間違い学―「ゼロリスク」と「レジリエンス」―
880円(税込)
発売日:2024/06/17
- 新書
- 電子書籍あり
認知心理学と認知工学が教える[最新版]ヤバいミスをなくす手がかり。
手術患者の取り違え、投薬ミスによる死亡事故、手動遮断機の操作ミスで起きた踏切事故――あらゆる「ミス=間違い」は、人が関わることで生じている。しかし、生身の人間である以上、間違いを100%なくすことは不可能だ。なぜ、どのように間違いは起こるのか? そのミスを大惨事につなげないためにはどうしたらいいのか? 世の中にDXが浸透する現状もふまえ、最新の知見をもとに徹底分析。
参考文献
書誌情報
読み仮名 | マチガイガクゼロリスクトレジリエンス |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
装幀 | 新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 224ページ |
ISBN | 978-4-10-611048-1 |
C-CODE | 0211 |
整理番号 | 1048 |
ジャンル | 心理学 |
定価 | 880円 |
電子書籍 価格 | 880円 |
電子書籍 配信開始日 | 2024/06/17 |
インタビュー/対談/エッセイ
自分では間違いに気づかない
「支払い方法をお選びください」
最近、セルフレジを使うことが多くなった。ちょっと操作に間があくと、このようにせまってくる。セルフレジは丁寧に(しつこく?)指示してくれる。「電子マネー」? 「バーコード決済」? どっちを選ぶ?……あ、間違った。
IT化やDXが進み、世の中いろいろ便利になっている。でも、それを使いこなせないと便利さは享受できない。使えないお前が悪いと言われそうだが、そうではない。
これは障害者の問題とも共通する。人間が作ってきた生活環境に段差があったり、視覚に頼ったしくみとなったりしてきたため、障害が顕在化しているだけであって、人に障害があるというより、人間が作りあげたシステムのほうに障害があるのだ。
それと同様に、人がわからなかったり、間違ったりするのは、人の問題ではない。システムがわかりにくいからである。
日常生活での失敗の多くは、大きな問題にはならない。あとになれば笑い話で済むし、こんな原稿のネタにもなる。でも、仕事の場面ではそうはいかない。人が亡くなってしまうこともある。医療事故、鉄道事故……その要因の多くが人間のミス、ヒューマンエラーだ。そのヒューマンエラーをなくすにはどうすればいいだろうか?
重大な事故が生じたとき、責任者がマスコミの前で頭を下げる。見慣れた光景である。私も責任者として頭を下げた経験がある。「再発防止に努めます」、「細心の注意を払って」が常套句である。注意すればなくなる? そんなことでなくなるのであれば誰も苦労しないのだ。
注意していてもわからないものはわからない。本人は間違っていないと思って行為をしているのであって、そのときは間違っていることに気づいていない。人間の注意力の改善ではなく、システム側を改善しないとダメである。
自分で気づけないから気づかせるしくみを作る。それが本書のテーマである。間違いに気づかせるといえば単純ではあるが、それをどうすればよいか、様々な事例を紹介しながら学術的に検討した。だから、「間違い学」というタイトルにした。本書を読んでいただき、ヒューマンエラー防止に役立てていただければ幸いである。
セルフレジはしつこい。次は「バーコードをガラス面にかざしてください」と。わかっている。今、スマホを準備しようとしていたところなのに。余計なお世話だといいたくなるが、大人になろう。間違うかもしれないから教えてくれているのだ。表示、音声案内、見ただけでわかるしくみなど、私たちは普段意識していないが、間違いに気づく手がかりに囲まれている。
(まつお・たかし 北九州市立大学特任教授)
蘊蓄倉庫
人間が関わる以上、ミスは完全には防げない
入院時に名入りのリストバンドが付けられる、手術・検査時にはフルネームを尋ねられたり、書類の個人名確認を求められる……病院でこうした本人確認が徹底されるようになって久しいです。実はかつて起こった患者取り違え事故からの教訓で、こうした対策が厳重に行われるようになりました。著者はこの事故の調査結果を検証し、小さな人為的ミス=ヒューマンエラーが偶発的に重なり、かつ事故に発展するまで誰も間違いに気づかなかった状況を説明します。もとより生身の人間が関わる以上、ミスを100%防ぐことは不可能。だから極力防ぐ、起きても気づかせる、さらに重大事故につなげないことが大切になります。当たり前のようですが、無意識中に起こる間違いにとっさに気づいて対応するのはなかなか難しい。本書では他の事例も検証しながら、人が判断・行動を間違ってミスをする状況とメカニズム、それに気づかせるしくみ作りを学術的に解き明かしていきます。
掲載:2024年6月25日
担当編集者のひとこと
人は1日に3万5000回、意思決定をする
子どもが生まれるのでバギーを買いに行った時、大事な我が子を乗せるのだからと売り場の人に安全性を尋ねると、おすすめ商品の安全面を説明しながら「とはいえ、操作するのは人ですから、100%安全とは言えませんが」と少々ネガティブなひと言が付け加えられた……ある同僚が本書のゲラを読んでくれて、急に思い出したという場面です。人の操作が加わると事故の可能性は0%にならない――売り場の人はネガティブ面ではなく、事実を伝えてくれたのだと気がついたとか。
とある研究によると、人は1日に3万5000回もなにかしら決断しているそうです(立つ、座る、食べるなどの決断はもちろん、コーヒーか紅茶か? 徒歩かバスか? スイッチを押すか押さないか? カッターかハサミか? 道をいま渡るかもう少し後で渡るか? 操作レバーのストッパーを外したままにするかしないか?……etc.)。何気ないとっさの判断違いで、何かしらの事故につながる可能性がある日々を私たちは過ごしているのかもしれません。
人間だもの、間違えます。ソースだと思ったら醤油だった、なんてしょっちゅうです。でも、そんなレベルの判断間違いで起きたミスでさえ、重大事故につながるのもまた事実。本書で検証する事例の一つでも、看護師さんが医療機器のエラーを伝える警戒音を聞いても、機械自体の故障だと思い込む場面が出てきます(たくさんの人が忙しく動き回り、あまたの音が常に鳴っている状況ではありました)。警戒音を信じるか信じないか? その判断で間違ったのですね。
著者が一貫して説くのは、ミスをした人を責めても事態はよくならず、ミスを導いた状況改善に解決策があるということ。また、ミスは起こるものという前提で、陥った状況を好転させる回復力の大切さも力説します。
殊、仕事の場面においてはミスをしないことに細心の注意を払うのは大事なことです。それでもミスは起こるわけですから、素早く気づき、適切な判断と対処をできるように努めたいと本書を担当して改めて心に誓いました……本当です、編集長!
2024/06/25
著者プロフィール
松尾太加志
マツオ・タカシ
1958(昭和33)年福岡市生まれ。北九州市立大学特任教授(前学長)。九州大学大学院文学研究科心理学専攻、博士(心理学)。著書に『コミュニケーションの心理学 認知心理学・社会心理学・認知工学からのアプローチ』など。