中国が宇宙を支配する日―宇宙安保の現代史―
836円(税込)
発売日:2021/03/17
- 新書
- 電子書籍あり
世界初「量子科学衛星」の脅威とは? 米中衝突はここで始まる。
2016年8月、中国は軍事・金融に不可欠な暗号通信技術を搭載した量子科学衛星「墨子」の打ち上げに成功。まだ米国も成し遂げていない快挙だった。宇宙開発技術でロシア、欧州、日本を抜き去った中国は、その実力を外交にも利用。多くの国が軍門に下る結果となっている。迎え撃つ覇者・米国の現状は? そして日本はどう動くのか? 第2次大戦後の宇宙開発の歴史を紐解きながら、「宇宙安保」の最前線に迫る。
書誌情報
読み仮名 | チュウゴクガウチュウヲシハイスルヒウチュウアンポノゲンダイシ |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
装幀 | 新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 224ページ |
ISBN | 978-4-10-610898-3 |
C-CODE | 0231 |
整理番号 | 898 |
ジャンル | 政治・社会 |
定価 | 836円 |
電子書籍 価格 | 836円 |
電子書籍 配信開始日 | 2021/03/17 |
インタビュー/対談/エッセイ
21世紀のスプートニク・ショック
宇宙開発は、優れて軍事的な営みである。
米国、ソ連ともに第2次世界大戦終結直後から宇宙開発に着手したが、最初期の活動は、核兵器の運搬手段としてのミサイル開発と衛星を搭載するロケット開発が渾然一体となった形で進められていた。それだけに、大方の予想に反して1957年10月、ソ連が世界で初めて、「スプートニク1号」衛星の打ち上げに成功したことは、米国民に大きな衝撃、「スプートニク・ショック」を与えた。これは、単に米国が最先端科学技術競争で当時のもう1つの超大国ソ連の後塵を拝することになったというだけではなく、ソ連の保有する核兵器搭載ミサイルの脅威の下で生きていかなければならないことを意味したからである。
約60年後の2016年8月、中国は、原理的に破ることが不可能とされる量子暗号技術を搭載した量子科学衛星の打ち上げに世界で初めて成功した。中国は、翌年、その演算能力から既存の暗号を破る能力に秀でる光量子コンピュータの開発にも成功したと発表しており、このままでは、中国が誰にも破られず、そして、すべての者の暗号を破ることのできる能力を身につける可能性までも示唆することになった。「21世紀のスプートニク・ショック」である。
米ソの宇宙開発利用競争は、いざというときに相手国の軍事衛星を破壊するための対衛星攻撃(ASAT)能力の確保にも及び、両国は四半世紀に亘り、実験を繰り返した。しかし、衛星破壊は宇宙ゴミ(デブリ)をまき散らし、軍事衛星の利用に適した軌道を汚染してしまう事実を認識し、暗黙の了解ともいえる形で1986年を最後に、両国は物理的なASAT実験を停止した。
二度と物理的破壊を伴うASAT実験は行われないだろうと世界が楽観していたところ、2007年1月、中国がそのモラトリアムを破り、自国の気象衛星を中距離弾道ミサイルで破砕し、3300以上という、これまでの実験で米ソが出したデブリ総計約1300を大きく上回る数のデブリをまき散らした。中国のASAT実験は米ソのものよりはるかに高い軌道で行うため、デブリの滞留期間も1世紀を超えると予想されている。
過去3年、自国領域内からのロケット打ち上げ数では中国が米国を抜き去り世界一を誇り、遥かに引き離されたロシアが世界3位である。しかし、たとえば、2020年の実績で比較すると、米国の新興宇宙企業がニュージーランドに保有する射場から行った打ち上げ数6回を加えると、米国が世界一となる。そして、6回という数字は、この年の日本の4回、インドの2回を上回る。米国の底力といえる。21世紀の宇宙を制するのは、軍民融合の中国か、強靱な企業を有する米国か。戦いは始まったばかりである。
(あおき・せつこ 慶應義塾大学大学院教授)
波 2021年4月号より
薀蓄倉庫
宇宙法研究者を10年間で100倍に
宇宙開発競争で覇者・アメリカの牙城に迫っている中国。いまだアメリカが成し遂げていない「量子科学衛星」の打ち上げに成功したことは、アメリカに大きなショックを与えましたが、注目すべき点はほかにもあります。たとえば、発展途上国のために無償で衛星を打ち上げ、その後も運営を引き受けることで、途上国の取り込みを図っています。また、国際宇宙法がまだ初期の形成途上にあることに鑑み、宇宙法研究者を10年間で100倍にする目標を立てたとされています。一見、迂遠な方法のようですが、中国の国益に合致したルール作りを行うための遠大な計画というわけです。
掲載:2021年3月25日
担当編集者のひとこと
意外に賢明だったトランプ政権
本書では宇宙開発の現場での中国の躍進に注目していますが、一方で、第2次大戦後の米ソの競争や、我が国の歴史についても相当のページを割いています。アメリカについては、アイゼンハワー以来の政権ごとの宇宙開発の特長がわかるようになっています。宇宙という長期的な投資が必要で、すぐには結果が出ないと思われるテーマに関して、トランプ政権が意外にも賢明な政策を打ち出していたことは驚きです。また日本に関しては、アメリカの干渉でロケット自主開発を断念せざるを得なかった悲しい歴史から、昨年5月、航空自衛隊に編成された「宇宙作戦隊」の中身まで、「宇宙安保」の歩みが一望できます。
2021/03/25
著者プロフィール
青木節子
アオキ・セツコ
1959年生まれ。慶應義塾大学大学院法務研究科教授。専門は国際法、宇宙法。1983年慶應義塾大学法学部卒業、1990年カナダ・マッギル大学法学部附属航空・宇宙法研究所博士課程修了(法学博士)。防衛大学校などを経て、2016年より現職。2012年より内閣府宇宙政策委員会委員。