はじめてであう安野光雅
2,420円(税込)
発売日:2023/11/01
- 書籍
ふしぎで愉快、繊細だけれど大胆な絵と言葉の世界へようこそ!
『あいうえおの本』「はじめてであう すうがくの絵本」「旅の絵本」シリーズ……。気づけばいつも身近にあった画家ANNOの絵と言葉の世界をまるごとご案内! 生涯に150冊あまりを手がけた絵本はもちろん、エッセイ、旅の画文集、装幀、教科書づくりなどの仕事も。デビュー作から遺作までを網羅する著作リスト付き。
◇安野光雅 私の週間食卓日記
童話屋・田中和雄さんに聞く絵本誕生秘話
「画家の余技」を超える自在さと創意、そして透明感――
◇安野光雅 最近装丁した本
切手とシールの小宇宙
安野先生の姿を追いかけて
◇安野光雅 四月のプラン
◇安野光雅 粘土やさんのこと
2 絵を見る力 談 tupera tupera
3 安野光雅展をつくる 談 林綾野
4 安野さんの笑顔 文 松岡和子
5 ずっと探していた本 文 吉田篤弘
6 “読む美術館”へようこそ 文・絵 ナカムラクニオ
森の中の家 安野光雅館
書誌情報
読み仮名 | ハジメテデアウアンノミツマサ |
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シリーズ名 | とんぼの本 |
装幀 | 『あいうえおの本』『天動説の絵本―てんがうごいていたころのはなし―』『旅の絵本V』より原画3点を合成 津和野町立安野光雅美術館蔵(画像提供も)/カバー表、(C)空想工房/カバー表、仁木順平/ブックデザイン、nakaban/シンボルマーク |
雑誌から生まれた本 | 芸術新潮から生まれた本 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | B5判変型 |
頁数 | 144ページ |
ISBN | 978-4-10-602305-7 |
C-CODE | 0371 |
ジャンル | 絵画、芸術一般 |
定価 | 2,420円 |
書評
天使の目を持つ画家を読み解く
安野光雅は、双眼鏡をひっくり返しながら世界を見つめた画家だ。「天使の目」で人間が本来行けないような高い場所から、ささやかな日常を描いたのだ。言葉にしようとすると、あてはまる言葉が見つからない。生涯に150冊も解けない謎のような絵本を残したが、単に「絵本作家」「装丁家」とも呼べないところも実に興味深い。隠された数字と遊び心で、考えることを刺激する装置を世に送り出した発明家なのだと思う。
1926年、島根県の津和野町に生まれた安野光雅は、美術の教師を続けながら絵を描き続け、42歳の時、絵本『ふしぎなえ』でデビューした。とにかく線も色も美しく、優しさがあふれている。これは日本に残る数少ない桃源郷「津和野」という故郷が大きな影響を与えていると思う。山陰の小京都と呼ばれる島根県津和野は「飛び出す絵本」のような場所だ。時代劇のセットにも見える白壁が続き、城下町の面影を色濃く残している。用水路には絵の具で塗ったような色とりどりの巨大な鯉が2万匹も泳いでいる。非現実的な風景だが、まぎれもなく現実の町だ。朱色に輝く約1000本の鳥居が並ぶ太皷谷稲成神社は、エッシャーのだまし絵のようにどこまでも続いている。教会の畳には、ステンドグラスの光が抽象画のように差し込んでいた。また代々津和野藩の藩医だった森鴎外一家の存在も大きいだろう。文豪を育んだ町に生まれたことで自分も何かできると考えたのではないかと思う。ちなみに安野さんが通っていた津和野小学校から歩いて10分くらいのところに森鴎外の生家が残されている。実際に、童話作家アンデルセンの自伝的名作であり、森鴎外が訳した『即興詩人』は、安野さんにとって最も重要な作品のひとつになっている。のちに本人も口語訳や画文集を手がけ、「無人島に持っていくならこの一冊」だと語っているほどだ。とにかく、安野光雅とは津和野というふしぎな町で生まれたふしぎな天才なのだ。
そんな天才を本格的に読み解く本が、ついに登場した。とんぼの本『はじめてであう安野光雅』だ。なんとデビュー作から遺作まで、およそ290冊もの著作リストが付いている。安野光雅史上、初めて全体を俯瞰して関係者が語る日が来たのだと感慨深く読んだ。画家の人生を追いかけたドキュメンタリー映画を見ているようにも感じた。もちろん知っているようで知らないことがたくさん書かれていた。安野さんは「学校の教師を辞め、途方に暮れていた時、中央線の中でお告げのようなものを感じ、絵が描けるようになった」とか、「本を読んだ人と読んでいない人では顔つきが変わると信じている」といったエピソードも面白い。
美術教員時代より興味を持っていた「教科書づくり」の話や、実際に使われていた三鷹市立三鷹第五小学校の教育プランも掲載されている。色あつめ、抽象図案、ブックカバー制作、水彩絵具と色彩、図案のリズム、椅子のデッサン、染色などが、授業の計画に入っている。これは、まさに安野さんが尊敬していた画家クレーが1920年代にドイツの美術学校「バウハウス」で教えていたプログラムだ。クレーがカンディンスキーと共に考えた授業を、日本の美術教育に応用したかったのではないかと思う。安野さんは、ベルンでクレーの展覧会を見たときに、「決定的に打ちのめされ、立ち上がれないほどだった」と語っている。「画家の中で誰が一番好きか?」と聞かれたら、いつも「クレーだ」と答えているほどの熱狂的なファンなのだ。絵が上手く描けない時は、いつも彼の画集を目の前に置き、クレーの霊験にすがろうともしていたらしい。それくらい影響を受けている画家なのだ。
……と、こんな細かいことまで書いてある『はじめてであう安野光雅』は、よく知っている人にも、知らない人にも、もう一度「安野光雅にはじめてであう」手引書になるだろう。この本を地図のように片手に持って、天使になった安野光雅に会いに行けばよいのだ。
(なかむら・くにお 「6次元」主宰/美術家)
波 2023年11月号より
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著者プロフィール
安野光雅
アンノ・ミツマサ
(1926-2020)1926年、島根県津和野生れ。画家。山口師範学校研究科修了。1950年に上京、三鷹市や武蔵野市などで図画工作科の小学校教員をつとめる。1962年に教員を辞し、画家として独立。1968年『ふしぎなえ』で絵本作家としてデビュー。ボローニャ国際児童図書展グラフィック大賞、国際アンデルセン賞画家賞など受賞多数。1988年紫綬褒章、2012年文化功労者。2020年12月逝去。著書に『ABCの本 へそまがりのアルファベット』『あいうえおの本』「はじめてであう すうがくの絵本」シリーズ、『繪本 平家物語』「旅の絵本」シリーズなどの絵本、『津和野』『旅の風景』などの画文集、『空想工房』『算私語録』などのエッセイ集ほかがある。
森田真生
モリタ・マサオ
1985(昭和60)年東京都生れ。独立研究者。東京大学理学部数学科を卒業後、独立。2023年11月現在は京都に拠点を構えて研究を続けるかたわら、国内外で「数学の演奏会」「大人のための数学講座」「数学ブックトーク」などのライブ活動を行っている。2015(平成27)年に発表した初の著書『数学する身体』で、小林秀雄賞を最年少で受賞。2022(令和4)年、『計算する生命』で河合隼雄学芸賞受賞。他の著書に『数学の贈り物』『僕たちはどう生きるか』、編著に岡潔著『数学する人生』がある。