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海軍士官たちの太平洋戦争

大木毅/著

1,870円(税込)

発売日:2026/09/28

  • 書籍
  • 電子書籍あり

勝敗の主因は人事にあり。組織と個性で見る指揮官列伝。

真珠湾から珊瑚海、ミッドウェイを経て、マリアナ、レイテ海戦に至るまで、不測の事態が生起する「錯誤の波濤」の中、海軍軍人はどのような判断を下したか。その軌跡を辿りながら、硬直した教育や教条主義に縛られ、戦場の混沌に対応できなかった日本海軍エリートの姿を、冷徹にリスクを計算した米海軍と対比して描き出す。

目次

はじめに

凡例

第一章 猛禽の虚飾 源田実大佐(日本海軍)
美しい自画像を描いた男/「宮さまクラス」/「源田サーカス」/大西瀧治郎との邂逅/戦闘機無用論/「源田艦隊」/高慢と復讐/特攻への関与

第二章 生に執着した総帥 嶋田繁太郎大将(日本海軍)
誰が「空気」をつくったのか/圭角のないエリート/「東條の副官」/恣意的な人事/他者の生還を許さず/嶋田おおいに笑う

第三章 インド洋の「ミッドウェイ」? ジェイムズ・F・サマヴィル元帥(イギリス海軍)
再検討される英東洋艦隊戦史/第二次世界大戦直前の退役/試練につぐ試練/読まれていたインド洋作戦/「ミッドウェイのひな形」/政戦略に手腕をふるう

第四章 「開拓者的闘士」 フランク・J・フレッチャー大将(合衆国海軍)
過小評価と再評価/航空とは無縁の海軍士官/ウェーキの蹉跌/水上艦艇畑の提督による空母戦/ガダルカナル島の攻防/語らざる提督

第五章 「カイザーの海軍」の太平洋戦争 パウル・ヴェネカー大将(ドイツ海軍)
太平洋のドイツ軍人/エリート士官、東京に向かう/日本海軍の中枢に食い込む/日本を参戦させよ/ナチズムへの妥協

第六章 知性派提督の「白い染み」 井上成美大将(日本海軍)
残る暗影/短気な青年士官/なぜドゥーエに言及していないのか/「百一号」作戦/いくさ下手だったのか

第七章 日本を干上がらせた男 ハロルド・R・スターク大将(合衆国海軍)
無制限潜水艦戦への躊躇/潜水艦の脅威を体感する/「ドッグ計画」/「一九一七年教令」の改定/「日本に対し、無制限の航空・潜水艦戦を実行せよ」

第八章 未解明の動機 大西瀧治郎中将(日本海軍)
「特攻の父」ではなかった/先端的航空主兵論者/山本五十六の信頼を得る/戦闘機無用論への傾斜/特攻の胎動/大西は特攻により何をめざしたのか

第九章 リスクを計算しつくした知性 レイモンド・A・スプルーアンス大将(合衆国海軍)
語られざる勝者/貧困から身を起こす/ハルゼーとの親交/「計算されたリスク」/「第五艦隊」司令長官/日本空母撃滅の好機を逃したのか

第十章 勝てるチームをつくった提督 チェスター・W・ニミッツ元帥(合衆国海軍)
真の功績は喧伝されない/ドイツ系のテキサス男/人事に辣腕をふるう/「私はいささかの疑問も抱いていない」/太平洋戦域総司令官/「ミズーリ」艦上の勝者

第十一章 人格者ならざる「名将」 アーネスト・J・キング元帥(合衆国海軍)
気難しい戦略家/少尉とスリ/有能にして不遜なる海軍士官/理詰めの対日戦略/合理性と海軍の利害と

第十二章 陰翳にみちた主戦論者 元帥永野修身大将(日本海軍)
無能な「御神輿」だったのか/土佐の秀才/進歩的な校長/眠る海軍大臣/ニヒリズムの開戦/永野の亡国論?/永野の死

終章 「混沌」に対応できなかったエリートたち──昭和海軍の失敗
戦争観の誤り/正解を暗記する秀才たち/シミュレーションをやらなかった海軍大学校/「ザ・ベスト・アンド・ザ・ブライテスト」の錯誤

主要参考文献

関連年表

初出

書誌情報

読み仮名 カイグンシカンタチノタイヘイヨウセンソウ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 波から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 224ページ
ISBN 978-4-10-603951-5
C-CODE 0320
定価 1,870円
電子書籍 価格 1,870円
電子書籍 配信開始日 2026/09/28

