断薬記―私がうつ病の薬をやめた理由―
792円(税込)
発売日:2020/05/18
- 新書
- 電子書籍あり
抗うつ剤、睡眠薬はもう嫌だ! 大宅ノンフィクション賞受賞作家がすべてを明かす衝撃の告白。
二〇一〇年、うつ病と診断された。大量の向精神薬や睡眠薬を飲み、通院する日々。執筆意欲は衰え、日常生活を律することも叶わず、自殺未遂を三度も起こしてしまう。「薬はもう飲みたくない」。その思いから医療関係者への取材を敢行、「減薬」に挑み、そして遂に「断薬」に――。心の支えとなる主治医との出会い、専門医との協力、副作用への対処、荒行のような湯治……試行錯誤の過程をすべて明かした、大宅賞作家による衝撃の私記。
書誌情報
読み仮名 | ダンヤクキワタシガウツビョウノクスリヲヤメタリユウ |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
装幀 | 新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 192ページ |
ISBN | 978-4-10-610860-0 |
C-CODE | 0247 |
整理番号 | 860 |
ジャンル | 心理学、ノンフィクション |
定価 | 792円 |
電子書籍 価格 | 792円 |
電子書籍 配信開始日 | 2020/05/22 |
インタビュー/対談/エッセイ
うつによる薬物依存からの脱出体験記
かつて、ある月刊誌にうつ病をテーマにして三、四回短期連載したものが、この本のもとの原稿になっている。といっても元原稿は本書の第一章分にしかならないので、ほとんどは書き下ろしだ。
元原稿があまり使えなかったのは、当時の私が日本の精神医療について無邪気に信頼し、うつになったらとにかく病院に行こうという趣旨のことを書いていたからだ。雑誌掲載当時の私にとって、精神医療とは全幅の信頼がおけるものだった。
初めて疑問をもったのは、2010年にうつだと診断されてから、服薬生活にはいって五、六年がたったときのことだ。以前より確実に状態が悪くなっていると感じたのがきっかけだった。
これに気が付けたのも、私が原稿を書く仕事をしているからかもしれない。執筆というものは高度な頭脳労働になるので、脳機能が落ちると途端に文章能力も落ちてしまうからだ。私の場合は、普段なら起こさない細かな間違い、見落としが頻出していたので気が付いたのである。
医療の専門家の言う通りにしているのに、なぜ悪くなっているのか。そう思うと、精神医療の問題点を指摘した書物は割合に出ているものだから、すぐに調べられた。しかしそれ以前の、疑問に思っていない頃には、そのような書物を手にしてもまるで興味がわかなかった。人間の志向というものは、実は大変に偏っていて危ういものだということについても、今回初めて思い知らされた。
塗炭の苦しみの中でようやく二年かけて断薬し、本書の執筆に入ったのだが、今度は一〇年ちかい服薬からくる後遺症で、原稿を書くどころか何も手につかなくなってしまった。小説と違ってノンフィクションなのだから、材料は目前のノートに記されている。なのにそれが書けないでいた。
原稿を書くという作業が高度な脳機能によって成り立っていることを、肌身で実感させられた。若さゆえの勢いに乗って綱渡りを演じてきた道化者が、その途中でふと足元の奈落を見てしまい、怖気づいて先へ進めなくなってしまったような恐怖を覚えた。
断薬から一年たって、ようやく原稿を仕上げることができた。常々いろんなテーマの本を書きたいと思ってはいたが、それが自分の断薬体験記になろうとは、死なずに生きていれば色々なことがあるものだと思った。古今東西の物書きが、酒を含めた薬物に溺れることは少なくないが、そこからの脱出体験記は意外に少ないようなので、本書を出す意味もあると思う。
これまでの私は、実生活の役に立たないものばかり書いてきたから、自分のささやかな失敗譚である本書を出すことで、ようやく多少なりとも人のお役に立てるかもしれないと夢想している。それが自らの恥を晒すようなことであったとしても。
(うえはら・よしひろ ノンフィクション作家)
波 2020年6月号より
薀蓄倉庫
草津での荒行のような「断薬湯治」
本書で、著者が挑んでいる「断薬」のひとつの方法に、群馬県草津での湯治、「時間湯」があります。
強酸性のうえに48℃と高温の源泉に3分間、1日3、4回浸かるというもので、重度のアトピーをはじめとする慢性皮膚疾患の人を中心に、さまざまな病態に効果があるとされているそうです。
「時間湯」は自然発生的に湯治客の間で成立したようですが、江戸時代末期にはすでに高温の強酸性泉に集団で入湯するようになりました。
あまりの高温に1人では耐えられないから、集団で励ましあいながら入るようになったそうです。協調性を重んじ、精神修行を好む日本人らしい入浴法だと著者も述べています。以後、明治にはいる頃に現在のような「時間湯」が成立したそうです。
この草津で、著者は、その荒行のような「湯治断薬」に挑みました。
その苛烈な顛末は本書に詳述されています。
掲載:2020年5月25日
担当編集者のひとこと
うつによる薬物依存を断つ
本書の著者、上原善広氏は、『被差別の食卓』『日本の路地を旅する』など多く著作があり、大宅賞をはじめ数々の受賞歴をもつノンフィクション作家です。
幅広い執筆活動の蔭で、10年前に「うつ病」と診断され、執筆意欲の減退、不眠など生活を律することも叶わず、自殺未遂を三度も起こしてしまいました。
そんな中、上原氏は日々の向精神薬や睡眠薬の服用に疑問をもち、「薬はもう飲みたくはない」との思いを糧に、医療関係者への取材を始めていきます。
心の支えとなる主治医との出会いがあり、また、専門医の協力を得て、副作用に対処、次第に薬を断っていきます。
さまざまな試行錯誤を経て、「減薬」から、ついには「断薬」に挑んでいきました。
壮絶な「うつ」での薬物依存から「断薬」への過程を、上原氏は本書で赤裸々に紡いでいます。
「うつ」を脱出して発見した、かげがえのない大切なものとは……。
本書は、上原氏が陥った苦しい人生からの「寛解」をすべて明かした、本邦初の体験記となっています。
ぜひご一読ください。
2020/05/25
著者プロフィール
上原善広
ウエハラ・ヨシヒロ
1973(昭和48)年、大阪府生れ。大阪体育大学卒業後、ノンフィクション作家となる。2010(平成22)年、『日本の路地を旅する』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。2012年雑誌ジャーナリズム賞大賞受賞。主な著書に『被差別の食卓』『聖路加病院訪問看護科 11人のナースたち』『異形の日本人』『私家版 差別語辞典』『異邦人 世界の辺境を旅する』『被差別のグルメ』『一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート』『発掘狂騒史 「岩宿」から「神の手」まで』『差別と教育と私』『カナダ 歴史街道をゆく』『辺境の路地へ』『断薬記 私がうつ病の薬をやめた理由』などがある。