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愛するベイビー、いつになったらまたあなたをこの腕に抱けるの?

最初の悪い男

ミランダ・ジュライ/著 、岸本佐知子/訳

2,376円(税込)

本の仕様

発売日:2018/08/24

読み仮名 サイショノワルイオトコ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
装幀 Mike Mills/カバーデザイン
雑誌から生まれた本 から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 348ページ
ISBN 978-4-10-590150-9
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品
定価 2,376円

43歳独身のシェリルは職場の年上男に片思いしながら快適生活を謳歌。運命の赤ん坊との再会を夢みる妄想がちな日々は、衛生観念ゼロ、美人で巨乳で足の臭い上司の娘、クリーが転がりこんできて一変。水と油のふたりの共同生活が臨界点をむかえたとき――。幾重にもからみあった人々の網の目がこの世に紡ぎだした奇跡。待望の初長篇。

著者プロフィール

ミランダ・ジュライ July,Miranda

1974年ヴァーモント州生まれ。カリフォルニア大学サンタクルーズ校を中退後、ポートランドでパフォーマンス・アーティストとしての活動を開始。2005年、脚本・監督・主演を務めた初の長篇映画『君とボクの虹色の世界』がカンヌ国際映画祭でカメラ・ドール(新人監督賞)を受賞、大きな注目を浴びる。2007年、初めての短篇集『いちばんここに似合う人』でフランク・オコナー国際短篇賞を受賞。2011年、2作目の長篇映画『ザ・フューチャー』および、その制作過程に出会った人々をめぐるフォト・ドキュメンタリー『あなたを選んでくれるもの』を発表。2015年には初めての長篇小説となる『最初の悪い男』を刊行した。2012年に長男を出産、夫で映像作家のマイク・ミルズとともにロサンジェルスに暮らす。

岸本佐知子 キシモト・サチコ

翻訳家。訳書にスティーヴン・ミルハウザー『エドウィン・マルハウス』、リディア・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』、ニコルソン・ベイカー『中二階』、ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』など多数。編訳書に『変愛小説集』、著書に『なんらかの事情』など。2007年、『ねにもつタイプ』で講談社エッセイ賞を受賞。