書評

「人物」で読み解く勝敗の主因

波多野澄雄

 著者が内外の軍人像を描き出すうえで卓越している点がいくつかある。その一つは評価基準が明確であること。たとえば、戦争遂行を戦略、作戦、戦術という三次元に区分し、各次元における指揮官能力の多角的評価である。ちなみに著者の眼鏡にかなう総力戦時代の卓越した指揮官は米陸軍参謀総長マーシャル元帥ぐらいであろうか。
 もう一つは指揮官の戦歴の一面的な評価に陥らず、その功罪を多面的に検証する姿勢である。さらに透徹した眼差しの向こう側には生身の軍人がいることを著者は決して忘れてはいない。換言すれば読者との対話が常に意識されているのである。
 本書は太平洋を舞台に激戦を繰り広げた日米両海軍の指揮官を取りあげる。米側ではニミッツ、スターク、フレッチャー、スプルーアンス、キングの五提督。日本軍人では、昭和海軍を率いた嶋田繁太郎、永野修身、源田実、大西瀧治郎、井上成美である。
 米軍指揮官の代表格であるニミッツ(太平洋戦域総司令官)は、その巨大な国力を最大限に活用する一方、リスクを最小限に抑え、勝つべくして勝つ作戦計画を練り上げ、それを粛々と実行した。マッカーサーのような派手さはこの名将には不要である。卓越した人物眼によって直属上司のキング作戦部長に逆らっても、ハルゼーやターナーといった一癖ある人材も勝てるチームに結集させた。
 ニミッツ戦略の忠実な実行者がスプルーアンスである。彼の最大の功績とされるマリアナ沖海戦では、先制空襲のリスクを承知のうえで、敢えて先制を許し、優れた防空システムを活用して日本の航空隊を空中で撃破し、サイパン島の上陸部隊の掩護任務を全うした。その戦法は慎重に過ぎ、大きな戦果を取り逃がしたとの批判もあったが、現在では最も理に適ったものと評価されている。スプルーアンスとともに再評価されているのがフレッチャーである。世界の海戦史でも希な空母戦の指揮をとり、空母の戦術・運用を発展させた一人である。ガダルカナル島進攻作戦の初期には空母を退避させ、上陸した海兵隊を見捨てたと非難された時期もあったが、最近ではこうした批判は下火となっている。
 スタークは複数国(日独)との戦争の危機に直面し、作戦部長として欧州優先の戦力配分(プランD)を主唱したことで知られる。そのスタークは、対日参戦と同時に無制限潜水艦戦の実施を命じ、島国日本の急所を衝いた。日本も開戦と同時に複数国との戦争(中国に加え英米戦)に突入することになったが、それに備える戦略は描かれず、「漸減邀撃」にこだわるあまり、旧来の二国間戦争の戦法にとどまったのと対照的である。
「人格者ならざる名将」と評されるキングは傲慢で、猜疑心が強く、協調性に欠け、謹厳実直なマーシャルとは対照的な人物であった。だが、アラン・ミレットなど多くの戦史研究家が認めるように、作戦部長としてのキングは海戦の手法に精通し、マーシャルと協力しつつ日本海軍を敗退させた立役者であった。とくにマーシャル諸島方面からフィリピンに向かう攻勢軸を定め、マッカーサーが推進するもう一つの攻勢軸と妥協することなく、マリアナの奪還による日本本土爆撃に道筋をつけた。
 米軍人以外では、英提督のサマヴィルとドイツ海軍のヴェネカーの叙述も新鮮である。東洋艦隊司令長官サマヴィルの戦法に関連し、セイロン島の攻防戦を「ミッドウェイのひな型」と見立て、ドイツ帝国時代の気風を受け継いだヴェネカーのヒトラーの海軍における複雑な意味づけは著者ならではの識見であろう。
 日本軍人評にコメントする紙幅は残されていないが、評者の関心をそそるのは源田、大西、井上の三人は山本五十六とともに先見性のある「航空主兵論」の系譜だったことである。井上が推進した重慶無差別爆撃も、山本の真珠湾攻撃も、大西の特攻も先見性ゆえの「慢心」に由来するようにも思われる。
 組織としての日本海軍の欠陥は「終章」に集約されている。能力主義の米海軍に対し、「卒業席次」が優先され抜擢が難しい日本海軍の人事慣行の弊害、さらに艦隊決戦というドグマに支配され、総力戦時代の戦争の本質は「混沌」であることに理解が及ばず、旧式の用兵思想に固執した。戦略環境の変化に応じて作戦を組み立てるという自明の叡智はついに発揮されなかったのである。
 著者は、現在日本で得られる最も良質の戦史や軍人論を提供し続けている。とりわけ、二〇世紀の外国戦史の叙述において、難解な軍事用語の正確な訳出能力に支えられた筆力は圧倒的である。
 クラウゼヴィッツの古典的名著『戦争論』がそうであるように、戦争や戦闘を見る眼を曇らせる「正邪」や「善悪」の観点を持ち込まない姿勢は、著者の『指揮官たちの第二次大戦』(新潮選書)でも徹底している。それは通説や俗説を排する大前提であるが、さらに対戦国側の戦史にも通暁している強みは、やがて大きな成果に結実するであろう。

(はたの・すみお 筑波大学名誉教授、日本政治外交史)

波 2026年10月号より

著者プロフィール

大木毅

オオキ・タケシ

1961年東京生まれ。立教大学大学院博士後期課程単位取得退学。DAAD(ドイツ学術交流会)奨学生としてボン大学に留学。千葉大学他講師、防衛省防衛研究所講師、陸上自衛隊幹部学校講師等を経て著述業に。雑誌「歴史と人物」の編集に携わり、旧帝国軍人を多数取材。『独ソ戦』(岩波新書)で「新書大賞2020」大賞、『天才作戦家マンシュタイン「ドイツ国防軍最高の頭脳」──その限界』(角川新書)で「第11回猪木正道賞」特別賞(2025)を受賞。著書に『決断の太平洋戦史 「指揮統帥文化」からみた軍人たち』(新潮選書)、『太平洋戦争』(PHP新書)、『ミッドウェイ海戦』(文春新書)など。

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