蔦屋重三郎―江戸の反骨メディア王―
1,815円(税込)
発売日:2024/10/24
- 書籍
- 電子書籍あり
偉そうな「お上」は、おちょくれ! ――天才編集者の一代記。
貸本屋から身を起こし日本橋通油町の版元となった「蔦重」こと蔦屋重三郎。江戸後期、田沼意次の浮かれた時代に吉原の「遊郭ガイド」を販売し、「狂歌」や「黄表紙」のヒット作を連発した男は、言論統制を強める寛政の改革に「笑い」で立ち向かう。北斎や歌麿、写楽ら浮世絵師の才能も見出した、波瀾万丈の生涯を活写する。
前書き
第一章 貸本屋から「吉原細見」の独占出版へ
「つたのからまる」/碑文から窺える人柄/遊女ガイドブック/吉原の粋/貸本業のメリット/田沼バブルの時代/元吉原からの移転/遊女三千人御免/ランク別で異なる妓楼の店構え/遊女を挿花に擬して紹介/お大尽の財布を開かせて/老舗本屋の失態/より安くより持ちやすく/有名人による推薦序文/刊行目録というアイディア/妓楼と大々的にタイアップ
第二章 江戸っ子を熱狂させた「狂歌」ブーム
「耕書堂」という屋号/コンスタントに捌ける浄瑠璃本/往来物の需要を支えた寺子屋/天明期の新たなる飛躍/穿ち・滑稽・パロディ・ナンセンス/文化の趨勢は上方から江戸へ/「狂歌三大家」/才人がバカに徹する/狂歌師を束ねて絵師を鍛える/南畝というキーパーソン/狂歌師サロンの「黒幕」/「狂歌をほしがる本屋」/乱痴気酒宴が企画会議に?/憂き世の憂さ晴らし
第三章 エンタメ本「黄表紙」で大ヒット連発
読者層は同世代の青年/一作目は鱗形屋から/敵失に乗じた遊里パロディ本/喜三二と春町の名コンビ/キーパーソン北尾重政を押える/いざ、「黄表紙」開板大攻勢/販路と制作スタッフを固める/狂歌ブームを追い風に/日本橋通油町に進出/「地本」ムーブメントの到来
第四章 絶頂の「田沼時代」から受難の「寛政の改革」へ
遊び心と絶妙のコラボ/「蔦重」というブランド/元祖“出たがり”編集者/地方にも広がる名声/北斎が描いた店内/耕書堂で吸う江戸の空気/安永天明バブルを追い風に/綻び始める田沼政治/アホだが憎めない主人公/京伝に続く狂歌壇の開板/松平定信の登場/ご政道をカリカチュア/目を付けられた喜三二と蔦重/春町入魂の「武芸奨励」揶揄本/寛政の改革を「褒め殺し」/お咎めの連鎖/二大武家戯作者を失う/続けざまの出版統制令/頼れるのは山東京伝だけ/「原稿料」で作家を囲い込む/京伝手鎖、蔦重「身上半減」/南畝のフェイドアウト
第五章 歌麿の「美人画」で怒濤の反転攻勢
手付かずだった「一枚絵」/アンチ「本絵」の系譜/「錦絵」で一世を風靡した春信/北斎を抜擢、歌麿・写楽を発掘/謎多き前半生/橋渡しは春町か? 重政か?/八頭身美人を描いた清長/気鋭の絵師を売り込む/蜜月関係/「写真」を極めた絵入狂歌本/摺師の技/美人大首絵という「コロンブスの卵」/「観相」から「江戸のアイドル」へ/表情から読める性格描写/距離を置き始める歌麿/「ウタマロ」と春画
第六章 京伝と馬琴を橋渡し、北斎にも注目
化政文化への橋渡し/曲亭馬琴と山東京伝/ゴーストライター馬琴/北斎の挑戦/次の売れ筋はなにか?/役者絵という鉱脈/人気絵師へのアプローチ合戦
第七章 最後の大勝負・写楽の「役者絵」プロジェクト
新人絵師の登用/「あまりに真を画かんとて」/写楽の第一期作品群/女形の「真」を衝く/実働期間十カ月/役者絵ファンからの熱烈な支持/酷評される第三期/嫌われた蔦重-写楽プロジェクト/写楽の功罪と評価/蔦重の「読み間違い」/逆輸入された評価/写楽の正体/写楽研究の進捗/百出する「写楽探し」/蔦重との接点/「蔦重と写楽」総括
第八章 戯家の時代を駆け抜けて
十返舎一九/書物問屋としての蔦重/本居宣長に会いに伊勢へ/『玉勝間』と『手まくら』/「開板」ではなく「江戸売弘」/「江戸患い」で病臥/享年四十八
後書き
参考文献
書誌情報
読み仮名 | ツタヤジュウザブロウエドノハンコツメディアオウ |
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シリーズ名 | 新潮選書 |
装幀 | 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 240ページ |
ISBN | 978-4-10-603917-1 |
C-CODE | 0323 |
ジャンル | ノンフィクション |
定価 | 1,815円 |
電子書籍 価格 | 1,815円 |
電子書籍 配信開始日 | 2024/10/24 |
書評
ノンフィクション的視点でまとめ上げた「蔦重」の生涯
