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中国語は不思議―「近くて遠い言語」の謎を解く―

橋本陽介/著

1,485円(税込)

発売日:2022/11/24

  • 書籍
  • 電子書籍あり

漢字、語彙、文体……こんなに似ていて、こんなに違う!

日本語と多くの共通点がありながら、発音や文法などが大きく異なる「近くて遠い」中国語。なぜアメリカは“美国”なのか? 過去形がないのに、過去をどう語る? 7ヶ国語に精通した研究者が、ふとした疑問から文化や思想までをも解き明かす。初心者から上級者まで新しい発見がある、目からウロコのおもしろ語学エッセイ。

目次
はじめに
第一章 簡体字を巡るエトセトラ
甲骨文から草書・楷書へ/漢字の進化論/簡体字には法則がある/厄介な「まぎらわしい漢字」/筆順は「だいたい」でよい/さらなる過激な簡化――第二次漢字簡化方案/漢字を減らすのは難しい
第二章 音声とピンイン表記
尚古主義にもとづく注音字母/「中国ラテン化新文字の原則と規則」/周有光と漢語ピンイン方案/ピンイン表記法の紆余曲折/音節表が空欄だらけな理由/昔の中国語の発音/「語源」と「字源」の違い/音声から語源をたどる/単語は家族を成している/音韻学を学びたい人のために/音象徴のはなし
第三章 語彙のはなし
日本語と中国語の語彙/人間には「嘴」と「牙」がある/一音節から二音節へ/二文字からなる語の語構成/ハバナで出会った「幽默大師」/「離合詞」とは何か/「謎の離合詞」の正体/音訳と意訳の間/『中華オタク用語辞典』/なぜ「美国」と「法国」なのか/日本語と中国語の複雑な相互関係/「倶楽部」「経済」――翻訳漢語の世界/「魚肉」と「驢馬肉」
第四章 『三国志演義』を原文で読むには
書き言葉「文言文」と話し言葉「白話」/『三国志演義』は漢文が七割、現代中国語が三割/中国版・言文一致で生まれた「新たな書き言葉」/漢文訓読の力業/疑問文のつくりかた/なぜか多い犬食い小説/量詞(数える単位)のはなし/犬は「道」「魚」「川」と同じカテゴリー
第五章 品詞と語順のはなし
中国語には品詞がない?/「まじめだ」「まじめに」「まじめさ」は同じ/語順によって意味が変わる/汚名は「返上」?/「穴を掘る」の穴はどこに/VとOの意味的関係/「パソコンが壊れた」は“死机”/主語が最初に来ない「存現文」/「存現文」の主語はどれか?/日本語と中国語は主題卓越型/□V□□のつくりかた/トリのはなし
第六章 中国語の「時間」のはなし
「過去形」はなくても問題ない/“了”の秘密/開始限界達成と終結限界達成/餃子を何個食べたら食べ終わり?/終結点がないと完了しない/「~してしまえ」の“了”/小説文における「た」と“了”の微妙な関係/描写で分かる語り手の視点/魯迅の小説は難しい/「時の祝福」と中国SF
第七章 “是”は「コレ」である
「AはBだ」の表しかた/“A是B”の歴史/要素Aに説明Bを加える/中華圏の王道エンタメ、武侠小説/先行する状況を見よ/焦点を表すとされる“是”/学習者を悩ませる謎の“是~的”構文/「どこ?」「いつ?」を説明する/日本語「のだ」との比較
第八章 中国語の「一つの文」
「、」でつながる長い文の謎/キーワードは流水文/並列的に並べられていく/主語が変わっても読点でつなげる/状態も時間軸上に組み込める/全体から部分へ/連体修飾語構造と節の並列/“得”と“的”/ただ並べるだけで表される「意合法」/句点と読点の歴史
第九章 「並列」することの美学
「流れる水のよう」に感じられる理由/AはBで、BはC/言葉の流れる順に認知する/日本語の「長い文」/頂真構造と繰り返し/英語にもある並列方式
おわりに
参考文献

書誌情報

読み仮名 チュウゴクゴハフシギチカクテトオイゲンゴノナゾヲトク
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 考える人から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 208ページ
ISBN 978-4-10-603892-1
C-CODE 0387
ジャンル 事典・年鑑・本・ことば
定価 1,485円
電子書籍 価格 1,485円
電子書籍 配信開始日 2022/11/24

