東京ゴースト・シティ
2,420円(税込)
発売日:2021/09/28
- 書籍
ファニーな幽霊たちが東京でとことん迷わせる。日本オリジナル小説、世界に先駆け刊行。
コロナ禍とオリンピックで大揺れに揺れる東京を訪れた米国人作家夫婦が出会ったのは、ニッポンが誇る文化的英雄の幽霊たち(太宰、荷風、三島夫妻、黒澤明、宍戸錠、植木等、安藤百福、大松監督、ダダカンetc)。彼らはこの賑やかで寂しい都の何を見せようとしているのか? 狂騒的で、詩的で、懐かしい、〈もののあはれ〉な傑作長篇。
その2 有楽町焼き鳥
その3 タワー・クレイジー
その4 不思議な一日の話
その5 ラヲタと先生
その6 MISHIMA DRIFT
その7 地獄庭園+ゴミ屋敷
その8 ミスター・ピーピー
その9 柔らかい座席、または、すべての道は日本橋に通ず
その10 ゾルゲは二度死ぬ
その11 コンビニお化けスポット
その12 デパ地下有機農法トラック野郎
その13 魔法にかけられて
その14 ALWAYS二丁目の月光
その15 自分で作っちゃえ!ファンクラブ
その16 寅さんミニミニマラソン
その17 狐と探偵
その18 EDOアプリ
その19 ベルサイユの傘、プレーボール!
その20 ラクゴ、ラクゴ
その21 東京三点倒立
その22 その後の顛末
書誌情報
読み仮名 | トウキョウゴーストシティ |
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装幀 | 100%ORANGE/装画、新潮社装幀室/装幀 |
雑誌から生まれた本 | 波から生まれた本 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 256ページ |
ISBN | 978-4-10-533405-5 |
C-CODE | 0097 |
ジャンル | 文学・評論 |
定価 | 2,420円 |
書評
幽霊の街に滞在していたら
東京オリンピック期間中、たまに早朝のチバテレでBBCワールドニュースが映ると、五輪特派員がレポートするトーキョーの街がどことなく奇妙に見える。もともと海外メディアを通して見る日本は“不思議の国”っぽく見えがちだから、“コロナ禍の五輪”という非日常の自乗みたいな状況を考えれば、奇妙に映ったのも当然かもしれない。
たいていの日本人より遥かに日本文化と日本映画に詳しいアメリカの作家バリー・ユアグローが爆笑旅行記っぽくディープに描く(そして柴田元幸の達意の訳文を通して読む)東京も、BBCワールドニュースの東京と同じく、日本の読者にとって、どこか不思議さをたたえている。ただし、この小説では、その不思議さが解消されるどころか、どんどん加速し暴走してゆく。なにしろそこには、『東京ゴースト・シティ』のタイトルどおり、古今東西のさまざまな幽霊が(まだ生きている人間の“若い頃の幽霊”まで含めて)多数出没するのだ。植木等、太宰治、ヴェルナー・ヘルツォーク、永井荷風、宍戸錠、福澤諭吉、フランク・ロイド・ライト、鈴木清順、松尾芭蕉、イアン・フレミング、リヒャルト・ゾルゲ、菅原文太、三島由紀夫、(現役時代の)東洋の魔女、一休宗純……。
本書の「序」によれば、著者はガールフレンドのコジマ(ロシア出身のフードライター)とともに、2019年の春、桜が満開の東京にやってきて、東京タワーのすぐ近くにアパートメントを借りる。
翌日、〈ウインドウに桜の花が手描きしてある床屋〉で髪を切ってもらった“私”は、店主からメモを渡される。いわく、自分はあなたのファンだ。ついては理髪店組合が刊行する文芸的雑誌『オヤジギャグの華』にぜひ東京滞在記を書いてほしい……。
