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ハロー、ベイビー

キム・ウィギョン/著 、小山内園子/訳

2,145円(税込)

発売日:2026/06/24

  • 書籍

ねえ、今度はきっと生まれてきてくれるよね──。

ソウルにある不妊治療の専門病院で出会った六人の女性たちが作ったトークルーム「ハローベイビー」。ある日、一年間音沙汰のなかった46歳のメンバーから「赤ちゃんを産んだ」という知らせが入り、仲間たちは驚きつつ喜ぶが……。合計特殊出生率が世界最下位レベルの韓国で、希望の果てにある赦しを描いた長篇小説。

書誌情報

読み仮名 ハローベイビー
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
装幀 Ayaka Otsuka/Illustration、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 168ページ
ISBN 978-4-10-590209-4
C-CODE 0397
ジャンル 文学・評論
定価 2,145円

書評

追いつめられた女性たちにやがて芽生えたもの

最相葉月

 二十数年前、韓国の生命倫理法に詳しい研究者にこんな話を聞いた。韓国では有名大学の女子学生を頂点とする卵子ドナーの階層化が進み、中国から移住した朝鮮族の卵子がとりわけ安価で流通していると。私は中国朝鮮族の女性の身元引受人をしているため、彼女たちが韓国で出稼ぎをしていることは知っていたが、不妊治療に南北問題があることに愕然とした。
 その後の法改正で卵子売買は罰則付きで禁止され、法律婚の夫婦を対象に第三者からの無償供与のみ認められることになったものの、排卵誘発剤の投与や侵襲性の高い卵子採取の負担を考えるとボランティアのハードルは高い。実際はドナー不足や父系を重視する伝統的な家族観を背景に、闇ルートや海外への生殖ツーリズムがたびたび報じられてきた。
 2018年には韓国の合計特殊出生率が国連加盟国で初めて「1」を切り、世界最低水準が続く。さすがに危機感を抱いた政府は所得や年齢制限も撤廃した「異次元の少子化政策」を打ち出し、二五年単年で「韓国内の全出生児の約五人に一人(19・2%)が政府の不妊治療支援によって生まれた」(保健福祉部)という。主要企業も不妊治療費の補助や有給の不妊治療休暇を認めるなど、不妊治療は今や韓国の最重要インフラになっている。
『ハロー、ベイビー』はそんな国の、三十代後半から四十代の女性たちの群像を描いた小説だ。共通点は高い実績を誇る不妊治療専門病院を受診し、オンラインのトークルーム「ハローベイビー」で連絡を取り合っていること。ノンフィクション作家を目指す四十四歳のムンジョン、三十八歳の専業主婦ジウンはじめ、四十四歳の離婚専門弁護士、三十七歳の獣医、三十七歳の警察官などさまざまな背景をもつ女性が登場する。
 仕事が忙しく経済的な余裕もなかったムンジョンが子どもを欲しいと思ったのは、小説家の夫の仕事にようやく光が差した時。ところが医師に「なんで今頃来たんですか?」と詰め寄られ、治療が簡単ではないことを知らされる。夫は快楽と共に精液を採取するだけなのに、妻はさんざん注射を打たれ、卵子を採取され、胚を移植される。一度で成功などありえず、移植しては失敗、着床しても流産を繰り返すが、夫は妻の苦しみを理解できない。「自分には友達が必要」と気づいたムンジョンは一人ずつ、病院で知り合った女性たちをトークルームに招待する。
 そこは病院で「高齢」と呼ばれる彼女たちの分かち合いの場であり、時に夫に対する糾弾大会になった。人工授精と体外受精の違いも知らない夫、手術直後の妻に旧正月は実家で過ごそうと言うマザコン夫、嫁の胚にまで口を出す姑……。夫婦の温度差や実家の問題は共感できる読者も多いのではないか。ゴッドハンドと呼ばれる医師の存在や技術の進歩が必ずしも福音ではなく、女性たちを追い詰めていることもわかる。そこに父系尊重の伝統が重なると、女性たちには逃げ場がない。
 多囊胞性卵巣症候群(無排卵月経)で夫は無精子症というジウンが退職を決めた経緯はあまりにも切ない。会社に黙って治療を続けていたが、不妊治療で休職中の先輩に対する社内掲示板の心ない書き込みを読んでしまう。「このあと出産休暇、育児休暇までぜんぶ使って、退職金もらって辞めるんでしょ? 子どもを産むことの何が偉いっていうのさ。マジで女の恥」。自分たちの繁殖のために未婚女性を犠牲にするなという声もある。ジウンは自分に言われているようで傷ついたが、狙い撃ちされた先輩に慰めの言葉をかけることもできなかった。
 物語はある日、トークルームをご無沙汰していたジョンヒョから突然、出産報告があったところから動き出す。ジョンヒョは三十歳から十五年間も不妊治療に通い、二十七回の体外受精を経験していた。夫は貿易商で出張が多いため、家では姑とほぼ二人暮らし。病院にも姑が同行していた。これ以上治療はやらないと宣言して約一年、みんな嫉妬を抱きながらも、最年長四十六歳の出産に心を動かされて祝いに駆け付ける──。
 著者も不妊治療の経験者で、同様の経験をもつ女性たちの話を聞くうちに「妊娠以前の物語」が存在することを知ったという。わが子に「会いたい」という、ただそれだけのためにつらい治療に耐え、周囲の無理解に傷つけられてきた女性たちの間にやがて芽生える連帯のかたちには賛否両論あるだろう。だがこれは非婚化、晩婚化が進む日本の明日かもしれない。少なくとも私は、彼女たちの涙に見覚えがある。

