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お客さん物語―飲食店の舞台裏と料理人の本音―

稲田俊輔/著

946円(税込)

発売日:2023/09/19

  • 新書
  • 電子書籍あり

「客商売」にドラマあり! 「エリックサウス」総料理長が提案する、飲食店を10倍楽しむ方法!

レストランは物語の宝庫だ。そこには様々な人々が集い、日夜濃厚なドラマを繰り広げている――。人気の南インド料理店「エリックサウス」総料理長が、楽しくも不思議なお客さんの生態や店の舞台裏を本音で綴り、サービスの本質を真摯に問う。また、レビューサイトの意外な活用術や「おひとり様」指南など、飲食店をより楽しむ方法も提案。食にまつわる心躍るエピソードが満載、人生の深遠を感じる「客商売」をめぐるドラマ!

目次
はじめに
I お客さん論
1.客、お客さん、お客様
2.常連さんと特別扱い
3.レビューサイトのお客さん
4.サラダバーとお客さんの経営学
5.貪欲なのに狭量な日本人の味覚
6.ホームパーティにおける手土産問題
7.ひとり客のすゝめ(1)――店は歓迎してくれるのか?
8.ひとり客のすゝめ(2)――カウンターが濃い店とヤンキーの先輩の店
9.ひとり客のすゝめ(3)――もっと世界に「おひとり様」を!
10.ざわつかせるお客さん
11.コース料理受難の時代
12.不安になるお客さん
13.嫌いなものについて堂々と語ろうではないか論
II 飲食店という“文化”
1.お客さんに可愛がられるお店、リスペクトされるお店
2.マイナージャンルのエスニック
3.「接客」という概念の無い店
4.あるラーメン店の老成
5.後継者とお客さん(1)――ある三代目の物語
6.後継者とお客さん(2)――飲食店は大切な文化である
7.飲食店と価格(1)――「1000円の定食」は高いのか?
8.飲食店と価格(2)――「値上げ」をめぐるジレンマ
9.平成クリスマス狂想曲
10.忘年会ノスタルジー
III お客さん物語
1.お茶漬けの颯爽
2.友だちとは何であるか――議論で更けてゆく居酒屋の夜
3.説教したがるお客さん(1)――誰がための「説教」か
4.説教したがるお客さん(2)――人生初の出禁
5.立ち飲み屋のお客さん十態
6.騙す人々、騙される人々(1)――いつものカフェが狩猟場になった
7.騙す人々、騙される人々(2)――ヤンキーの誘惑とピアノ弾きの夢
8.英国パブのマドンナ
9.浅草のジルベール
おわりに

書誌情報

読み仮名 オキャクサンモノガタリインショクテンノブタイウラトリョウリニンノホンネ
シリーズ名 新潮新書
装幀 菅野健児(新潮社写真部)/写真、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 考える人から生まれた本
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 272ページ
ISBN 978-4-10-611011-5
C-CODE 0230
整理番号 1011
ジャンル クッキング・レシピ
定価 946円
電子書籍 価格 946円
電子書籍 配信開始日 2023/09/19

