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赤いモレスキンの女

アントワーヌ・ローラン/著 、吉田洋之/訳

1,980円(税込)

発売日:2020/12/21

書誌情報

読み仮名 アカイモレスキンノオンナ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
装幀 Yuki Kitazumi/イラストレーション、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 188ページ
ISBN 978-4-10-590170-7
C-CODE 0397
定価 1,980円
電子書籍 価格 1,980円
電子書籍 配信開始日 2020/12/21

男はバッグの落とし主に恋をした。手がかりは赤い手帳とモディアノのサイン本。

パリの書店主ローランが道端で女物のバッグを拾った。中身はパトリック・モディアノのサイン本と香水瓶、クリーニング屋の伝票と、文章が綴られた赤い手帳。バツイチ男のローランは女が書き綴った魅惑的な世界に魅せられ、わずかな手がかりを頼りに落とし主を探し始める。英王室カミラ夫人も絶賛、洒脱な大人のおとぎ話第二弾。

書評

まだ見ぬ女性の〈声〉に打たれた書店主は

辻山良雄

 本書の主人公は書店主である。それも家業を受け継いだわけではなく、銀行でのキャリアをなげうち、自ら進んで書店の仕事に金と人生をつぎ込んだ男……。
 日本にも時々そうしたローランのような人物がいて、わたしもそのひとりだ。わたしたち自営業の書店主は、自らの人生を、この手で掴むようにして生きたいといった実存的な欲求に駆られ、店をはじめる。つまりは大好きな〈本〉に、いつでも囲まれていたいのだ。そうした人間はオフィスにいると、いつしか「自分は人生を台無しにしている」と思いこむようになり、やむにやまれぬ気持ちで「手すりを乗り越えて」しまうのかもしれない。
 しかしローランがそのように、〈本〉に憑かれやすい人物であったからこそ、残されていたハンドバッグに入っていた「モディアノ」は、見逃されずにすんだともいえる。彼は朝の散歩途中で見つけた、遺失物と思われる女性用のハンドバッグを、様々な事情から警察に届けることができなくて、それを一旦持ち帰った。誘惑に負けハンドバッグを開いてみると、そこには持ち主の女性を示す様々な身の回りの品と一緒に、滅多に人前に姿を現すことのない、伝説的な作家パトリック・モディアノのサイン本が入っている。そのとき彼は「動きを止めた」のであった。
 書店主にとってみれば、商売の源泉である〈本〉を生み出す作家は創造主、さらにいえば“神”のような存在である。彼はバッグの持ち主をつきとめようと、探偵さながらの行動にでるが(ローランはここでも程度を乗り越えてしまう)、その心境は砂漠のなかで信仰を同じくする人と、運命的に出会ったようなものではなかったか。自分が危うい行動に出ているとは知りつつも、「同じ作家を愛する」という幸運な符合に、彼は賭けてみたくなったのだろう。
 そしてバッグには、もう一つローランの心を大きく動かすものが入っていた。見知らぬ女性の秘めた思いが、数十ページにわたり綴られた、赤いモレスキンの手帳である。
 私は人物の登場しない風景画が好き。
 私は赤アリが怖い。

