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若い小説家に宛てた手紙

マリオ・バルガス=リョサ/著 、木村榮一/訳

1,760円(税込)

発売日:2000/07/31

書誌情報

読み仮名 ワカイショウセツカニアテタテガミ
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 172ページ
ISBN 978-4-10-514506-4
C-CODE 0098
ジャンル 評論・文学研究、ノンフィクション
定価 1,760円

小説は面白い。小説家はもっと面白い! 作家を志す人へ、実作者からの熱い思い!

小説は面白い。小説家はもっと面白い! が、創作とは多大な犠牲を強いるものであり、将来の保証は何もない。それでも作家になりたい若い人へ、小説への熱い思いを込めて宛てた小説家への手引。

書評

波 2000年8月号より 「文学」を志すひとに読んでほしい  バルガス=リョサ『若い小説家に宛てた手紙』

工藤庸子

 昔の貴婦人で、空気の精のようなほっそりした体型をとりもどすために、サナダムシを丸飲みにしたひとがいたそうです。「文学」とは言ってみれば、その寄生虫みたいなもの、という寓話から著者は語り始めます。それというのも、これは身体に棲みついたが最後、宿主の養分を吸いとり、どこにでも一緒についてゆく。作家たるもの、寝食から娯楽の時間まで、人生のすべてを体内の「彼女」に捧げてしまったような具合だというのです。つぎに登場するのは「カトブレパス」。水牛と豚を合わせたような怪物で、首はくにゃくにゃ、でっぷり肥えて、陰鬱に泥のなかにうずくまり、そうとは気づかず自分の脚を食べてしまいます。フローベールの『聖アントワーヌの誘惑』に描かれた、知るひとぞ知る恐るべき動物なのですが、豪放な大作家ラブレーの作品や、文学の極北と形容したいボルヘスの短編にも、ちらりと姿をあらわします。なるほどその姿は、自分の人生に鼻をつっこみ、自分の身体を咀嚼して「作品」をつくる作家のそれに、どこか似ているのかもしれません。
 著者マリオ・バルガス=リョサは、アルゼンチン出身のボルヘスに一世代おくれてラテンアメリカ文学の黄金時代に参画したペルーの現代作家です。『都会と犬ども』『緑の家』『世界終末戦争』などの小説は、つぎつぎと新鮮な驚きをもたらしたものですが、近著『若い小説家に宛てた手紙』は、趣向を変えて、作家志望の若者に小説家になるための手ほどきをするという体裁の本になっています。
 話題は少しそれますが、大学で「文学」を語るという考えてみれば奇妙な職業をやっている者として、昨今の印象を語れば、小説を読もうという若者は激減しているにもかかわらず、小説を書きたいという若者は、相当数いるようです。文学賞への応募者数で推し量るかぎり「文学」は安泰という話も聞きます。でも、小説を書くためには、古今東西の小説を――それこそ自分がサナダムシになったみたいに――むさぼり読むことから始めなければダメなのです。すくなくとも、リョサの話術に惹かれて、この『手紙』を読みおえた賢明な読者はそう思われるにちがいない。つまりこれは『若い読書家に宛てた手紙』でもあるわけで、訳者が「解説」で指摘しておられるように、イタロ・カルヴィーノ、ウンベルト・エーコ、デイヴィッド・ロッジなどの読書論にならぶ、このうえなく贅沢な、読み方の指南書といえます。
 ところで、バルガス=リョサがペルーの大統領選でフジモリと闘って敗れたのは、十年もまえのことですから、ご記憶の方は少ないかもしれないけれど、あのとき大衆のまえに姿をあらわしたリョサは颯爽とした美丈夫でした。彼の本の書き方も、行動的で、颯爽として、美しい。小説の「説得力」はどこから生じるのか、「語り手」の機能とは何か、フィクションの「時間」はどのような仕掛けで成り立つか、等々。テーマごとに、『ボヴァリー夫人』『ドン・キホーテ』からアンブローズ・ビアスの短編までを巧みに紹介し、具体例を縦横に引きながら、まさに「説得力」あふれる議論を展開してゆきます。文学を語るのに、大学教師の難解な専門用語や手の込んだ批評装置は無用という彼の持論に、思わず納得させられてしまいます。
 ユーモラスだけれど凄みのある比喩をとおして、「文学」をやるのはカニバリズムのように恐ろしいことだと言われ、小説の技法については、先輩たちの神業のような芸を矢継ぎ早に見せられたとき、肝心の「若い小説家」たちは、どう反応するのでしょうか。勇気百倍、パソコンにむかうのか、早々と「読書家」に徹する決意をしてしまうのか。なにしろリョサは、出来上がった作品の文体を「模倣」することを、きつく戒めているのですから、ハウツー物のように「助言」を役立てようなどという邪心は捨てなければなりません。
 若い作家が先達に学ぶべきものは、なによりも「文学への献身」である――愚直なまでに文学を愛したリョサが、次世代に手渡したいと願う「教訓」は、この一言につきるような気がします。これを、感動的なメッセージとうけとめるひとだけが、たぶん「作家志望」の名乗りをあげる資格をもつのでしょう。
(くどう・ようこ フランス文学)

