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通信の世紀―情報技術と国家戦略の一五〇年史―

大野哲弥/著

1,540円(税込)

発売日:2018/11/22

  • 書籍
  • 電子書籍あり

真の「情報の支配者」とは――世界を動かした「見えない武器」の近現代史。

明治四年、一本の海底ケーブルに始まった「通信」のパワーゲームを日本はいかに戦ったか。政治、外交、軍事、諜報、経済……あらゆる資源を投下しても埋めきれなかった列強との差。疑心と慢心に敗れた情報戦としての太平洋戦争、そして戦後――。今なお拡大し続ける「情報の戦争」を源流から理解する、技術(テクノロジー)と戦略(ストラテジー)の興亡。

目次
 はじめに

第一章 海底ケーブル四万キロ
 (一)海底ケーブル網の誕生
岩倉使節団の国際電報/一二〇日間世界一周/電信とは何か/海底ケーブルの誕生/失敗が生み出した歴史/世界一周ケーブル網の完成
 (二)グレートノーザン電信会社の日本進出
電信の父、寺島宗則/守り抜いた通信主権/技術と資金の引き換えに失った国際通信主権/高い通信料金と少ない通信量
 (三)太平洋ケーブルの開通
難航した太平洋ケーブル敷設計画/長崎―対馬ケーブルの買収/先行した米中間ケーブル/太平洋ケーブル敷設を提言した寺内正毅/無線とケーブルを活用した日露戦争/太平洋ケーブルの開通/拡大する軍部の要求/割高な国際電報料金/グレートノーザン電信会社との交渉結果
第二章 無線電信の興隆
 (一)第一次世界大戦と無線通信
無線通信の普及と第一次世界大戦/ドイツケーブルを巡る列強諸国の思惑/幣原喜重郎vs.国務次官
 (二)中国における無線電信問題
三井無線計画と高橋是清/米国通信会社の中国進出/もう一つのワシントン会議/難航する三井無線局工事
 (三)民営化の推進
急増する通信量/日米電信株式会社設立計画/幻に終わった日本電信電話株式会社構想/日本無線電信株式会社の設立/主流となった短波無線/高橋財政と高騰する通信料金
 (四)太平洋戦争前の通信施策
日本独自、無装荷ケーブルの登場/和文電報が使える日満電信と日華電信/グレートノーザン電信会社からの陸揚げ権回収/国際電話と海外ラジオ放送の開始
第三章 近代日本暗号小史
 (一)近代暗号の誕生
暗号とは何か/暗号利用を提議した岩倉使節団/台湾出兵時の暗号電報/西南戦争と暗号電報
 (二)日露戦争、第一次世界大戦中の暗号利用
外務省暗号の改訂/バルチック艦隊を撃破した暗号/日英共同作戦はトーゴーとネルソン/暗号解読技術の進歩
 (三)暗号解読を巡る日米の攻防
米国に解読された日本の外交電報/ヤードレーの暴露/機械式暗号の導入/米軍による暗号解読(マジック情報)
第四章 そして対米最終通告は遅れた
 (一)論じ続けられる最終通告遅延問題
遅れた対米最終通告/定まらない「事実関係」/再燃した議論/新たなアプローチ
 (二)日米交渉の迷走
日米諒解案への期待/機密情報漏洩の疑惑
