ホーム > 書籍詳細:冗談音楽の怪人・三木鶏郎―ラジオとCMソングの戦後史―

トリローと呼ばれた男は、たった一代で日本のポップカルチャーを築いた!

冗談音楽の怪人・三木鶏郎―ラジオとCMソングの戦後史―

泉麻人/著

1,650円(税込)

本の仕様

発売日:2019/05/22

読み仮名 ジョウダンオンガクノカイジンミキトリロウラジオトシーエムソングノセンゴシ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 新潮45から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 319ページ
ISBN 978-4-10-603842-6
C-CODE 0376
ジャンル 文学・評論
定価 1,650円

戦後最大のラジオスターとして諷刺コントの数々で政治家たちを激怒させ、日本最初のCMソングを作って以後幾多のヒット曲を生み、TV番組制作や広告コピーや商品のネーミングなどマスコミ界に君臨、さらには永六輔、野坂昭如など才人を輩出しながらも、糖尿病と〈ある事件〉で早くに一線を退いた傑物トリロー、初の評伝。

著者プロフィール

泉麻人 イズミ・アサト

1956(昭和31)年、東京生れ。慶応義塾大学商学部卒業後、東京ニュース通信社に入社。「週刊TVガイド」「ビデオコレクション」の編集者を経てフリーに。東京や昭和、サブカルチャー、街歩き、バス旅などをテーマにしたエッセイを発表する一方、テレビにも出演しコメンテーター、司会等を務める。〈天気予報好き〉が嵩じて気象予報士の資格を取得。著書に『大東京23区散歩』『カラー版 東京いい道、しぶい道』、小説『還暦シェアハウス』など多数。

書評

鶏郎グループの進出と展開を追う

小林信彦

 三木鶏郎の仕事について、簡単な一代記と共に二百枚ぐらい書いておければな、というのが、私たち昭和ヒトケタ人種の願いであった。あまり、長い文章は鶏郎グループ向きではない。二百枚ぐらいが丁度いい。
 私など丁度よかった年代ではある。しかし、そう言いながら実行できなかったのは、あまりに近いところにいたから――というせいもある。
 この本の著者・泉麻人氏は、CMソングから鶏郎グループを調べに入ったようだが、私は若い時、野坂昭如(あちらが二歳上だと思う)や永六輔(学年的には向うが一つ下になる)と親しかったし、それと関係なく、まず冗談音楽に興味を持っていた。
 鶏郎のラジオデビューである〈歌の新聞〉がNHKで始まった1946年1月といえば、私は上越に疎開していた。高田中学の一年生だった。(ということは、敗戦の年も中一ということだ。いちいちうるさいだろうが、鶏郎グループというと、どうしても、年代がつきまとう。)
 では、中学一年生のころから鶏郎を聴いていた私がなぜタッチしなかったかといえば、永六輔が野坂さんを好んでいなかった。立場上、こういうことになるが、野坂さんも永六輔を好かなかった。鶏郎グループでいえば、優等生とチョイ不良ワルということになるのか。
 しかし、CM作家としても売れっ子だった野坂さんは、小説『エロ事師たち』で三島由紀夫にほめられ、〈プレイボーイ〉としてマスコミに入ってきて、のちに直木賞を得た。すごい出方であるが、独特の文体とともに野坂さんを尊敬する人が多くなった。
 この二人が、結果として鶏郎に人々が近づくのを防いだことになる。あと、年長のキノ・トールさんと神吉拓郎さんがグループの中核にいたが、グループの歴史についての私の問いに、神吉さんは「私は何も知らない、キノ・トールさんに訊けば?」と言った。キノ・トールさんは、といえば、そのころ忙しくて、問い合わせに答えてくれる、とも思えなかった。
 こうした状態の中で、三木鶏郎さんはご自分のCMの戦略を進めていたのではないか。
 私は、といえば、まず〈歌の新聞〉のころは、かかさず聞いていた。これは46年夏に終ったと、この本にあるが、私はそれでもなお、冗談音楽をききたいと思っていた。そういう人が多かったと見えて、47年10月に始まったNHKの〈日曜娯楽版〉の中のコーナーとして〈冗談音楽〉は復活している。〈歌の新聞〉〈日曜娯楽版〉とあってしだいに衰え、52年夏ごろに〈日曜娯楽版〉は〈ユーモア劇場〉に衣替えするが、吉田茂をからかって、気むずかしそうな声とともに「ワンマン」と入っていたころのサビはもうなかった。風刺がおとろえた時期は、このグループをCMに使おうとする人々が多くなっていたと思う。
 なにしろ、「南の風が消えちゃった」というハワイアン風の歌が鶏郎グループの最初であり、これはアマチュアリズムの強みである。日本がアメリカとの戦争に敗れ、私の家でいえば、旧日本橋区の家を爆撃で焼かれ、財産もすべて失った。行き場がなく、新潟県の南の新井という町にたどりついて、翌年の一月にこの歌(むろん、南方を侵略した日本軍が全滅した、という意味が入っている)を聞くだけで身にしみたのは説明するまでもない。
 私がこのグループを見たのは、高校のころ、日劇で〈踊る京マチ子と冗談音楽〉というショウをやった時である。京マチ子はまだ映画スターではないし、冗談音楽のグループも貧しげであった。三木のり平と千葉信男がコントをやっていたことだけを覚えている。

