものこそ、現代社会という表層の下で今も脈打つ、我々の「部族本能」がむき出しになった姿にほかならない。
 米議会を襲撃した暴徒を我々は「民主主義を脅かす狂信者」と切り捨てた。しかし、進化人類学者であるデイヴィッド・サムソンが本書で突きつける事実は残酷だ。議事堂での暴動も、ネット上で日々繰り返される罵り合いも、すべては人類が生き抜くために長い時間をかけて磨き上げてきた生存戦略、「トライブ動因」の暴走なのだという。
 この指摘は民主主義を奉じる人々の思い込みを根底から覆す。なぜなら、我々もコヨーテの毛皮を被っていることになるからだ。チャンスリーは熱狂的なトランプ支持者であり陰謀論者である。「断じて我々とは違う」と強く反発する声が聞こえてきそうだ。だが、正直に告白すれば、私は当時、動画サイトに流れてきたチャンスリーの映像を、反発を覚えながら何度も見返してしまった。あの毛皮を被った姿を見た時、私の意識の底に眠る「部族主義」という獣も呼び覚まされたのかもしれない。
 日本において「トライバリズム(部族主義)」という概念を、ここまで本格的かつ多角的に考察した書籍が刊行されるのは初めてである。本書は、我々の脳の深層に組み込まれた「原始的なプログラム」の正体を、最新の科学によって鮮やかに解剖していく。
 特にユニークなのは「進化のミスマッチ」という理論である。これは、生物がある環境に適応して獲得した特長が、環境の急激な変化によって、かえって生存に不利に働いてしまう現象を指す。サバンナで暮らしていた我々の祖先にとって、見知らぬ他者は命を脅かす存在だった。そこで人類は、言葉や儀式、そしてチャンスリーが纏っていたような「シンボル」を信頼のシグナルとする「トライブ(部族)」を形成した。同じシンボルを共有する者は味方で、それ以外は敵。この強烈な本能こそが、脆弱な個人を強固な集団へと変え、人類を絶滅の淵から救ったのだ。
 しかし、ここに現代の悲劇がある。三十万年前、我々の脳に組み込まれた「トライブ動因」は、百五十人程度の認知の壁(ダンバー数)を突破し、より広範な集団を形成する力を得た。だが、この本能をもってしても、SNSを通じて数億人が瞬時に繫がるデジタル空間は未知の領域だった。広大なネットの海で、迷える現代人はかつての祖先と同じように、必死に「敵」と「味方」を分けるシグナルを探し求めている。ハッシュタグ、支持政党、あるいは特定のアイコン。それらは現代における「部族の証」だ。小集団での生存戦略だったはずの団結心は、グローバルなネットワークという巨大な増幅器を通じ、制御不能な「暴走する部族主義」へと変貌を遂げた。
 さらに本書が突きつける衝撃的な事実は、「適応度は真実に勝る」という進化の鉄則である。我々は人間を「真実を求める理性的動物」だと信じたい。しかし進化人類学の冷徹な視点はそれを否定する。自然選択の荒波において、客観的な真実を正しく認識する能力よりも、集団内での評価を高め、トライブの一員として認められる能力の方が、生存確率(適応度)を劇的に高めてきたからだ。
 ネット上の明らかなデマや陰謀論に人々が熱狂するのは、彼らの知能が低いからではない。むしろ、その物語を信じることがトライブへの忠誠の証となり、集団内での安心感を得るための、極めて合理的な生存戦略なのだ。この認知の歪みこそが、現代の深刻な分断を加速させている。真実よりも仲間内での「正しさ」が優先されるとき、対話の可能性は消滅し、排他性だけが純化されていく。
 我々はこの「暴走する本能」に、なすすべもなく飲み込まれるしかないのだろうか。本書はこの本能を「呪い」ではなく「祝福」へと転換するための道筋を示す。鍵となるのは、トライブの「規模」と「質」の再構築だ。著者は、家族や親友といった、互いの顔が見える小さな集団(キャンプ)の重要性を説く。抽象的なネット上のトライブにアイデンティティを委ねるのではなく、具体的な他者との関わりの中で本能を充足させること。そして、自分がどの「部族」に属しているかを自覚し、その本能がいつ牙を剝くかを客観的に監視する「認知免疫」を鍛えること。これが、現代における有効なトライブ・ワクチンとなる。
 私の中の「獣」を消し去ることはできない。しかし、その正体が進化のミスマッチによるバグであることを知った今、内なる衝動を鎮めることができるかもしれないと思える。分断と排除の歴史を繰り返さないための第一歩は、自らの脳内に棲む「原始人」を直視し、手なずける勇気を持つことにある。本書は、混沌とした現代を生き抜くために極めて有用なサバイバル・ガイドである。

(しゅとう・じゅんや ポッドキャスト『BIBLIO JAM』ナビゲーター)

波 2026年5月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

トロント大学ミシサガ校の進化人類学准教授、睡眠と人類進化研究所(SHEL)所長。インディアナ大学で博士号を取得し、デューク大学でポスドク研究員を務めた。人類の進化における主要な行動的・生理学的変遷を学際的に研究してきた。具体的には、睡眠と人類の進化の関連性を探り、様々な霊長類の睡眠データセットと睡眠構造を記録している。サムソンの研究は、タイム誌、ニューヨーク・タイムズ紙、スミソニアン、ナショナル・ジオグラフィック誌、BBC、CBC、NPRなど、世界中で取り上げられ、その成果は現代の医療、労働、ライフスタイルの問題に重要な示唆を与えている。

赤根洋子

アカネ・ヨウコ

翻訳家。早稲田大学大学院修士課程修了(ドイツ文学)。訳書に『ベルリンに一人死す』(ハンス・ファラダ)、『科学の発見』(スティーヴン・ワインバーグ)、『米中もし戦わば』(ピーター・ナヴァロ)、『直立二足歩行の人類史』(ジェレミー・デシルヴァ)などがある。

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