イルカと心は通じるか―海獣学者の孤軍奮闘記―
858円(税込)
発売日:2021/09/17
- 新書
- 電子書籍あり
そのときシロイルカが私の名を呼んだ。水族館での実験生活30余年、たどりついた「夢のはじまり」を一挙公開。
イルカと話したい。しかし、著者には大きな弱点があった。大小かまわず船がダメ、泡を吹き、気絶したことも。これでは大海のイルカは追えない。ならば、「陸」のイルカの知能に迫ろう。水族館に通い続ける日々が始まった。ことばを教えるには、音か視覚か? シャチが実験に飽きた? そしてついに、シロイルカが「私」の名を呼んだ!? ――孤軍奮闘の三十余年、変わり者扱いされながらたどりついた「夢のはじまり」を一挙公開。
書誌情報
読み仮名 | イルカトココロハツウジルカカイジュウガクシャノコグンフントウキ |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
装幀 | 新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 240ページ |
ISBN | 978-4-10-610923-2 |
C-CODE | 0245 |
整理番号 | 923 |
ジャンル | ノンフィクション |
定価 | 858円 |
電子書籍 価格 | 858円 |
電子書籍 配信開始日 | 2021/09/17 |
インタビュー/対談/エッセイ
イルカの心が見えるとき
日本にはいくつかテーマパークがある。そこではさまざまな動物の格好をしたキャラクターが音楽に合わせてヒトのことばで歌ったり踊ったりして人々を楽しませている。もちろん、こうした動物たちは本物ではない。また、テレビや映画のアニメでもいろいろな動物がヒトのことばで会話をしている。しかし、これも虚構の世界である。他にも、古くから多くの説話や童話にヒトが動物と話すシーンが登場している。なぜだろう。
私たちヒトは、本当は心の中に動物と話がしたいという夢を持っているのではないだろうか。でも、それがかなわないから、着ぐるみやアニメの動物にその想いを託しているのかもしれない。
動物と話すことは本当にできないのだろうか。そんなことを真剣に研究してきた。お相手はイルカ。高校時代、偶然、テレビでイルカと研究者が「会話」している映画を見て、「イルカと話す研究をしたい」と決めた。一目惚れした相手と結婚して幸せな生涯を送る人がいるように、たまたま見た映画で自分の将来を決め、その夢に向かって一途に研究をしてきた。本書ではそんな顛末を綴っている。
世の中にはいろいろな価値観がある。大勢の前で自分の歌声を披露することを喜びに思う人もいれば、世の中を動かすために政治家を志す人もいる。不思議に思うことを解明したいという知的好奇心も価値観の一つかもしれない。この価値観で懐具合は豊かにならないが、心は豊かになる。そう、楽しいのだ。それは「イルカと話す研究なんてして何になるの」という問いへの答えでもある。
ただ、野生のイルカの生態についてはよく研究されているが、イルカの内面を知る知能や心理の研究はなかなか進んでいない。そこで、イルカに知能テストのような実験をして、彼らの知性の一端を明らかにしてきた。実はイルカはこちらの顔色を見たり、ひらきなおったりと、ヒトそっくりの行動をするし、ヒトと共通した知的特性もある。「かわいい」だけではなく、「賢い」のだ。言葉を覚える素質は十分ある。
こうした研究には、言葉の通じない相手を理解するにはどうしたらいいか、そのヒントも見え隠れしている。知性を知り、そして、そばで見て、さわって、話しかけて、そんなことを続けていくと、彼らの立ち居振る舞いから、気持ちや考えていそうなことが透けて見えてくる。言葉はなくとも、心が見える瞬間がある。そんな感動を本書で少しだけ皆さんにおすそわけしたいわけである。
水族館ではイルカは人気者である。イルカを楽しむのに難しい知識や理屈はいらない。見たまま、あるがままに楽しめばいい。でもほんのちょっと彼らの知性について科学的な側面を知っていれば、イルカの顔も違って見えるにちがいない。
(むらやま・つかさ 東海大学海洋学部教授)
波 2021年10月号より
著者プロフィール
村山司
ムラヤマ・ツカサ
1960(昭和35)年山形県生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(農学)。水産庁水産工学研究所を経て、東海大学海洋学部教授。イルカの視覚能力や認知機能解明に取り組む。著書に『海に還った哺乳類 イルカのふしぎ』など、近刊に『シャチ学』がある。