ホーム > 書籍詳細:ミッテランの帽子

その帽子を手にした日から、冴えない人生は美しく輝きはじめる。

ミッテランの帽子

アントワーヌ・ローラン/著 、吉田洋之/訳

2,052円(税込)

本の仕様

発売日:2018/12/26

読み仮名 ミッテランノボウシ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
装幀 Yuki Kitazumi/イラストレーション、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 196ページ
ISBN 978-4-10-590155-4
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、文芸作品
定価 2,052円
電子書籍 価格 2,052円
電子書籍 配信開始日 2019/01/18

舞台は1980年代。時の大統領ミッテランがブラッスリーに置き忘れた帽子は、持ち主が変わるたびに彼らの人生に幸運をもたらしてゆく。うだつの上がらない会計士、不倫を断ち切れない女、スランプ中の天才調香師、退屈なブルジョワ男。まだ携帯もインターネットもなく、フランスが最も輝いていた時代の、洒脱な大人のおとぎ話。

著者プロフィール

アントワーヌ・ローラン Laurain,Antoine

1970年代初頭、パリ生まれ。大学で映画を専攻後、シナリオを書きながら短編映画を撮り、パリの骨董品屋で働く。自分そっくりの18世紀の人物画を手に入れたコレクターをめぐる小説『行けるなら別の場所で』で作家デビューし、ドゥルオー賞を受賞。『煙と死』『ノスタルジーの交差点』に続く4作目となる『ミッテランの帽子』は、ランデルノー賞、ルレ・デ・ヴォワイヤジュール賞を受賞し、十数か国語に翻訳されている。

吉田洋之 ヨシダ・ヒロユキ

1973年東京生まれ。パリ第3大学学士・修士課程修了、同大学博士課程中退。フランス近現代文学専攻。訳書にエリック・フォトリノ『光の子供』がある。

書評

「神」の御利益あらたかな帽子

野崎歓

 懐かしさをかきたてられながらこの小説を読んだ。個人的な話で恐縮だが、本書の物語が繰り広げられる1986年秋からの数年間は、まさにぼくがパリに留学していた時期なのである。
 だから作中に登場する細部の多くに思い出がある。しょっちゅう見ていたテレビ番組や、人気のあったタレント、よく買っていた雑誌など、固有名詞のいちいちがノスタルジックな感慨を誘う。そういえばセルジュ・ゲンズブールがまだ存命で、トーク番組に出て、きざっぽく煙草をふかしていたっけ。爆弾テロや要人暗殺などぶっそうな事件もあった。そして何といってもあの数年間、フランスはミッテラン時代だったのだ。
 フランソワ・ミッテラン大統領その人がブラッスリーに置き忘れた帽子を“猫ばば”して自分でかぶってみたら、なんとそれまでぱっとしなかった運勢が一変するではないか。そんな愉快な物語を支えているのは、当時ミッテランが非常な人気を博し、国民の強い信頼を勝ち得ていたという事実だ。
 政治家たちのパペットを用いた「ベベット・ショー」というお笑い風刺番組があった。そのなかでミッテランは、なぜか緑のカエルという姿に身をやつしながらも、自ら「神」を名乗って、他の面々とは格の違うところを見せつけていたのである。
「神」のご利益がいかにあらたかであったかを本書は描き出す。「帽子は帽子をかぶる人にそれをかぶらない人以上の威厳を与える」のは当然だとしても、それがミッテランの帽子となれば――「ナノ粒子ほどの極小の目に見えない何かが非物質的な形で帽子に残っていて、その何かが運命の息吹をもたらしたのだ」。
 結果として、会社員はたちまち出世の道を歩み出し、不倫の恋をだらだらと続けていた女性作家志望者は会心の作をものして、ただれた関係もすっきりと清算。さらに、才能が枯渇し沈黙を余儀なくされていた調香師は、香水界に華々しくカムバックを遂げる。
 という具合に、一人に拾われた帽子がまた別の人物の手に渡り、次々に連鎖を描き出していく「輪舞」式の構成がしゃれている。持ち主がだれになろうと、「ナノ粒子」の効き目はいっこうに衰えない。他方、せっかく拾ったミッテランの帽子をうっかり置き忘れてしまった会社員は、自分の運勢が上向いたことと帽子のあいだの強力な相関関係を確信し、なんとか帽子を取り戻そうとして懸命の捜索を試みる。やがて大統領その人がふたたび登場し、物語はいよいよ佳境を迎えるのだ。
 帽子の引き起こす出世譚と、それに付随するドタバタ劇によってあぶり出されるのは、大統領の地位からは程遠い庶民たちの人生模様だ。帽子ひとつに踊らされるさまは滑稽でもあり、筆致には皮肉もこもる。しかし登場人物たちに向けられた作者の目は温かだ。市民が大統領と直接につながる契機があってこそ「共和国」の名にふさわしいではないかと言いたげである。
 それにしても、フランス全土で「黄色いベスト」の騒乱が吹き荒れる2018年晩秋にこの本を読むのはなかなか複雑な気分でもあった。ミッテラン後、彼のように支持を集める大統領はひとりも現れていない。シラク、サルコジ、オランド。人気は下がっていく一方だ。若きエマニュエル・マクロンがそんな状況を打破するのかと思いきや、就任から一年少々で深刻な危機に直面している。思えばミッテランは幸せだ。没後も忘れられるどころか、こんな軽妙な小説で自分自身の役を演じることができたのだから。さらに一昨年、彼の公然たる愛人だったアンヌ・パンジョ宛の手紙を、アンヌ自らが一冊にまとめた本が、名門ガリマール書店から刊行された。三十年以上におよぶ書簡集、全体は一二〇〇ページを超える大冊である。
 さすがに非難の声が上がるかと思いきや、情熱的かつ格調高い手紙の文体が絶賛され、いっそう故大統領の株が上がる結果となった。
 なぜミッテランだけがかくも厚遇されるのか? 本書の読者はみな思うだろう――その秘密は帽子にあるのだ、と。

(のざき・かん 仏文学者・東京大学教授)
波 2019年1月号より
単行本刊行時掲載

短評

▼Onuki Taeko 大貫妙子
1980年代、私はパリと東京を行き来する暮らしを送っていた。レストランのソムリエの仕草、ワイン(講釈つき)、料理、誰もが知る香水の名、服のブランド、絵画、そして秋の公園に舞う落ち葉の香り。どのページからも纏いつくように記憶が立ちのぼり、懐かしい。ミッテラン大統領が失くした帽子が旅をし、手にした人たちの運命を変えてゆく。1986年、議会総選挙で大敗したミッテランが再びその座を取り戻すまでの2年間の物語。わくわくして、読み始めたら止められない。でも、帽子が幸運をもたらしたとしても、それは本当は、それぞれの人に眠っていた力なのだ。あなたは、いつどこで帽子を手にとるだろうか。

▼Le Figaro ル・フィガロ紙
ページをめくりながらなされる1980年代真っ只中の美しき散歩は、マルセル・エイメを思い起こさせる。これは最大級の賛辞である。

▼Marie France マリー・フランス誌
独特で愉快な、サプライズ入りチョコレートのような味わい。

▼L'express レクスプレス誌
愉快なフィクション、巧みなシナリオ、驚くべき小説……確かに表現はシンプルだが、抵抗は不可能。脱帽!

▼Europe 1 ユーロップ1・ラジオ
アントワーヌ・ローランは的確かつ詳細な文体で、1980年代の雰囲気を驚くほどありありと蘇らせ、現代の寓話を作り上げた。

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