書評

客と店のムズ痒い不毛感を複眼の視線でブレイクスルー

平松洋子

 某日夕刻六時半。カウンター五席だけの、女性料理人が切り盛りするビストロ風の小さな店に、ひとりで初めて立ち寄った。お客はいない。「いらっしゃいませ」と明るく迎えられ、白ワインと「自家製パテ 六百円」を注文。ところが、流れは思わぬ方向へ。「あっ」。カウンターの向こうから小さな声が聞こえた。とっさに視線を移すと、「自家製パテ」のラップを開いた手が硬直している。あ。パテのまわりにうっすら見えるのは、たぶんカビ。異臭がぷーん。そろりと私を窺う彼女の顔に、「見たな」と書いてあった。
 これは、挙げ始めればキリがない私の「お客さん物語」の一場面。もちろん誰もが、たくさんの奇々怪々、抱腹絶倒の「お客さん物語」を持ち合わせているだろう。ただし、「お客さん物語」を鏡にかざしてみれば、そこに映し出されるのは「お店物語」。つまり、客と店は合わせ鏡の宿命にある。どちらが欠けても物語は成立しない。
 本書のタイトル「お客さん物語」と副題「飲食店の舞台裏と料理人の本音」が示すのは、その合わせ鏡の世界の内実。ただし、これが存外ムズカシイ。世間には飲食あるいは飲食店にまつわる書き物があふれているけれど、たいてい一方の立場から言葉が発せられる。料理人が語る技術や考え。経営者が開陳する経営法や人生論。客は、頼まれもしないのに点数やランクを付け、褒めちぎったり、断罪したり。もちろん、そこには大小の真実があるだろうし、一方通行ならではの強度が備わってもいるだろう。しかし、肝心のナニカがズレているような、交錯はするけれど交差はしていないような。
 そのムズ痒い不毛感をブレイクスルーするのが、本書である。「舞台裏」と「本音」から噴き出す、切れば血の出る泣き笑いの山。現場のリアリティに惹かれて読み止められないのは、著者が複眼の持ち主だからだ。
 大学時代から飲食業に携わり、さまざまな業態や仕事に関わってきた現役の飲食店経営者。
 南インド料理を手掛ける料理人。
 飲んだり食べたりするのが大好きな一介の客。
 三者三様、立場が違えば白が黒に反転してしまうこともあるややこしさを、複眼の視線と思考によってやわらかに解きほぐし、飲食の現在を腑分けしてゆく。
 たとえば「I お客さん論 2.常連さんと特別扱い」。誰にとっても刺激的なワード「常連さん」「特別扱い」は、しばしばトラブルを招きがち。著者が営むインド料理店で、行列ができていたときのこと。インド人客を自分より先に案内した、納得がいかない、と激昂する女性客に向かって、とっさに著者の口から出た正直過ぎる言葉。
「はい。常連様なので特別扱いしました」
 しまった、やってしまった、と身を固くしていると、くだんの女性客は「激怒するどころかクスクスと笑い始め」、言う。
「確かに、それもそうね」
 大騒動になりかねない応対なのに、なぜ笑いさえ誘って事態は収まったのか。アクロバティックなエピソードなのだが、したり顔の分析や正当化のカケラもくっついていないから、よけいに考えさせられる。立場の違いを飛び越え、一瞬で成立した和解と理解はなにを意味しているのか。少なくとも、マニュアルやセオリーはおたがいの溝を埋めはしない。店と客の関係を複雑な関係に持ち込んでいるのは、小さな権利意識のぶつかり合いなんだろう。
 レビューサイト。サラダバー。テイクアウト。ビュッフェ。手土産。おひとり様。予約。値段……飲食をめぐるさまざまな場面に、世代、トレンド、異文化などが輪を掛け、さらに個人の嗜好や好悪の感情が絡めば、なんらかの軋みが生じるのは世の常。お客として「度々お店をざわつかせていることを自覚してい」る著者は、イタリア料理店や小籠包専門店で涙ぐましい「小芝居」を繰り広げるのだが、“なにもそこまで”と鼻白むか、“ほう、味のある手だな”と小膝を打つか、ひとそれぞれ。
「いいお客さん」「いい店」があるわけでもなく、正解があるわけでもない。でも、店を語ればおのずと客が見え、客を語れば店が見えてくる。そのあわいに醸成されるものが「文化」なのだ。
 著者は、こう俯瞰する。
「お店の勝手な自己実現欲求に、お客さんの側がいちいち気を遣って合わせてあげなければいけない道理は、確かに無いのかもしれません。しかし、(中略)お店が作り出そうとしている世界観を理解し、それに身を委ねることは、そのお店を最大限に楽しむための最も確実な方法だと思います」
 そして、「最後のピースはお客さんです」、とも。
 飲食をめぐって軽妙に綴られるドラマは、悲喜こもごも。とある大型カフェ、身を委ねすぎてマルチ商法に引っ掛かりかけている客に遭遇した著者は、自分のタブレットにでかでかと「騙されてますよ」と表示し、危機を知らせる。日常のあわい、とりわけ飲食の場面に生まれる色濃い「お客さん物語」は、ひたすら人間臭い。

(ひらまつ・ようこ エッセイスト)
波 2023年10月号より

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担当編集者のひとこと

「お客さん」は、面白い!

 9月新刊『お客さん物語―飲食店の舞台裏と料理人の本音―』の著者・稲田俊輔さんは、人気の南インド料理専門店「エリックサウス」の総料理長を務める料理人です。稲田さんは、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』や『ミニマル料理』などといったレシピ本や、食についてのエッセイや小説を発表、文筆家としても活躍をしています。その稲田さんが今回テーマに選んだのは、「お客さん」。日夜レストランを舞台に繰り広げられている、食をめぐる濃厚なドラマ。そんな楽しくも不思議なお客さんの生態から、値上げや後継者をめぐる飲食店の舞台裏、サービスの本質までを、本音で綴っています。また、レビューサイトの意外な活用術や「おひとり様」指南など、飲食店をより楽しむ方法も提案。食やレストランにまつわる、楽しいエピソードがたくさん詰まった一冊です。

2023/09/25

著者プロフィール

稲田俊輔

イナダ・シュンスケ

料理人。南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、酒類メーカーを経て飲食業界へ。南インド料理ブームの火付け役であり、近年はレシピ本をはじめ、旺盛な執筆活動で知られている。近著に『食いしん坊のお悩み相談』『ミニマル料理』など。

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