
太陽系の謎を解く―惑星たちの新しい履歴書―
1,760円(税込)
発売日:2022/06/23
- 書籍
- 電子書籍あり
太陽系の「履歴書」を書き換える壮大な探査の旅へ――。
水星の極地で1兆トンの氷が観測され、金星では海の痕跡が見つかった。土星の衛星からは美しい間欠泉が噴き出し、冥王星にはハート型の窒素の氷河が……。探査機ボイジャーの打ち上げから45年。次々と明らかになってきた、まったく新しい「太陽系」の姿とは――。NHKの人気番組に最新の知見を加えて描く宇宙研究の現在地。
書誌情報
読み仮名 | タイヨウケイノナゾヲトクワクセイタチノアタラシイリレキショ |
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シリーズ名 | 新潮選書 |
装幀 | 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 288ページ |
ISBN | 978-4-10-603884-6 |
C-CODE | 0344 |
ジャンル | 宇宙学・天文学 |
定価 | 1,760円 |
電子書籍 価格 | 1,760円 |
電子書籍 配信開始日 | 2022/06/23 |
書評
萩原聖人、11年間、「宇宙」を読んでいます。
のっけから妙なタイトルをつけてしまったけど、もちろん怪しげな宗教にハマった芸能人の話でもなければ、「読んでいるのは上家の手牌だろう」という麻雀的ツッコミも、この際脇に措いておこう。ここから先は大変マジメな話になるから、まずは厳密に言うことにする。
「僕、萩原聖人はNHKのBSプレミアムの『コズミックフロント』のナレーションを11年間続けています。」
最近はテレビを見ない人も多いというから、「コズミックフロント?」と言われるかもしれないけど、これはNHKがBSプレミアムを始めて以来ずっと続けている科学番組。名前の通り、“宇宙研究の最前線”を毎週、様々な角度から伝えている。そんな番組のナレーションを、僕はスタートから今に至るまでずっとさせてもらっているのだ。
ナレーションの収録はだいたい月に2、3回行われる。収録の3、4日前に台本と映像のDVDが届いて、それを開くところから仕事は始まるのだけど、その作業は楽しみでありつつも、実は恐怖の一瞬でもある。なぜならNHKの優秀なスタッフが総力かけて制作した結果なのだから、その内容たるや大変な密度。ごく身近な天体観測の話もあれば、厄介な宇宙物理もあるから理解するだけでひと苦労だ。しかも大変な思いをしながら世界中を飛び回って取材しているのも知っているから、上手く伝えられなかったらどうしよう――。あれこれ考えるほどに受けるプレッシャーは、ハンパじゃない。
でも、本当に怖いのは、実は番組の主役だったりもする。すなわち「宇宙」そのもの。
宇宙って、知れば知るほど、考えれば考えるほど怖くなったりしませんか? そこでは生身の人間が生きていけないというのは当然のことだけど、調べても調べても永遠に謎が続く、決して手に触れることのない世界。子供の頃に抱いた「この広い宇宙に地球人だけ?」という言い知れない不安感、孤独感も、知識や情報が増えるほどに一層深まって来る、いわく言いがたい感覚。
でも、そんな不安感も、捉えようによってはワクワク感に変わるのが宇宙の魅力でもある。例えば、現在、地球外生命体がかなりの確率で存在することが分かりつつあるのもその一つで、僕のお気に入りの星、土星の衛星エンケラドスの話もそれにあたる。
NASAが20年かけて送り込んだ探査機カッシーニが明らかにしたエンケラドスの表面にはタイガーストライプという縞模様の裂け目があって、そこから氷の粒が噴出している。これだけでも十分にワクワクするのだけど、氷の素となる液体には有機物が含まれているという。冷たくて無機質だった宇宙が、途端に色彩を帯びてくる。
さらに言えば、誰もが知る土星という主役を、衛星という脇役が見事に食ってしまうという展開も、役者視点から見て、実はちょっと興味深かったりもする。
で、そんな話を、僕は11年、ずっとナレーションで語ってきたのだけど、自分が語ってきたものが今回本になったというので、ずいぶん驚いた。
だって、映像あってのテレビでしょ。しかも凝りに凝りまくった精緻な映像がコズミックフロントの真骨頂。それを文字と少しの写真で、どれだけ表現できるのかって、正直、疑っていた。でも、読み始めると、そんな疑いはサラリと晴れて、役者の性というのかな、気が付いたら声に出して読んでいた。エンケラドスのところなんて、引き込まれっぱなしで、だから改めて思ったのだ。「やっぱり、言葉ってすげえや」「宇宙ってすげえや」と。
僕は役者をさせてもらいながら、声の仕事も結構している。よく知られたもので言えば、「冬のソナタ」のペ・ヨンジュンだったり、「闘牌伝説アカギ」のアカギ役だったり。でも、こういったドラマやアニメの声の仕事と比べると、コズミックフロントのナレーションはちょっと違う。
海外ドラマの吹き替えにせよ、アニメのアフレコにせよ、役を演ずるときはやっぱり演じなければならないけど、コズミックの場合は演ずるのではなく伝えることが一番の課題。そこに俳優萩原聖人は存在してはならず、主役である「宇宙」をいかに言葉で分かり易く伝えるか。つまりは黒子になり切れるかが勝負となってくるのだ――。
と、言い始めるとエラそうな演技論になりそうなので、早々に切り上げるけど、そもそものところ、聞くだけで不安になるくらいの壮大なドラマを見事に演じてきた宇宙に、役者として張り合うこと自体、無理な話なのかもしれない。
映像、音声、文字……人類が生み出した、どんな表現方法を用いても、伝えられる宇宙の物語は、針の先にも満たない、ほんの一部だろう。でも、針の先でも、いろんな方法を積み重ねれば、もしかしたら楊枝の先ぐらいにはなるかもしれないし、繰り返せば、竹串の先になるかもしれない。今回、本になった「コズミックフロント」を読みながらそんなことを思っていたら、机の上には、まだ開けていない次の収録の台本が……! 僕の宇宙を巡るあれやこれやの物語は、まだまだ続きそうだ。
(はぎわら・まさと 俳優)
波 2022年7月号より
著者プロフィール
NHK「コズミックフロント」制作班
エヌエイチケイコズミックフロントセイサクハン
2011年4月に始まったNHKの科学番組。毎回、天文学、宇宙物理、歴史など、さまざまな視点で「宇宙の謎」に迫ってゆく。開始から11年、制作本数は300本を超える。制作班のディレクターは大学院で天文学、地球科学を専攻した専門家から、医学、動物のエキスパートまで多彩。CGや音楽、リサーチも含めスタッフは総勢50名以上がかかわる。毎週木曜夜10時のNHK-BSプレミアムの他、世界中で放送されている。
緑慎也
ミドリ・シンヤ
サイエンスライター。1976年、大阪府生まれ。出版社勤務後、月刊誌記者を経てフリーに。科学技術を中心に取材・執筆活動を続けている。著書に『消えた伝説のサル ベンツ』(ポプラ社)、『認知症の新しい常識』(新潮新書)、共著に『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』(講談社)、『ウイルス大感染時代』(KADOKAWA)、翻訳に『「数」はいかに世界を変えたか』『「代数」から「微積分」への旅』(共に創元社)など。