シチリアの奇跡―マフィアからエシカルへ―
902円(税込)
発売日:2022/12/19
- 新書
- 電子書籍あり
「ゴッドファーザー」の島から、オーガニックの先進地へ。諦めない人々の闘いのドキュメント! 本当のSDGsは、命がけ。
映画「ゴッドファーザー」が象徴する“マフィアの島”が、今やオーガニックとエシカル(倫理的)消費の最先端へ――みかじめ料不払い運動に反マフィア観光ツアー、有名ピザ屋が恐喝者を取り押さえ、押収された土地は人気の有機ワイン農場に姿を変えた――『スローフードな人生!』の著者が10年以上の現地取材で伝える、諦めない人々のしなやかな闘いのドキュメント。新しい地域おこしはイタリア発、シチリアに学べ!
註・参考文献
書誌情報
読み仮名 | シチリアノキセキマフィアカラエシカルヘ |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
装幀 | 新潮社装幀室/デザイン |
雑誌から生まれた本 | 考える人から生まれた本 |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 240ページ |
ISBN | 978-4-10-610978-2 |
C-CODE | 0222 |
整理番号 | 978 |
ジャンル | 歴史読み物、歴史・地理・旅行記 |
定価 | 902円 |
電子書籍 価格 | 902円 |
電子書籍 配信開始日 | 2022/12/19 |
インタビュー/対談/エッセイ
シチリア島の諦めない人々が生んだ奇跡
「シチリアにこそすべてを解く鍵がある」
かつて「イタリア紀行」の中で、そう書いたのは、文豪ゲーテだ(『ゲーテ全集11』高木久雄訳、潮出版社)。ギリシャ神殿、古代ローマの円形劇場、アラブ職人の手になるモザイクの教会壁画……島は西洋建築史を俯瞰できる歴史の宝庫だ。そして野菜や魚がおいしい。ワイン、小麦、オリーブは古代からの産地で、国内随一の有機農業の先進地。風光明媚で、多くの民族が往来した島は、異邦人への偏見がない。
シチリアは、私にとって、東京で心がささくれだつたびに、安チケットを探して出かける癒しの島であり続けた。
そこで当初は、おこがましいが島への恩返しのつもりで、反マフィア活動を取材し始めた。というのも2022年は、シチリア島にとって要の年だった。1992年、マフィア大裁判を実現した二人の判事が、護衛の警官たちとともに次々に爆殺されるというショッキングな事件から30年の節目の年だったのだ。イタリアは、この年を境に大きく変わった。1993年、長く潜伏していたドン・コルレオーネの異名を持つ大ボス、トト・リイーナが逮捕された。マフィアとの黒い噂が絶えず、戦後7期も首相を務めたアンドレオッティの失墜とともに、与党キリスト教民主党が解散。戦後の五大野党も、汚職事件によって終焉を迎えた。
以後、シチリアでは人が殺されるような事件はほとんどなくなった。史跡や美術館の整備も進み、島の観光は、コロナ前の2019年まで順調に伸びていた。しかし長い歳月が流れたにもかかわらず、「ゴッドファーザー」流のマフィアのステレオタイプは、島民を苦しめていた。偏見を払おうと内陸の町コルレオーネには、反マフィアを標榜する博物館が二つも生まれた。不正とは無縁な経済を育てようと、大学生たちが2005年に発足させた「さよなら、みかじめ料協会」は、加盟店が1000軒近くに増えた。
そのうち見えてきたのは、日本との類似点だ。第二次世界大戦後、西側戦勝国の干渉を受けた両国は、反共の名のもとに労働運動が暴力によって抑え込まれ、乱開発で闇組織が活発化した。現在の少子高齢化に伴う地域の疲弊、待ったなしの環境問題も共通の課題だ。つまるところ、反マフィア活動は民主主義を問い直す試みだったのだ。
2022年、シチリア島の有機ワインの割合が国内生産量の38%を記録した。その陰で「リーベラ(自由)」という市民団体が、1995年以降マフィアからの押収地を有機の畑として再生する地道な活動を続けている。