 (三)外務省と大使館
東条内閣の発足と甲案の提示/Very urgentと冒頭せらるることと致度し/外交電報の優先位/風暗号と隠語電報/外交を犠牲にせよ
 (四)対米最終覚書の送付
暗号機破壊の命令/一四分割して送られた「対米最終覚書」/「大至急」指定改竄嫌疑
 (五)発着信記録が語るもの
対米通告関係電報の発着時刻/電文の乱れ
 (六)開戦前夜の大使館
覚書一三本目までの解読/殺到した着信電報/はかどらない浄書作業
 (七)親電、隠語電報、風暗号
ルーズベルト大統領の親電/見落とされた隠語/混乱を招いた風暗号
 (八)通告遅延の原因
コミュニケーション・ギャップ/未解明の三項目/対米通告遅延問題とは何だったのか
第五章 通信の「敗戦」と「復興」
 (一)途絶えたケーブルと残された無線設備
解読され続けた外交電報/残された無線施設/短波無線による空中戦/通信で見る「ポツダム宣言」
 (二)GHQ統制下の通信事業
連合国軍の進駐と検閲・傍受活動/苦難のITU再加入/電電公社の誕生
 (三)そして国際舞台へ
寝耳に水の民営化計画/KDDの発足/KDDの重要課題
 (四)通信の「五五年体制」
電電公社によるKDD株保有問題/「郵政共済組合」という奥の手/解任されたKDD役員/通信の五五年体制
第六章 高度成長を支えた二つの「新技術」
 (一)海底同軸ケーブルの誕生
太平洋横断ケーブルの計画/社運をかけた一大事業/新技術の威力
 (二)通信、宇宙へ飛ぶ
スプートニク・ショック/米国が主導したインテルサット
 (三)続々と敷設された海底ケーブル
日本海ケーブルの開通/第二太平洋横断ケーブルの開通/もう一つの日中交渉
 (四)新技術時代の国際通信と軋轢の火種
急増した国際テレックスと国際電話/KDDと電電公社の成果/日米通信摩擦の萌芽
 (五)協調から競争へ
米英で進む通信の自由化/NTTの誕生/第二KDD問題の勃発/米英からの抗議/英国のグローバル・デジタル・ハイウェイ/携帯電話の登場と米国からの圧力
 (六)米国主導の通信網と米国国家安全保障庁
理想の通信網と諜報活動の両立
第七章 光海底ケーブルの登場とインターネットの衝撃
 (一)グローバル化を加速させた光海底ケーブル
太平洋域初の光ケーブル/太平洋ケーブル敷設競争/光ケーブルに敗れた衛星通信/インターネットの登場
 (二)自由化施策と市場争奪戦
過激な値下げ競争/巨大通信会社の合従連衡/モトローラ端末を振りかざしたカンター代表/NTT分離分割問題の小田原評定/外資開放の理由/行き詰った通信行政/取り払われた市場区分
 (三)インターネットの衝撃と競争の顛末
ラストワンマイルを制する者/海外進出を図ったNTTの成果/新たな勢力図/ソフトバンクの台頭
 (四)これからの通信主権と安全保障
インターネットと暗号/エシュロンへの疑惑/スノーデンの告発/インターネットと通信主権
 (五)「新しい時代」の光と陰
躍進する米国のIT企業/監視社会か、暴露社会か
 おわりに
 (資料)対米最終覚書概略
 註釈・参考文献