▼バルガス=リョサ著/木村榮一訳『若い小説家に宛てた手紙』は、七月三十一日発売

書評

波 2011年2月号より

文明と野蛮の共存する小説空間
――バルガス=リョサとノーベル文学賞
木村榮一



 昨二〇一〇年にペルーの作家マリオ・バルガス=リョサがノーベル文学賞に輝いたことはまだ記憶に新しい。その知らせを受けた夫人が電話口で真っ先に「冗談でしょう」と言ったと伝えられるが、その背景には一九六七年から九〇年までの二十三年間にミゲル・アンヘル・アストゥリアス(グァテマラ)、パブロ・ネルーダ(チリ)、ガブリエル・ガルシア=マルケス(コロンビア)、オクタビオ・パス(メキシコ)と四人ものラテンアメリカの作家、詩人がノーベル文学賞を受賞したという事情がある。
 オクタビオ・パスが受賞した頃から、当分の間ラテンアメリカから受賞者は出ないだろうと言われるようになった。バルガス=リョサが毎年のように候補にのぼりながら選にもれていたのも、そのあたりの事情を考えると無理からぬことに思われた。
 ただ、彼のこれまでの創作活動を見ると、驚くほど豊穣多産である。彼は一九六二年、二十六歳の時に書いた小説『都会と犬ども』で一躍脚光を浴びた。この作品を原稿段階で読んだスペインの名編集者カルロス・バラルは当時を振り返って、「長年編集の仕事に携わってきたが、あの作品はそれまでに読んだ中でもっとも刺激的で大きな驚きをもたらした」と語っている。ペルーにある、軍人の養成を目指す《レオンシオ・プラード学院》を舞台に、内部の腐敗、堕落を内的独白、フラッシュ・バック、話者不明の語りといった斬新な手法を駆使しながら描いたこの作品によって、彼はラテンアメリカを代表する若手作家として注目され、ペルーの《怒れる若者》と呼ばれるようになった。
 その後も次々に話題作を発表し、そのたびに大きな反響を呼んでいる。たとえば、一九六六年には、ペルー・アマゾンの町イキートス、アマゾン源流地帯の町サンタ・マリーア・デ・ニエバ、アンデス山中にある砂漠の町ピウラ、この三つの土地を舞台に五つの物語が断片的に語られてゆくという特異な形式の小説『緑の家』を発表している。作品を読みはじめた読者は最初戸惑いを覚えるだろうが、読み進むうちに個々の断片がジグソー・パズルのピースのように徐々に組みあがってゆき、最終的には広大な地域にわたって繰り広げられてきたいくつものストーリーが互いに響き合い、結び合わせられるのを目のあたりにして、小説の面白さ、醍醐味を味わうことだろう。
 ついで、六九年に発表した政治小説『ラ・カテドラルでの会話』では権謀術数渦巻くオドリーア独裁制下の腐敗したペルー社会を余すところなく描き出している。また、一九八一年に発表した小説『世界終末戦争』では、十九世紀末にブラジルの奥地で起こった宗教的狂信者による《カヌードスの反乱》に題材を取っているが、この作品ではさまざまな過去、来歴をもつ人物たちの織り上げる無数の物語がいくつかの支流に集まり、やがてそれが、とうとうと流れるひとつの大河となって、読むものを圧倒する。この小説によって彼は、若い頃に影響を受けた中世の騎士道物語を現代によみがえらせたと言っても過言ではない。
 バルガス=リョサはこれらの作品の中で、先進国の文学には見られない、文明と野蛮の共存する世界と人間を鮮やかに描き出しており、またガルシア=マルケスとともに、現代小説において失われていた物語をよみがえらせている点も高く評価される。彼は二十世紀の小説の技法を貪欲に取り入れながら新たな小説空間の創造を目指す一方、すぐれた文学論や、過酷な政治状況を生きた作家ならではの独自の視点から政治的なエッセイもものしており、多岐にわたるその創作活動が高く評価されて今回の受賞に結びついたのだろう。
(きむら・えいいち ラテンアメリカ文学者)

著者プロフィール

1936年ペルー南部のアレキーパに生れた。1958年サン・マルコス大学卒業。1959年短篇集『ボスたち』、1963年『都会と犬ども』を出版、一躍脚光を浴びる。1966年、ペルー社会の複層性そのままに多様な人物群が交錯し乱舞する人間模様の壮大なる交響を、前衛的な手法を駆使して濃密に描いた大作『緑の家』が内外より絶讃され、ラテンアメリカ文学ブームの担い手の一人となる。1981年長篇歴史小説『世界終末戦争』など重厚な作品のほか、推理小説やポルノ小説風といった芸風の広がりを感じさせる作品も発表している。『ある神殺しの歴史』でG=マルケス論、『果てしなき饗宴』で〈ボヴァリー夫人〉論など本格的評論のほかエッセイ、ルポルタージュ、戯曲などがある。1993年回想録『水を得た魚』、1997年『ドン・リゴベルトの手帖』(邦訳『官能の夢』)、2000年『山羊の宴』、2010年『ケルト人の夢』。目下、プリンストン大学客員教授としてニューヨークに滞在中。2010年ノーベル文学賞受賞。スウェーデン・アカデミーが発表した授賞理由は以下のとおり――「権力の構造の見取り図を描き、個人の抵抗、反乱、敗北の姿を鋭く表現した」。

木村榮一

キムラ・エイイチ

1943年、大阪生まれ。スペイン文学・ラテンアメリカ文学翻訳者。神戸市外国語大学イスバニア語科卒、同大学教授、学長を経て、現在、神戸市外国語大学名誉教授。主な著書に、『ドン・キホーテの独り言』、『翻訳に遊ぶ』(岩波書店)、『ラテンアメリカ十大小説』(岩波新書)など。主な訳書にコルタサル『悪魔の涎・追い求める男』(岩波文庫)、バルガス=リョサ『緑の家』(岩波文庫)『若い小説家に宛てた手紙』(新潮社)、ガルシア=マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』、『コレラの時代の愛』、『ぼくはスピーチをするために来たのではありません』(新潮社)、『グアバの香り――ガルシア=マルケスとの対話』(岩波書店)他、多数。

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