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不干斎ハビアン―神も仏も棄てた宗教者―

釈徹宗/著

1,320円(税込)

発売日:2009/01/23

  • 書籍

出家、改宗、棄教――。世界に先がけて、東西の宗教を知性で解体した男。

禅僧から改宗、キリシタン全盛の時代にイエズス会の論客として活躍するも、晩年に棄教。世界に先がけて東西の宗教を解体した男は、はたして宗教の敵か、味方か? 独自の宗教性と現代スピリチュアリティとの共通点とは? はたしてハビアンは日本思想史上の重要人物か――。その生涯と思想から、日本人の宗教心の原型を探る。

目次
まえがき
第一章 発掘されるハビアン
第二章 『妙貞問答』が語るもの
第三章 ハビアンの比較宗教論
第四章 林羅山との対決、そして棄教
第五章 『破提宇子』の力
第六章 ハビアンと現代スピリチュアル・ムーブメント
終章 ハビアンの見た地平
あとがき
参考文献

書誌情報

読み仮名 フカンサイハビアンカミモホトケモステタシュウキョウシャ
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-603628-6
C-CODE 0314
ジャンル 宗教、ノンフィクション
定価 1,320円

インタビュー/対談/エッセイ

世界初の比較宗教学者

釈徹宗

 今から約四百年前、『妙貞問答』という著作で仏教・儒教・道教・神道を細密に研究した上でことごとく批判し、その後晩年になってキリスト教の批判書『破提宇子』を著した不干斎ハビアン(巴鼻庵)という日本人がいた。元・禅僧であったがクリスチャンへと改宗し、日本人キリシタンの中心的存在として活躍。日本キリシタン教団の理論的支柱であったと言ってよい。そして、林羅山を始め、多くの論者とも宗教論争を戦わせている。
 しかし、なぜか突如としてハビアンはキリシタンを棄教する。しかも修道女を道連れにして……。キリシタン教団が大きな勢力をもっていたこの時期、彼がなぜ禅僧からキリシタンへと改宗し、またなぜキリシタンを棄教したのか。わずかな記述から推理する他はない。とにかく、彼の著作である『破提宇子』は、キリシタン教団から「地獄のペスト」と呼ばれ、怖れられたという資料が残っている。
 それにしても、ヨーロッパでキリスト教が相対化され、各宗教との比較論が始まる二世紀以上前のことである。ゆえに、その当時、仏教からキリスト教までを批判した地平を見た唯一の人物、世界初の比較宗教学者と言ってもよいかもしれない。そのような人物が、十六~十七世紀の日本にいたこと自体驚きである。
 昨年末、拙論文「不干斎ハビアン論」が第五回涙骨賞優秀賞(中外日報社)を受賞した。審査員の一人である宗教学者・中沢新一氏の選考評には「知らないことばかりが書いてあって、とても面白かった」とあった。確かに不干斎ハビアンは一般に知られた人物ではない。ハビアンというクリスチャンネームを聞いただけでは、どこの国の人物かさえわからない(禅僧時代は恵俊という僧名だったようだ)。キリシタン研究者の間では有名な人物なのだが、棄教者であるためキリスト者(キリシタン研究者にはクリスチャンが多い)からは否定的評価も多く、論評されることが少ないのかもしれない。また、『妙貞問答』の「上巻」が発見・公表されたのも、意外と近年のことであり(そのため、岩波書店『日本思想大系』には、「中巻」と「下巻」しか収録されていない)、ハビアンという人物の全容がほぼ解明されたのも1970年代になってからである。
 いずれにしても、その特異な経歴と著作には興味をもたずにはおれない。本書では、ハビアンの生涯、『妙貞問答』、そして『破提宇子』を分析・解読することによって、彼がたどり着いた世界を垣間見る。そして、実はすべての宗教体系を相対化した先に広がっていた光景は、意外にも現代人の身近なところにある。ハビアンの思想軌跡を追体験することによって、現代人の宗教性の正体も見えてくるのだ。

(しゃく・てっしゅう 僧侶・兵庫大学准教授)
波 2009年2月号より

担当編集者のひとこと

不干斎ハビアン―神も仏も棄てた宗教者―

 その男、宗教の敵か、味方か? 不干斎ハビアン?
 まずご説明をすると、ある人物の名前です。
 どこの国の人でしょうか? 山本モナ、みたいに日本とどこかの国の「ハーフ」でしょうか? 
 いいえ、純粋な日本人です。出家し禅僧となった後にキリシタンに改宗したため、このような不思議な名前なのです。
 いつの時代の人でしょうか?
 1565年、桶狭間の戦いの五年後、戦国時代の真っ只中に生まれ、織豊時代を生き、1621年、第二代将軍徳川秀忠の時代に没しました。
 いわば歴史上の人物であるわけですが、相当な日本史通でもその名前を耳にしたことはないと思われます。しかしこの不干斎ハビアン、日本の宗教史いや思想史上看過できない、まことに重要な人物なのです。
 禅僧からキリシタンに改宗し、当時日本を席捲したイエズス会の理論的支柱として活躍、仏教とキリスト教を比較し、前者をコテンパンにして後者の優位を語る、世界で初めて東西の宗教を比較検討した『妙貞問答』という本を著します。この『妙貞問答』がおもしろい。「ブッダは結局人間」「仏教も儒教も神道も畢竟同じもの」「すべては『空』なんて、この世の始まりを説明しない仏教では救われない」と、仏教を批判してキリスト教の優位を説いていきます。しかしこのハビアン、元は禅僧だっただけに当然のことながら仏教にめちゃくちゃ詳しい。その仏教批判を読んでいくと、逆説的に仏教の本質がよくわかる。いわんやキリスト教に関しても。
 当時最高の知識人であった林羅山と論争をするなど、キリシタン全盛の時代にあって縦横無尽に活躍したハビアンですが、突如行方をくらまし、沈黙を守ります。その間、豊臣秀吉や徳川幕府によって、キリシタンへの取り締まりが厳しくなり、後に続くキリシタン禁制の時代を迎えます。そうした風潮に影響されたのかどうか、ハビアンは再び姿を現します。しかしなんと、あれだけ称揚し自らも深く信仰したキリスト教批判の急先鋒として登場したのです。ご丁寧にキリスト教批判の本まで用意していました。それが『破提宇子(はだいうす)』です。
 つまりハビアンは出家して改宗して棄教したのです。こんな人物、他にいるでしょうか。はたして彼は不節操な転向者なのでしょうか? それとも新しいタイプの宗教者なのでしょうか?
 この謎にみちた人物の生涯と思想に、浄土真宗の僧侶である著者が迫ったのが本書であります。『妙貞問答』『破提宇子』を読み込み、その宗教性、晩年に至った境地を、同じく宗教者である著者が明らかにしていきます。詳しくは本書をご覧になっていただくとして、ハビアンのこの特異と思える宗教性が、実は現代日本人の宗教性と極めて近いところにある、という結論部分は読み応え十分です。

2016/04/27

著者プロフィール

釈徹宗

シャク・テッシュウ

1961(昭和36)年大阪府生まれ。僧侶。宗教学。相愛大学副学長・人文学部教授。論文「不干斎ハビアン論」で涙骨賞優秀賞(第五回)、『落語に花咲く仏教』で河合隼雄学芸賞(第五回)、また仏教伝道文化賞・沼田奨励賞(第五十一回)を受賞している。著書に『法然親鸞一遍』など。

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