書評

言語の達人が押しまくる中国語のツボ

高野秀行

 橋本陽介さんは言語の達人である。英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、ロシア語、中国語、韓国語を習得し、各言語で書かれた文学を読み漁り研究してきた。そればかりか日本語と言語学にも通じていて、『日本語の謎を解く―最新言語学Q&A―』(新潮選書)を刊行し、読書界で高く評価された。漢文と古文もお手の物。それで今年ようやく四十歳なんて、年齢詐称じゃないかと思うほどだ。
 私は十年以上前から個人的に橋本さんと親交があり、自分の著書でもお手伝いいただいたこともあるからよく知っているのだが、彼の知的興味の幅の広さと突っ込んでいく深さは驚異的だ。私たちはときどき居酒屋で言語や世界文学の話を肴に一杯やるが、橋本さんはいつも何か泥の中からヘンな石や虫を発見した子供のように嬉しそうな顔で喋っている。心底、言語世界が好きなんだと思う。ただ一つ残念なのは、酒を飲みながらだと彼がどんな話をしていたのか後でよく思い出せないことだ。それゆえ、このように本にしてくれると大変ありがたい。
 今回は橋本さんが最も得意とする中国語についてだ。彼によれば、本書は「普通の学習書には書いていない裏側の話をする本である」。さらに「中国語学習のひょっとしたら押さなくてもよいツボをひたすら押していく。(中略)中国語をまだ学んでいない人はもちろん(中略)上級者になっている人も、誰が読んでも必ず新しい発見がある」という。要するに、言語の達人である橋本さんが中国語の整体師みたいな役割を担い、誰が読んでも「ああ、そこ、イイ!」と快感を得てしまうようなツボを押してくれるのである。
 私は中国語をある程度学習し、中国や台湾をけっこう旅したことのある「中級者」だが、初っ端の簡体字とピンインの話だけでもツボだった。中国(大陸)の漢字と日本語の漢字は形がけっこう異なる。中国語のそれは簡体字と呼ばれる。例えば、「過」「長」「電」は簡体字では「过」「长」「电」となる。また、中国語は日本語とは全くちがう系統の言語なので、ピンインというローマ字の発音記号で発音を表している。「高野」はgao ye(ガオイェ)となる。ここまでは普通の学習書に書かれているが、本書ではなぜ、どのように簡体字やピンインが作られたのかという「裏話」を教えてくれる。
 それによれば、なんと、中国共産党は当初、マルクス主義史観に従い、古代の漢字をやめて、新しくて合理的なローマ字に変えてしまおうと思ったという。でも、一気に漢字を廃止するのは過激すぎるので、段階的に簡略化していく計画を立てた。そうして作られたのが今の簡体字なのだ。つまり「暫定的措置」だったわけである。実際、簡体字を制定した二十~三十年後には、さらに簡略化された漢字に置き換えることが想定されていた。本書にその「第二次簡体字」とも呼ぶべき奇妙奇天烈な文字が掲載されており、見ていると、なんだか『新世紀エヴァンゲリオン』の「人類補完計画」みたいな、支配者の身勝手な理想主義ぶりを感じてしまう。結局、こんな計画は頓挫し、目標であったローマ字化は発音記号として残った……、と大雑把にいえばこういうことらしい。
 中国語の文法の話も私には効いた。中国語は品詞の区別が少ない。「认真」は「まじめな」という形容詞だが、「まじめさ」という名詞にもなれば、動詞とくっつけると「まじめに」という副詞にもなる。「科学」という単語も日本語では名詞以外にありえないが、中国語では「很科学(とても科学的だ)」みたいに形容詞としても使える。私自身、そのように中国語を話していたが、あらためてここで指摘されるまで気づかなかった。たしかに、こんなに品詞の壁がゆるい言語は私も他に知らない。中国語は比較言語学的にはシナ・チベット語族に属すとされているが、これと同じ語族であるビルマ語やゾンカ語(ブータンの国語)にはそんな特徴はない。
 後半から終盤にかけては橋本さんのギアが一段グイッとあがる。この辺は彼の研究対象のど真ん中だからだ。そしてここが私的にはいちばん気持ちいいところだった。中国語は基本的にはSVO(主語・動詞・目的語)の文型だとされているが、V(動詞)の前後にはいろいろなものが入って構わないとか、主語が変わっても一つの文として延々と続く「流水文」とか、かつて飲みながら橋本さんに聞いていたが、あらためて目から鱗であった。中国語は漢字という強烈に自己主張する文字を持ちつつ、音声がひじょうに重要という言語なので、他の言語にはない個性が生じることも理解できた。もっと言えば、この中国語の本を通して、人類の言語の普遍的な部分も感じ取れてしまった。
 中国語をまだ学習していない人は「ちょっと学んでみたい」と思うだろうし、学習している人は「へえ、そうなんだ!」と面白くなるだろうし、かつて学習したことのある人は「もう一度勉強しなおしたい」と思うはずだ。人それぞれにちがうツボが押される本書。果たしてどのツボが気持ちよくなるのか、ぜひ試していただきたいと思う。

(たかの・ひでゆき ノンフィクション作家)
波 2022年12月号より

著者プロフィール

橋本陽介

ハシモト・ヨウスケ

1982年埼玉県生まれ。お茶の水女子大学基幹研究院准教授。慶應義塾大学大学院文学研究科中国文学専攻博士課程単位取得。博士(文学)。専門は中国語を中心とした文体論、テクスト言語学。著書に、『日本語の謎を解く 最新言語学Q&A』(新潮選書)、『中国語実況講義』『中国語における「流水文」の研究 「一つの文」とは何か』(東方書店)、『「文」とは何か 愉しい日本語文法のはなし』(光文社新書)など。

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