 本書のもう一人の主人公である、ロールの〈好き〉や〈怖い〉もののリストは、このようにして続いていくのだが、それは本来、人に見られるはずのものではなかった。彼女だけのものであったそのことばは、それを読んだローランのなかで、次第に消すことのできない存在となっていく。
 ことばには、読んだ人を掴まえてしまう力があるのだろう。手帳に書き付けられたロールのリストは、ローランだけに宛てられた手紙として、彼の心の奥底に直接届いてしまったのかもしれない。いまは見たものや思ったことが、すぐさまSNSで拡散されていく時代だが、そこで使われることばの多くは、一瞬のあいだ人目に触れ、あとは流されてしまう消費財のようなものだ。本書でローランは、まだ見ぬロールの〈声〉に打たれ、彼女のもとへ辿りつこうとするが、それはことばを生業とし、その力を信じている書店主らしいふるまいともいえる(その一方で物事に急な展開を与えるのは、彼の現代的な娘であることが面白い)。
 こうしたひそかな追跡を、完成度の高い、芳醇な物語にまで膨らませているのは、著者の確かな技量である。書店の描写は見てきたように鮮やかだし、使われている多くの固有名詞が、いまパリで生きることの息吹を伝えている。人物たちはそれぞれの個性を見せつつも、その違いがかえって重層的なアンサンブルとなり、著者の振るタクトによって、最終的には一つの流れに収斂される。
 そうしたすべての動きが自然であり、読んでいてストレスを感じさせない。この感じ、どこかで体験したことがあるなと思っていたら、エリック・ロメールやフランソワ・トリュフォーといった、同じ国の巨匠の名前がすぐに思い浮かんだ。そう、楽天的でありながら、生きるほろ苦さをしっかりと残した美しいフィルムの数々である。
 いろいろ大変だけど、生きること自体がすばらしく、かけがえのないものなんだ。
 そうしたメッセージが伝わってくる、大人のための人生賛歌である。

(つじやま・よしお 書店「Title」店主)
波 2021年1月号より
単行本刊行時掲載

短評

▼Tsujiyama Yoshio 辻山良雄
ゴミ箱の上に置かれていた、女性のハンドバッグに入っていたのは、サイン入りの「モディアノ」と、彼女の断片が書き綴られた赤いモレスキンの手帳だった。ときに一冊の本は、その持ち主に対する想像をかき立てずにはおかない。書店主のローランはバッグの本を見た瞬間から、まだ見ぬ女性がまったくの他人だとは思えなくなったのだろう。偶然や可能性、くり返しといった要素がストーリーを巧みに彩り、この世界が時おり見せるいとおしさが詰まった、極上の一冊。本と人生をこよなく愛する人であれば、きっと気に入るに違いない。

▼Camilla,Duchess of Cornwall コーンウォール公爵夫人カミラ
巧みで、愉快な小説。完璧なパリの傑作。

▼Le Figaro litteraire ル・フィガロ紙
春のように爽やかな小説。アントワーヌ・ローランは捉えどころのないパトリック・モディアノの影の中から、驚くべき恋愛劇を紡ぎ出した。

▼Marie France マリー・フランス誌
『ミッテランの帽子』で読者を虜にしたアントワーヌ・ローランが、『赤いモレスキンの女』を引っ提げて戻ってきた。ローラン特有のユーモアと不可思議さで、愛と偶然の戯れが蘇る。

▼Elle エル誌
エンディングが知りたくてたまらない。たとえ、すべての優れた恋愛劇がそうであるように、初めから結末を予想できたとしても。

著者プロフィール

1972年パリ生まれ。大学で映画を専攻後、シナリオを書きながら短編映画を撮り、パリの骨董品屋で働く。自分そっくりの18世紀の人物画を手に入れたコレクターをめぐる小説『行けるなら別の場所で』で作家デビューし、ドゥルオー賞を受賞。『煙と死』『ノスタルジーの交差点』に続く『ミッテランの帽子』でランデルノー賞、ルレ・デ・ヴォワイヤジュール賞を受賞、世界的に注目を集めた。『赤いモレスキンの女』も20か国以上の言語に翻訳され、ドイツ語版がベストセラーに、イタリア語版はジュゼッペ・アチェルビ賞を受賞した。フランスでは映像化の企画が進んでいる。

吉田洋之

ヨシダ・ヒロユキ

1973年東京生まれ。パリ第3大学学士・修士課程修了、同大学博士課程中退。フランス近現代文学専攻。訳書にアントワーヌ・ローラン『ミッテランの帽子』、エリック・フォトリノ『光の子供』がある。

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