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ディア・ライフ

アリス・マンロー/著 、小竹由美子/訳

2,530円(税込)

発売日:2013/12/10

  • 書籍

2013年ノーベル文学賞受賞! フィナーレを飾る最新にして最後の短篇集。

チェーホフ以来もっとも優れた短篇小説家が、透徹した眼差しとまばゆいほどの名人技で描きだす、平凡な人びとの途方もない人生、その深淵。引退を表明しているマンロー自身が〈フィナーレ〉と銘打ち、実人生を語る作品と位置づける「目」「夜」「声」「ディア・ライフ」の四篇を含む全十四篇。まさに名人の手になる最新短篇集。

目次
日本に届く
アムンゼン
メイヴァリーを去る
砂利
安息の場所
プライド
コリー
列車
湖の見えるところで
ドリー



ディア・ライフ
訳者あとがき

書誌情報

読み仮名 ディアライフ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 392ページ
ISBN 978-4-10-590106-6
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 2,530円

書評

波 2014年1月号より 語りと記憶が生みだすもの

松家仁之

アリス・マンローがノーベル文学賞に決まってまもなく、若手からベテランまでの同業の小説家たちが、ツイッターやブログ、新聞や雑誌などで(あたかも)競いあうかのように祝辞を述べていたことを小竹由美子氏の「訳者あとがき」で知った。ひと癖もふた癖もありそうなやっかいな種族である小説家たちが、素直にマンローの受賞をよろこんでいるのを読むと、なんともうれしい気持ちになってくる。
「訳者あとがき」には、「ニューヨーカー」誌に掲載されたジュリアン・バーンズ、ジュンパ・ラヒリによる賛辞も引用されている。バーンズは、「マンローのやり方を解明しようとしてみても、うまくいった試しがない」と告白し、ラヒリは「短篇にはなんでもできるのだということを、わたしはマンローから教わった」「マンローを限りなく尊敬している」と素直に明かしている。
ひとのこころの揺らぎや記憶がつくりだす物語を描くことにかけ、いまもっとも深みのある小説の書き手であるバーンズとラヒリが、夫婦や家族を中心としたローカルなモチーフの短篇小説をただひたすらに五十年近く書きつづけてきたマンローへの賛辞を惜しまない。これもひとえにマンローの作品の力だろう。
生涯最後の一冊となるかもしれない本に「ディア・ライフ」と名づけたのは、いかにもマンローらしい態度だった。このたったふたつの単語に、マンローのこれまでの人生への感慨が、あるいは短篇小説に向かう姿勢が、あきらかにふくまれているからだ。長きにわたる作家生活の終わりを意識しながら、どんな気持ちでそこにたたずんでいるのか、マンローを読んできた者であれば、何かを感じずにはいられないタイトルだった。
『ディア・ライフ』の北米での刊行から約半年後にマンローは夫を亡くし、今年の六月には引退を表明、十月にノーベル文学賞決定の知らせを聞くことになる。タイトルがなにかをひきおこしたような一年だった。
カナダには、マンローと双璧をなすもうひとりの小説家がいる。アリステア・マクラウドだ。十三年かけて書いた唯一の長篇小説『彼方なる歌に耳を澄ませよ』がカナダでベストセラーとなったことがきっかけとなり、三十一年間でわずか十六篇の短篇を発表しただけの孤高の小説家としても再評価され、脚光を浴びることになった(長篇小説および短篇小説集『灰色の輝ける贈り物』『冬の犬』はいずれも新潮クレスト・ブックスで読むことができる)。
マンローもマクラウドも、スコットランドからカナダにやってきた移民を祖先にもつ。マンローの親は農場の生まれ、マクラウドの父は漁業に従事し、どちらも生家の暮らしは豊かではなかった(『ディア・ライフ』には、マンローの幼年時代が描かれた自伝的短篇が四篇、「フィナーレ」と特別に題されて、収められている)。
ふたりの短篇に共通するもの。それは、身近な人びとや自分が見聞きしたものをモチーフに選んでいること。ひとが生きてゆくことの孤独と、孤独であるがゆえに、ひとを強く求める姿を描いていること。生と死、愛と性を、飾り立てず、隠すこともなく、果敢に描いていること。物語には見えざる「語り手」がいる、と感じられる文体であること。自分をもふくむ身近な人びとのゴシップやスキャンダルが、書き手のなかで時間をかけて発酵するうちに、神話性をおびた物語に姿をかえてゆくこと――そのとき、ひとの記憶がどれだけおおきな役割を果たすかを知りつくし、書かれていること。
ふたりの祖先がスコットランドで暮らしていた時代、物語とはすなわち「語られるもの」であった。一族の、あるいは共同体の、記憶のなかに継承されるものとして。現在と過去を自在に行き来する語り手によって、過去は現在になり、現在は過去にもなった。聞くものたちは、自分たちが長い時間をかけてここにたどりついたことを、胸の奧深くに刻みつけたにちがいない。
『ディア・ライフ』を読み終えてしばらくしても、こころやからだが揺さぶられたまま、なかなか鎮まらないのは、小説が「語り」であった時代の何かを、マンローがいまもなお強く持ち続けているからではないか。小説に描かれる現在はたんなる現在ではない。過去につらなる記憶が運んでくる、危うく、手ごわいものなのだ。