書誌情報

読み仮名 ツウシンノセイキジョウホウギジュツトコッカセンリャクノヒャクゴジュウネンシ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-603834-1
C-CODE 0365
ジャンル 歴史読み物、歴史読み物、歴史・地理・旅行記、歴史・地理・旅行記
定価 1,540円
電子書籍 価格 1,232円
電子書籍 配信開始日 2019/05/10

書評

“武器なき戦争”の前線に立つ

手嶋龍一

「カチリ」――石英のぶつかる音に秋の訪れを感じとる。井上靖は旧制中学の友が綴った三行詩に触発され、詩を紡ぎ始めたという。そのひそみに倣っていえば、光ファイバーは微小な石英ガラスを素材に得たことでインターネットの時代を切り拓いた。
 いまや地球という惑星の住人の過半が使うインターネット。人々は光ファイバーを介して深く結ばれ、これなしには日々の暮らしは営めないと『通信の世紀―情報技術と国家戦略の一五〇年史―』の著者はいう。銅材を使った海底同軸ケーブルなら電話回線にしてわずかに一千。だが光海底ケーブルとなれば数億、いや数十億もの通話が可能となる。
 通信回線が世界の風景を塗り替えてしまった現代史の瞬間に立ち会ったことがある。NHKのワシントン支局長として2001年9月の同時多発テロ事件に遭遇した時のことだ。「テロの世紀」の幕があがるわずか一週間前、大容量の光ファイバー回線が太平洋の海底を通って開通し、ハイビジョン映像を日本に伝送することが可能になった。
 超がつく高細密な画像を届ける光ファイバー回線が東京とワシントンを結び、いつ、いかなる時も、ハイビジョン映像によるニュース中継ができる環境が整った。そんな当たり前のことを――といまの若者は思うかもしれない。だが以前は、大事件が起きたらまず中継の衛星を押さえるため、各国の放送局と競わなければならなかった。ケネディ暗殺の衝撃的なニュースも衛星を介して日本に伝えられた。そんな時代がまだ続いていたのである。
 自爆テロの旅客機に襲われて炎上する貿易センターと国防総省のハイビジョン映像はいまも人々の脳裏に鮮明に焼きついているはずだ。昼夜にわたって十一日の間続いた中継放送は、光海底ケーブルの存在なしにはあり得なかった。
 だが、落とし穴は思わぬところに潜んでいた。光ケーブルはテロ事件の現場となったマンハッタンを経由していたのである。非常用の発電装置で回線は生きていたが、燃料切れの時刻が迫っていた。刻々と生放送を続けながら、代替の衛星を探さなければならなかった。電源が確保され、放送中断の危機は辛くも免れた。光ケーブルは生き残ったのだ。
 国際伝送路は、時代とともに海底電信ケーブルから無線通信へ、海底同軸ケーブルから衛星通信へ、さらには光海底ケーブルにと主役が交代していった。著者は「無線対有線の勝負は、有線に軍配が上がっている」という。
 本書は技術の変遷を漫然と辿った通信史ではない。「そして対米最終通告は遅れた」の章を読めば、その面白さ、ユニークさがわかるだろう。帝国海軍の空母機動部隊は、「開戦通告」なしに真珠湾基地に襲いかかった。アメリカのルーズベルト大統領は、十二月七日を「汚辱の日」と呼び、通告なき奇襲を卑劣な振る舞いと難じた。日本政府は「開戦通告」らしき文書は用意しながら、なぜ米政府への手交が奇襲後になってしまったのか。戦後ながく論争が繰り返されてきた。
 だが、本書の著者は極秘電の発着信のタイムラインを詳細に検討し、通告がどうして遅れたのか、そのプロセスを解き明かそうとした。真珠湾への奇襲を秘匿しようと極秘電は十四に分けて五月雨式に東京から送られ、とりわけ、問題の第十四電はぎりぎりに大使館に届けられた。
 在米日本大使館は極秘電を受信しては暗号を解き、英文タイプで清書した。それを読む者は誰しも「もっと急げ」と叫びたくなるだろう。大使館の暗号機を破棄せよと訓令があり、日米開戦は迫っていたのに、緊張感のなさは驚くばかりだ。
 日米交渉の打ち切りを示唆する運命の第十四号電。外交記者として、当事者、歴代大使、電信官にあの日の対応の是非を質したことがある。第十四電の解読を優先し、それを急ぎ携えて米側に手交する判断ができなかった過誤は明らかだと思う。それゆえ大使館上層部の罪万死に値する。手書きでも口頭でもいい、指定の時間内に通告さえしていれば、「騙し討ち」の批判だけは免れたろうに。訓令の執行を統御できなかった外務本省。臨機応変の行動をとれなかった現地の外交官たち。公電の発着信システムを微細に追った本書を併せて考えれば、日本政府を覆っていた「複合汚染」は明らかだ。
 誕生間もない明治国家を率いた人々は、出来立ての無線を主力艦に装備し、日本と朝鮮半島を海底ケーブルで結んで、来るべき日露の戦いに備えている。通信の戦略的意義をいち早く理解し、国を挙げて取り組んだ明治の先達。彼らがいかに国際感覚に優れ、新しい技術の導入に真摯に立ち向かったことか。通信という武器なき戦いにあって、それを専門家や技術者に委ねてしまうにはあまりの重大事だ――本書は精緻に事実を積み重ねてそう伝えようとしている。

(てしま・りゅういち 外交ジャーナリスト・作家)
波 2018年12月号より

著者プロフィール

大野哲弥

オオノ・テツヤ

1956年東京生まれ。立教大学経済学部卒業、放送大学大学院文化科学研究科修士課程修了。博士(コミュニケーション学/東京経済大学)。1980年国際電信電話株式会社(KDD)入社。退職後、放送大学非常勤講師など歴任。2018年11月現在PR代理店代表。著書に『国際通信史でみる明治日本』(成文社)、論文に「西南戦争時の政府暗号補論」、「外国放送無線電報にかかわる外務省と逓信省の対応〜外務省の内閣情報局構想と情報委員会〜」など。共著論文に「原発事故を米軍“準機関紙”はどう伝えたか―Stars and Stripes 紙の報道内容分析から―」。

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