倫理を問うエシカル消費はなかなかに命がけだ。次世代に美しい故郷の島を残そうと諦めない人々の姿は、日本の私たちにも勇気を与えてくれる。
(しまむら・なつ ノンフィクション作家)
波 2023年1月号より
蘊蓄倉庫
シチリアは、知られざるオーガニック先進地
もともとイタリアは農業大国、とはいえ地理的に山間部にある農地も多く、小規模経営での農家が多い点など、日本と農業面では似ているとも言われてきました。
近年は、世界的な傾向もあり、また国を挙げて後押しをしたことから、若手の生産者による有機農産物の生産が2000年代後半から高まっているとか。2017年の数字は、耕地面積に対する有機農業の面積の割合が15%以上になっており、これは世界的にも高い水準だそうです。
そのイタリアに20ある州の一つ、シチリア州は、地中海やエトナ山、古代遺跡が生み出す風光明媚な土地、観光地で世界的に名高いのですが、なんと有機農業では国内先進地となっています。
国立統計局の調査によると、2017年の有機農場やその加工業者の数は11326社で全国1位、イタリア全体の18.9%、耕作面積も約42万7000ヘクタールで全国1位。消費は中北部がまだまだ高いものの、生産量はここ10数年で大きく伸びています。
この有機農業の興隆と反マフィアの流れは、同時代に徐々に一つの流れになっていったようです。
マフィアから押収した土地を有機の畑に変えるという発想もその一つ。土地の暗くネガティブな印象を変え、不正と真逆のオーガニックを目指す。「そのためには、オーガニックでならねばならない」と、オーガニック指向や経済的な希求も相まって、そう考えるシチリア流エシカル(倫理的な)消費が増えて行ったのは、当然の帰結でした。
掲載:2022年12月23日
担当編集者のひとこと
イタリア発! シチリアの新しい「地域おこし」の形がここに! 諦めない人々のしなやかな闘いのドキュメント
シチリアといえば映画「ゴッドファーザー」でマフィアのイメージが強いものの、歴史をたどるとまったくもってカッコいいものではなく、その残虐ぶりたるや背筋が凍ります。
政治家や判事、警察官までもが、マフィアに次々に殺されていった1980〜90年代。
そして、92年、マフィア大裁判を担う二人の判事の爆殺により、シチリアの反マフィアの動きは高まっていきます。翌年には、四半世紀も逃亡していた大ボスが逮捕され、物騒な事件がやっと減っていき、そこからシチリアの人々の反マフィア活動はうねりを見せていきます。
マフィアのボスの押収地でのワイン作りやレストランでのみかじめ料反対運動、そしてオーガニックとつながり、連帯していく。反マフィア博物館までいくつもでき、これらをツアーする反マフィア旅行代理店まで誕生!
100歩ほど歩いたらマフィアのボスの家、という狭い街で抗うことがどれだけ怖いことか、想像も及ばないところです。それでも、自分の住む島をよりよくしようという人たちが、今も奮闘しています。
10年以上の取材で、とんでもない数と、とんでもない人数の現地の人たちに話を聞いての一冊です。シチリアは風光明媚な美しい島として知られており、タオルミナ、アグリジェント、エトナ山……と、絵はがきのような美しい景色を写真で見たことがある人も多いことでしょう。その絶景とは裏腹の非道な歴史、それを覆す諦めない人々のしなやかな闘いのドキュメントです。
「本当のSDGsは命がけ」と帯にはコピーをつけました。負の遺産を美味しさや美的なもの、健やかさにうまく変換するイタリア、シチリアのパワーは見習いたいところ。スローフードを日本に紹介して火付け役となった『スローフードな人生!』の島村さんが、再び日本に新しい知恵を届けて、新風を巻き起こしてくれそうです。
2022/12/23
著者プロフィール
島村菜津
シマムラ・ナツ
1963年長崎生まれ、福岡育ち。ノンフィクション作家。東京藝術大学卒。1994年『フィレンツェ連続殺人』でデビュー。2000年、伊のスローフード運動を紹介した『スローフードな人生!』がブームの火付け役に。著作に『スローフードな日本!』『スローシティ』等。