蔦屋重三郎は18世紀後半に活躍した版元である。小説や浮世絵を出版する企画を立てたり、制作や販売を指揮したりする、江戸時代の出版界における辣腕プロデューサーであった。来年2025年にNHKで放送される大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の主人公となったことで、今、その存在が改めて注目されている。
蔦屋重三郎は吉原遊郭にあった小さな貸本屋から身を起こす。そこで出会った才能あふれる文化人たちとのネットワークを活用し、斬新なアイデアによる出版物を次々と刊行。江戸市中の話題となり、ついには大手版元へと成り上がる。松平定信による寛政の改革によって厳しい弾圧を受けるものの、それに屈することなく、喜多川歌麿や東洲斎写楽といった歴史に名を残す浮世絵師たちの才能を発掘して世に出した。蔦屋重三郎がいなければ、江戸の出版文化、特に浮世絵の歴史は大きく変わっていたことであろう。
さて、本書は、蔦屋重三郎の生涯をたどりながら、さまざまな文化人との交流関係や、版元としてどのような活躍をしたのかを詳しく記した評伝である。
筆者の増田晶文氏は小説家であり、『稀代の本屋 蔦屋重三郎』(草思社、2016年。2019年に文庫化)という、蔦屋重三郎を題材とした小説をすでに執筆している。この小説は、蔦屋個人はもちろん、戯作や浮世絵、歌舞伎などに関する幅広いジャンルの学術的資料を踏まえた上で、版元としての業績を丁寧にたどっている。もちろん時代小説として、蔦屋重三郎がいかなる野望をもって出版界に立ち向かおうとしたのか、その内なる感情の掘り下げも忘れていない。
今回の書籍は、時代小説を執筆した際の調査成果を活用し、歴史的な評伝という視点で蔦屋重三郎の生涯をまとめたものである。増田氏は江戸時代の文学や美術を学術的に研究する専門家ではないため、独自に調べた文献資料に基づく客観的な新事実というものは特に記されてはいない。だが、蔦屋重三郎の生涯を語る上で必要となる学術的な研究成果をほぼ反映している点は高く評価すべきだろう。
実は、蔦屋重三郎の業績を網羅的に語ることは、専門家でも難しい。というのも、蔦屋が刊行した出版物の価値を判断するためには、彼個人のこと以上に、戯作者や浮世絵師といった作り手のことを深く知らなければならないからである。しかも、関わりがあった人物をざっと列挙しただけでも、山東京伝や大田南畝、曲亭馬琴といった戯作者や、喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎といった浮世絵師など、ネームバリューの高い人物ばかり。それぞれに膨大な研究成果があるだけではなく、彼らは相互に交流しており、その人間関係をひもとくことも容易ではない。増田氏は、それらの膨大な資料を交通整理し、蔦屋重三郎の仕事の成果を分かりやすくまとめている。蔦屋重三郎に関する学術的な研究の現状を把握したいという人にとって、本書はまたとない入口となるだろう。
また、蔦屋重三郎の業績を考えるためには、当時のさまざまな社会的な環境を把握しておかねばならない。すなわち吉原遊郭や狂歌ブーム、黄表紙、寛政の改革、浮世絵版画、歌舞伎といった、まさしく江戸文化の基礎知識が必須となってくる。本書では、これらの情報について概要のレベルから分かりやすく紹介しており、江戸文化の初心者にとってはありがたいところである。
さらに本書の特色となるのが、蔦屋重三郎の生涯をノンフィクションのようにまとめている点である。実は、筆者の増田氏は小説だけでなく、スポーツ選手や教育、日本酒など、さまざまなジャンルのノンフィクションを幅広く執筆している。
本書は学術的な資料からだけでは解明できない点、すなわち、蔦屋重三郎がどのような思考をめぐらせながら出版物の企画を考え、難題に立ち向かっていたのかということについて、想像を自由にめぐらせながら筆を進めている。しかしそこに突飛さを感じさせないのは、筆者が蔦屋重三郎やその関係者たちに面と向かって取材するかのように歴史資料と向き合い、そこから聞こえてくる声を丹念に拾い集めようとしているからだろう。
本書は小説家とノンフィクション作家という、二つの異なる顔を持つ筆者だからこそまとめ上げることのできた蔦屋重三郎の評伝と言える。もし蔦屋重三郎という人間の内面をさらに深く覗いてみたいのであれば、増田氏の時代小説もあわせてお読みになることをお勧めしたい。
(ひのはら・けんじ 太田記念美術館主席学芸員)
著者プロフィール
増田晶文
マスダ・マサフミ
1960年、大阪府生まれ。作家。同志社大学法学部法律学科卒。1998年に「果てなき渇望」でNumberスポーツノンフィクション新人賞受賞。以降、人間の「果てなき渇望」を通底テーマにさまざまなモチーフの作品を執筆している。歴史関係の文芸作として『稀代の本屋 蔦屋重三郎』『絵師の魂 渓斎英泉』『楠木正成 河内熱風録』などがある。