(さいしょう・はづき ノンフィクションライター)

波 2026年7月号より
単行本刊行時掲載

短評

▼Saisho Hazuki 最相葉月

世界最低の合計特殊出生率が続く韓国でいったい何が起きているのか。舞台は、30代から40代の既婚女性が殺到する不妊専門クリニックとSNS。わが子に「会いたい」、ただそれだけを願い、終わりの見えないつらい治療に耐える女性たち。だがその想いは、父系家族制度を重んずる伝統的な価値観や世間の無理解にいとも簡単に砕かれていく。やがて芽生えた連帯のかたちを、だれが非難できるだろう。非婚化、晩婚化が進む日本も同じ道を歩んでいる。彼女たちの涙はきっと、あなたの涙だ。


▼Seo Yu-mi ソ・ユミ

『ハロー、ベイビー』は、少子化時代に子どもを産もうと孤軍奮闘する女たちの物語であると同時に、挫折と失望の瞬間に互いを思いやり、手を取り合う女たちの物語でもある。作家が丁寧に描いた「不妊」という現場に、読者は自身の願いがこもるどんな単語をあてはめてもかまわない。この小説は、まさにそうした熱望の瞬間と、それが過ぎ去った後の失望、それでも残る同志愛を描いているのだから。


▼Lydia Kiesling リディア・キースリング

今日、世界中でたくさんの人々が背負っている、痛みをともなう妊娠・出産への願いをユーモアをまじえつつ人間味あふれる形で照らし出している。登場人物たちの造形はすばらしく、ストーリーは魅力的で真に迫るものがある。


▼Anna Hogeland アンナ・ホーゲランド

つらくても切望し、誰にもわからない未来を見つめ、絶えず希望を抱く女性たちの物語『ハロー、ベイビー』は古代ギリシャ劇の合唱隊の歌のように響く。本作は体外受精で子どもをもつことについて詳細に書かれているだけでなく、女性たちの友情と互いを支え合う様子を輝くように描いている。

著者プロフィール

キム・ウィギョン

Kim Eui-kyung

1978年生まれ。2014年、韓国経済新聞社の新春青年文芸コンテストに『青春破産』が入選して作家デビュー。2018年、長篇小説『コールセンター』で第6回秀林(スリム)文学賞受賞。他の作品に短篇集『ショールーム』『ドリアンの味』、エッセイ集『生活という季節』がある。

小山内園子

オサナイ・ソノコ

1969年生まれ。NHK報道局ディレクターを経て、延世大学などで韓国語を学ぶ。社会福祉士としても活動。ク・ビョンモ『破果』で第15回翻訳ミステリー大賞受賞。著書に『〈弱さ〉から読み解く韓国現代文学』、『2人は翻訳している』(すんみ氏との共著)、訳書にキム・ユダム『ケアする心』、カン・ファギル『大丈夫な人』、チョ・ナムジュ『耳をすませば』などがある。

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