書評

魂が祝福される瞬間

山崎まどか

 ミランダ・ジュライの書く物語には、世の中の動きや常識とは相容れない奇妙な人々が登場する。
 彼女の初の長編小説となる「最初の悪い男」の主人公シェリルもそうだ。女性に護身術を教える非営利団体に所属する四十三歳、独身で梨型の体型の冴えない中年女性。ほぼ自宅勤務という業務形態なのだが、ひょっとしたら職場で疎まれているのではないかと思わせるところがある。それを知ってか知らずか、シェリルは自己完結した世界に生きている。彼女は何事も必要最小限で済むような省エネ式の家事の方法を編み出し、悦に入る。
 シェリルも愛を欲してはいるが、その愛の在り方もコミュニケーションなしの一方通行で成り立つタイプのものだ。シェリルが思い浮かべる宿命の相手は、クベルコ・ボンディという幼い子供の姿をしている。彼女は道ですれ違う赤ん坊や子供に勝手にクベルコ・ボンディの魂を投影し、いつかクベルコがおそらく自分の子供として、そうでなくても何らかの形で彼女のもとに現れ、自分のものになるのを夢見ている。それと同時に自分が勤める非営利団体の役員、フィリップ・ベテルハイムにも思慕を寄せ、勝手なラブ・ストーリーを思い描いているのだ。
 そんなシェリルのまったりとした妄想ライフはある日突然、闖入者によって終わりを告げる。非営利団体の運営者夫婦の娘クリーが勝手に居候を決めて、転がり込んで来たのである。二十歳のクリーは巨乳でわがまま、およそ衛生観念というもののない娘で、シェリルがちんまりと作り上げて来た家庭内のルールなんてお構いなし。どっかりとカウチ・ソファに腰をおろしてリビングを占拠してしまう。その足の臭いの強烈なこと。クリーから放たれるこの臭いは重要だ。シェリルが頭の中で作り上げた人々と違って、クリーは有機的な匂いのするリアルな人間なのである。
 そしてリアルな人間とは、リアルなぶつかりがある。体格的に優位に立つクリーに暴力で脅かされたシェリルはある日、反撃に出る。このバトルは二人の習慣となり、更に発展して、護身術の教材ビデオをもとにしたシミュレーション・ゲームになっていく。
 ミランダ・ジュライの描く世界では、それがどんな形であっても肉体的な接触はエロスを帯びている。精神的な関わり合いでさえそうだ。シェリルの思い描く性的なファンタジーはあられもなく、かつ強固なものだが、それでも実際のクリーとのゲームの方がはるかに手応えのある、エロティックなものだ。そして現実のパートナーのいる人間は誰もが彼らだけにルールが通じる、奇妙なゲームに興じている。シェリルのカウンセラーとなるティベッツ医師は、年に三日間だけ色彩療法医のブロイヤード医師の受付嬢を勤めている。長い不倫関係にある二人だけに分かる、マゾヒスティックでねじれたゲームだ。フィリップは十六歳の恋人がいるとシェリルに主張し、何故か彼女にその幼い恋人と性的関係を持つ許可を求めるが、ウラジーミル・ナボコフの『ロリータ』とは似ても似つかないような物語がそこにはある。
 シェリルとクリーの暴力沙汰がゲームへと変貌を遂げていったように、肉体的なぶつかり合いから生まれたエロスは思いがけない愛を運んでくる。それはいびつで、儚くて、いじらしい、本物のロマンスだ。愛を求めていた孤独な魂は、たくましい妄想力でもってしても描けなかったような奇想天外なルートで報われるのである。
 でもこの小説の素晴らしさは愛の成就ではなく、その愛によってシェリルが真の孤独を獲得していく過程にある。誰かと本当に愛し合うまで、彼女はファンタジーの世界に守られていた。幻の愛は無害で、都合のいい時に現れたり消えたりしたが、本当の人間関係はそうではない。舞い上がるような幸福感と共に、相手を失う恐怖や不安、すれ違いの悲しみも連れてくる。シェリルは愛によって満たされるのではなく、自分の欠けている部分を思い知る。そして欠けたままの自分で独り立ちしていくのである。その境地に至った時、世界は初めて彼女に微笑み返す。誰かと触れ合うことの奇跡に贈られる、万雷の拍手。魂が祝福される瞬間だ。

(やまさき・まどか コラムニスト)
波 2018年9月号より
単行本刊行時掲載

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短評

▼Yamasaki Madoka 山崎まどか
おかしなルールに則って、現実を締め出して生きている孤独な中年女。衛生観念というものがまるでない、傍若無人な足の臭い暴力娘。出会うはずがない二人の奇妙な出会いとバトルが、こんな奇跡のような愛の物語に発展していくとは! 痛みと不条理に満ちた現実の人々との触れ合いは、妄想力豊かな中年女性のシェリルが頭の中で描いたどんな性的なファンタジーよりもセンシュアルで、不思議に満ちている。そのいびつで妙にいじらしいラブストーリーが導く運命を知った時、私は泣き崩れてしまった。ミランダ・ジュライの小説では、信じられないようなことが普通に起こるのだ。

▼Lena Dunham レナ・ダナム
これほど深く私のセクシュアリティに、スピリチュアリティに、秘められた自己に語りかけてきた小説は、今までなかった。私は一人ぼっちではない。

▼Vanity Fair バニティー・フェア
驚くべき作品だ。ジュライはこの一冊で、愛されたいという私たちの普遍的な欲求や、私たちの愛し愛される能力について、誰にもできない形で教えてくれる。

▼New York Times ニューヨーク・タイムズ
ジュライの語りは人生を軋ませ、ひびを入れる。

▼Michiko Kakutani ミチコ・カクタニ
母親というものをめぐる、子供を育てるということをめぐる、途方もなく感動的なポートレイト。ジュライは心の底からの感情と力をもって、シェリルの母性愛の目覚めを描いている。

▼岸本佐知子
これは彼女が自分の脳内世界の城から出て、現実世界に、そして自分の肉体と心に到達するための冒険物語、大人の成長譚なのだ。

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