(まついえ・まさし 小説家・編集者)

短評

▼Matsuie Masashi 松家仁之

接続詞のきわめて少ない小説をアリス・マンローは書く。ひとの心は「そして」あるいは「しかし」と一拍おくまもなく、動き、変わる、と知っているからだ。人生とはそのようなものであり、生きることの真実は、ためらいなく正確に、すばやく大胆につかみとらなければ、手もとからするりと逃げてしまう――。マンローは実人生の痛みと歓びをとおして、それを学んだ。嘘のない感情と冷静な観察。長い時間をかけて育てられた記憶。ばらばらの断片を慎重に集め、畏れつつも果敢に点火し、燃えあがるもの。それがマンローの短篇小説である。


▼The Washington Post ワシントン・ポスト紙

ほんのちょっとしたそぶりや語調の変化のなかに、これほど巧みに愛の愚かしさ、人生の混乱や挫折、隠れた残酷さや裏切りを描きだせる作家はほかにいない。


▼The New York Review of Books ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス誌

「ディア・ライフ」という短篇小説、そしてこのタイトルが冠された短篇集には、私たちがアリス・マンローの作品に見出してきたすべてが詰まっている。


▼The Guardian ガーディアン紙

14冊の長篇小説をつぎつぎ読んだりはしないのと同様に、この短篇集も次から次へと読めるものではない。マンローのずば抜けた技巧によって、登場人物には物語の始まるまえから実人生があり、物語が終わったあとも生きつづけると思わされ、ひとつひとつの物語を心に落ち着かせる必要があるからだ。


▼The New Yorker ジュリアン・バーンズ

マンローの短篇はほかの作家の長篇並の密度や広がりを持っている。マンローのやり方を解明しようとしてみても、うまくいった試しがない。偉大なるマンローのように書くことのできる者などいるわけがないのだ。


▼The Guardian A・S・バイアット

私はマンローの熱狂的ファンクラブとして有名なグループの一員だ。彼女がもっとも偉大な現役作家の一人であると私たちは皆心得ていた。


▼The Washington Post ジョナサン・フランゼン

マンローは、フィクションこそ生きがいだ、と言うときに僕が思い浮かべる数少ない作家の一人だ。

著者プロフィール

1931年、カナダ・オンタリオ州の田舎町に生まれる。書店経営を経て、1968年、初の短篇集 Dance of the Happy Shades(『ピアノ・レッスン』)がカナダでもっとも権威ある「総督文学賞」を受賞。以後、三度の総督文学賞、W・H・スミス賞、ペン・マラマッド賞、全米批評家協会賞ほか多くの賞を受賞。おもな作品に『イラクサ』『林檎の木の下で』『小説のように』『ディア・ライフ』『善き女の愛』『ジュリエット』など。チェーホフの正統な後継者、「短篇小説の女王」と賞され、2005年にはタイム誌の「世界でもっとも影響力のある100人」に選出。2009年、国際ブッカー賞受賞。2013年、カナダ初のノーベル文学賞受賞。

小竹由美子

コタケ・ユミコ

1954年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。訳書にマギー・オファーレル『ハムネット』、アリス・マンロー『イラクサ』『林檎の木の下で』『小説のように』『ディア・ライフ』『善き女の愛』『ジュリエット』『ピアノ・レッスン』、ジョン・アーヴィング『神秘大通り』、ゼイディー・スミス『ホワイト・ティース』、カリ・ファハルド=アンスタイン『サブリナとコリーナ』、ジュリー・オオツカ『屋根裏の仏さま』(共訳)、ディーマ・アルザヤット『マナートの娘たち』ほか多数。

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