しかし、くわしい話を聞くため再訪しようとすると、その床屋は存在しない。いったいどういうことなのか? 小説はその後、この“謎の床屋”と謎の雑誌『オヤジギャグの華』でマクガフィンのように使われて、物語をミステリー的に牽引する(さらにはあっと驚くどんでん返しもある)のだが、それはまたべつの話。この一件を“私”から聞いた新潮社の担当編集者が、だったらその滞在記をわが社の『文芸的雑誌』に連載してくださいと提案し、かくて新潮社のPR誌〈波〉に『オヤジギャグの華』と題するユアグローの連載がスタートする(2019年5月号〜2021年1月号)。それがこのたび『東京ゴースト・シティ』と改題のうえ、めでたく単行本化された――という(絶妙の割合で虚構が混じった)“事実”が作中にとりこまれ、それぞれ十ページ前後の章を二十二個連ねた東京滞在記スタイルのおそろしく風変わりな小説が誕生した。
訪れる場所は、有楽町ガード下、築地市場と豊洲市場、護国寺のラーメン屋、渋谷円山町のラブホテル街、新宿ゴールデン街、表参道……。JR原宿駅の駅舎が取り壊されることにこんなに憤る小説は、日本人作家もたぶんまだ書いていないだろう。街歩き小説、食べ歩き小説の面白さも見逃せないが、話はどんどんエスカレート。北野武(本物)と幽霊ラフカディオ・ハーンが入り乱れてサブマシンガンで銃撃戦を演じるに至っては、茫然とするしかない。
ラーメンにハマれば、〈コンビニとはインスタントラーメンとカップ麺から成るアリババの洞窟だ!〉と喝破して、六本木のコンビニのイートインで〈ミシュランの星付きラーメン店プロデュースのスペシャルブランド〉カップ麺をすすり、安藤百福の幽霊に案内されて幽霊向けコンビニ〈スプーク・スポット〉のパイロット店に赴けば、地下にゴルフ練習場があり、葛飾北斎が壁に富士山の絵を描きはじめるという具合。
おもちゃ箱をひっくり返したような状況が一変するのは、一カ月少々の予定だった東京滞在がいつのまにか一年を超えてしまった小説の後半。「その13 魔法にかけられて」は、“私”が(生身の人間は)誰もいない上野公園に衝撃を受ける場面で始まる。マスクとソーシャルディスタンシングとステイホームの春。幽霊だらけのゴースト・シティから、通りに人影のないゴースト・シティへ。大笑いしながら読んでいた読者の肝がすうっと冷えていく。
現実の東京に非現実的な光景が訪れるのと歩調を合わせて、“私”の現実も揺らぎはじめる。いったい何が本物なのか? その現実崩壊感覚は、コロナ禍の東京五輪をテレビで見つづけた日本人の(というか僕自身の)感覚とそのまま重なる。ユアグローの描く幻想の東京こそ、リアルな東京を忠実に写しているという逆転。けだし、東京は幽霊の街だったのである。
(おおもり・のぞみ 書評家)
波 2021年10月号より
単行本刊行時掲載
イベント/書店情報
著者プロフィール
バリー・ユアグロー
Yourgrau,Barry
南アフリカ生まれ、10歳のときアメリカへ移住した。『一人の男が飛行機から飛び降りる』『たちの悪い話』『ケータイ・ストーリーズ』(いずれも柴田元幸訳、新潮社刊)など、詩的で白日夢のごとき超短篇で知られる。2021年9月現在はニューヨーク市クイーンズ区ジャクソン・ハイツ在住。当地での苛烈なコロナ禍の体験が、前作『ボッティチェリ 疫病の時代の寓話』(2020年、柴田訳でignition gallery刊)および『東京ゴースト・シティ』に活かされている。
柴田元幸
シバタ・モトユキ
1954年、東京生まれ。米文学者・東京大学名誉教授。翻訳家。文芸誌「MONKEY」編集長。『生半可な學者』で講談社エッセイ賞、『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞、トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』で日本翻訳文化賞受賞。翻訳の業績により、早稲田大学坪内逍遙大賞受賞。現代アメリカ文学を中心に訳書多数。