 鶏郎グループがCM界に進出した、といっても、あ、そう、という言葉しかなかった。吉田茂のようにゴウマンな老人に対して、「ワンマン」というつぶやき一つで批判するといった技を用いた鶏郎はどこへ行ったのか。社会及びNHKが大きく右にカーヴしているのを私はまだ知らなかった。
 大人になってからは、日本テレビの仕事をしている時、まず、弟の三木鮎郎さんが私たちの仕事場へ遊びにきた。アメリカのスタンダップ・コミックのレコードを訳してくれたのが面白かった。鶏郎さんにも一度会い、昔の話をきかせてください、と言うと、「ヨットの方に遊びにいらっしゃい」と大人の反応をしてくれた。結局、その機会は訪れなかったけれど。
 この本は、小さな鶏郎グループのCM界にひろがってからの事情が鋭く、こまかく描かれている。著者の興味がCMに向いているからであろう。

(こばやし・のぶひこ 作家)
波 2019年6月号より

目次

1 ビルの街にガオー
2 アスパラでやりぬこう!
3 ジンジン仁丹
4 CMソング第1号誕生
5 1950年の特急阿房列車
6 雷とアプレゲール
7 1946年、ラジオデビュー
8 フランク馬場がやってきた
9 日曜娯楽版とサザエさん
10 アスパラガスの音楽
11 素晴らしき音楽仲間
12 軍友・五島昇と「江守家」
13 「フラフラ節」と吉田茂
14 波乱の1954年
15 メイコちゃんの「田舎のバス」
16 ディズニーと浅沼稲次郎
17 トリローグループの芸人
18 1964年の殺人事件
19 長生きしたけりゃチョチョンノパ
あとがき 山川浩二さんとの再会

担当編集者のひとこと

 トリローと聞いてピンとくる方は50代以上か、あるいはお笑いや音楽、CMに興味のある向きに限られているでしょう。著者の泉さんはCMやアニメソングから、編集者の私はお笑いから、三木鶏郎という存在が気になったクチです。
 この巨人、ポップ・カルチャー界の渋沢栄一か!と言いたくなるほど、さまざまな分野の先駆けでありまして、戦後すぐNHKに持ち込んだ「南の風が消えちゃった」(明るい曲調ながら、〈南進日本〉への皮肉が入っています)でデビュー、そして1947年からのラジオ「日曜娯楽版」の「冗談音楽」で一世を風靡します。サビの効いた音楽コントの数々で政治家たちを激怒させる一方、51年には日本初のCMソングを作り(つまり民間放送が始まった)、以後のマスコミ・広告界に君臨します。しかし、ある事件と持病のせいで、早くに一線から引退――。
 あまりに早い隠棲生活と、あまりに多岐にわたった活動のため、三木鶏郎の全貌は伝わりにくくなっていました(小林信彦さんの「波」6月号掲載の書評によれば、一番古いトリロー門下の野坂昭如さんと永六輔さんが「結果として、鶏郎に人々が近づくのを防いだ」)。その穴を埋めたのがこの泉さんの労作(という言い方がふさわしくないほど、トリローらしいポップな仕上がり)です。

2019/07/29

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