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世界文学を読みほどく―スタンダールからピンチョンまで【増補新版】―

池澤夏樹/著

2,145円(税込)

発売日:2017/03/24

  • 書籍

池澤版『世界文学全集』は、ここから始まった!

「世界が変われば小説は変わる」――稀代の読み手にして実作者が、『カラマーゾフの兄弟』『ハックルベリ・フィンの冒険』『百年の孤独』など10大傑作の面白さや世界との関わりを、21世紀の今に生きる人々に向けて語り尽くす。ロングセラーの京大連続講義に国際メルヴィル会議の講演を増補した、文学観・世界観の集大成。

目次
はじめに
九月十五日 月曜日 午前 第一回
総論―1
九月十五日 月曜日 午後 第二回
総論―2
九月十六日 火曜日 午前 第三回
スタンダール『パルムの僧院』
九月十六日 火曜日 午後 第四回
トルストイ『アンナ・カレーニナ』
九月十七日 水曜日 午前 第五回
ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
九月十七日 水曜日 午後 第六回
メルヴィル『白鯨』
九月十八日 木曜日 午前 第七回
ジョイス『ユリシーズ』
九月十八日 木曜日 午後 第八回
マン『魔の山』
九月十九日 金曜日 午前 第九回
フォークナー『アブサロム、アブサロム!』
九月十九日 金曜日 午後 第十回
トウェイン『ハックルベリ・フィンの冒険』
九月二十日 土曜日 午前 第十一回
ガルシア=マルケス『百年の孤独』
九月二十日 土曜日 午後 第十二回
池澤夏樹『静かな大地』
九月二十一日 日曜日 午前 第十三回
ピンチョン『競売ナンバー49の叫び』
九月二十一日 日曜日 午後 第十四回
統括
補講「国際ハーマン・メルヴィル会議」基調講演
メルヴィルとクウェスト、それにピンチョン
付録『百年の孤独』読み解き支援キット
あとがき
増補新版へのあとがき

書誌情報

読み仮名 セカイブンガクヲヨミホドクスタンダールカラピンチョンマデゾウホシンパン
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 464ページ
ISBN 978-4-10-603799-3
C-CODE 0390
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 2,145円

書評

世界文学の海原をへめぐる精神の航跡

野崎歓

 まず驚くのは、これが京大文学部の夏休み最終週に行われた集中講義の内容であることだ。京大といえば超マイペースで好きなように学園生活を送ることの許される大学である(最近は知らないが数十年前までは、確かそうだったはず)。そんな大学の学生たちが、休暇を端折って教室にやって来たのだ。しかも「あとがき」によれば出席者たちの「熱意は無言の圧力となってひたひたと押し寄せ」、池澤氏は日々、準備に追われたという。
 蒸し暑い京都の夏、世界文学の最高峰と目される、ということは今どきの学生諸君が自分とは無関係と決めつけている恐れのある古典の数々についての授業が、聴講者たちの心を見事にとらえた。その秘訣をぜひとも知りたいものである。
 大学教員のはしくれとして、どんなふうに講義がなされているかというテクニカルな部分に注目しつつ読み進めたのだが、そんな不純な動機はいつしか忘れ去り、そうか『ユリシーズ』ってこういう話だったのか、『百年の孤独』を昔に一度通読したきりというのはいかにももったいないな、などと読書への意欲をいたく刺激された。さらには、『パルムの僧院』は一種のおとぎ話で、古きよき時代の物語と強調されているけれど、主人公が戦場をさまよう冒頭は意味の剥奪された状況を描いて、現代性があったようにも思うのですが、などと質問したくなったりもした。要するに一人の学生としてわくわくと聴講させていただいたのである。
 われわれ世上一般の文学部教員には、テクスト第一主義が身にしみついている。作品の抜粋をコピーで配布し、一語一句に解説を加えるというやり方を捨てられない。だが池澤さんは配布資料に頼らず、「あまり厳密に論証せず」「雑談的に」話を進めておられる。この「雑談的」なやり方こそが作品へののびやかな共感と理解の発露であることを、読者は全編にわたって感じとる。
 たとえば『ユリシーズ』が言葉遊びに満ちていることはどんな教師だって解説するだろう。しかし池澤さんはそこから日本語の特異性に触れ、rightが「権利」となったことの弊害――「権理」のほうが適切だったのに、利益追求のイメージを負わされてしまった――にまで話が及ぶ。ジョイスに触発されての展開がスリリングだ。
 そうした自在な議論が、池澤夏樹という作家だからこそ可能であるのは確かだ。同時にそれが読者として、闊達で肩ひじ張らない、文学に対しとことん開かれた姿勢に支えられていることも間違いない。読みながら鋭敏に思考をはたらかせ、そしてさらに読み続ける。世界文学の海原をへめぐる精神の航跡が鮮やかに記されている。みなさんもじっとしていないで旅に出ましょうという快活な励ましのメッセージが、どのページからも伝わってくる。なるほどこれは、“国別文学”の壁を取り払って清新な風を吹かせた名講義にちがいない。

(のざき・かん フランス文学者・翻訳家)
波 2017年4月号より

著者プロフィール

池澤夏樹

イケザワ・ナツキ

1945(昭和20)年、北海道生れ。埼玉大学理工学部物理学科中退。ギリシア詩、現代アメリカ文学を翻訳する一方で詩集『塩の道』『最も長い河に関する省察』を発表。1988年「スティル・ライフ」で芥川賞を、1992(平成4)年『母なる自然のおっぱい』で読売文学賞を、1993年『マシアス・ギリの失脚』で谷崎賞を、2000年『花を運ぶ妹』で毎日出版文化賞を受賞。著書に『言葉の流星群』『憲法なんて知らないよ』『静かな大地』『世界文学を読みほどく』『きみのためのバラ』『カデナ』『氷山の南』『アトミック・ボックス』等多数。他に『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』もある。

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池澤夏樹
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文学賞受賞作家
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