
昭和の風雲児
946円(税込)
発売日:2026/09/17
- 新書
- 電子書籍あり
三島由紀夫、小林秀雄、川端康成、実弟・裕次郎……。戦後の激動を駆け抜けた男が語り遺した。
石原慎太郎氏が八十九歳で亡くなってからもう四年が経つ。「いろいろ残しておきたい話がいっぱいあるんだ。テレコを持ってうちに来てくれ」と呼ばれて通った田園調布の居宅も取り壊されて今はもう無い。読者の皆様におかれては石原家の応接室に招かれたような気持ちで、戦後日本の黄金期に数多くの人と触れ合い、時にぶつかりあって生きた石原氏の思い出話に耳を傾けていただければ幸いである。──新潮新書編集部
石原家の応接室──本書の成り立ちについて
1 私は戦争に遅れてきた少年だった
2 初めて聞いた天皇の声に幻滅した
3 大人たちは戦後手のひらを返した
4 貧乏生活から得たものは大きい
5 一人の友人が人生を変えてくれた
6 裕次郎とのタッグは『太陽の季節』に始まった
7 高峰三枝子の家の静けさ
8 「石原さん、勝ちましたね」とトリュフォーは言った
9 小津安二郎が教えてくれたこと
10 いかがわしい世界に首を突っ込んでみて
11 三島由紀夫の虚飾を懐かしむ
12 川端康成の不思議な存在感
13 小林秀雄の自由な精神
14 浅利慶太と仕掛けた日生劇場
15 見えないものは侮れない
16 立川談志と最後の会話
特別付録「ノスタルジー」「ノスタルジーの続き」/解説・石原延啓
人名註釈
書誌情報
| 読み仮名 | ショウワノフウウンジ |
|---|---|
| シリーズ名 | 新潮新書 |
| 装幀 | 新潮社装幀室/デザイン |
| 発行形態 | 新書、電子書籍 |
| 判型 | 新潮新書 |
| 頁数 | 192ページ |
| ISBN | 978-4-10-611136-5 |
| C-CODE | 0295 |
| 整理番号 | 1136 |
| 定価 | 946円 |
| 電子書籍 価格 | 946円 |
| 電子書籍 配信開始日 | 2026/09/17 |
蘊蓄倉庫
石原4兄弟が見た父・慎太郎
石原慎太郎氏には、4人の息子さんがいます。元国会議員で現在はジャーナリストの長男・伸晃氏、俳優・気象予報士の次男・良純氏、現環境大臣の三男・宏高氏、画家・美術家の四男・延啓氏。政治家、小説家という表現者、画家を志したこともあるアーティスト性……慎太郎氏のDNAを見事に受け継いで四者四様に活躍中。ここでは、4兄弟が執筆した『石原家の兄弟』(2025年10月/小社刊)の「父 慎太郎が逝った日」の章より、それぞれの父への思いを紹介します。
病臥ながら2022年新年を迎えた慎太郎氏はある日、「目を覚まし、私の妻に『顔に雨のように水をかけろ』と命じ妻が戸惑っていると、往年の迫力で、『早くしろ、バカっ!!』と怒鳴ったりした」(伸晃氏)。父がヨット上で波しぶきを被ったのを懐かしんでいると思った、とは伸晃氏から聞きました。
「『お父さんは、昔からいつも不機嫌だったから』と言っていた母の言葉を思い出す」とは良純氏。「次から次へ、先の先へ。自分の思った事、やりたい事を貪欲に押し進める。何で物事が進まないのか。何が悪いのか、誰のせいなのかと親父の頭の中ではいつも思いが巡っていたに違いない。だから、いつも怒っているというよりも、いつもイラ立っていたのだと僕は思う」。
元日の夜を共に過ごしたという宏高氏は、「深夜に『ウイスキーを飲むぞ、ストローを挿して飲ませろ』と言ったのには驚いた。結局、お湿り程度しか口にできなかったが、父は、最後までマッチョな男を演じたかったのだろう」と懐かしみます。
そして、同年2月1日、最期のとき──「あっという間に潮が引いていくような最期だった。時刻は午前10時20分。私が部屋に着いてから25分後だった。『年は越せるかもしれないが、来春の桜は見られないだろう』という医師の言葉に前から覚悟はしていたが、それにしてもなんだか本当にあっけないものだなと思った。そしてなぜだかホッとした。ひとつはひとりで逝かせずにすんだこと。『俺はこの宇宙を孤(ひと)りで過ぎる隕石だ』と言っていた父にとっては余計なお世話かもしれないが」(延啓氏)。
掲載:2026年9月25日
担当編集者のひとこと
薄暗い都知事室で
石原慎太郎さんと実際に顔を合わせた回数は、全部で10回あったかなかったか。それ以外は電話、あるいは秘書の方からのご連絡だったように思います。新潮新書編集部で『新・堕落論―我欲と天罰―』という著書の企画を進めていたころ、石原さんは東京都知事でした。ただでさえ忙しいところに、途中で東日本大震災があったため、そうそうお目にかかれるはずもありません。
面会の際の緊張感は、そうとうなものでした。こちらが勝手に委縮していたという面もあるのでしょうが、何か圧倒してくるような雰囲気があるのです。オーラというのか、威圧感というのかわかりませんが、あまり他で味わったことのないものでした。
特に印象的だったのが、震災後に都知事室に打ち合わせに出向いた時のことです。それについては、本書『昭和の風雲児』の冒頭、「石原家の応接室──本書の成り立ちについて」で書きました。
節電の影響で薄暗くなっている都知事室で向かいに座った石原さんは、両足首にパワーアンクル(重り)を着けていました。
「何かあった時には7階(都知事室のあるフロア)まで駆け上がれるようじゃなきゃだめなんだ」
という言葉がとても印象的でした。
さすが都知事室だけに、部屋はとても広く整然としています。しかも震災で登庁者が少ないのか、それともガラスが分厚いのか、ほとんど雑音がない空間。そこに石原さんが座っている光景はまるで映画のワンシーンのようでした。
その後、本書のもとになるインタビューのために田園調布のご自宅にも伺いましたが、こちらの緊張感は消えませんでした。石原さんは上機嫌にお話をしてくださるものの、勝手に体が緊張してしまう。ご自宅を出ると、1日分あるいは数日分の仕事を終えたような疲労感をおぼえたものです。石原さんが2022年に亡くなり、もうそういう経験ができなくなったのは寂しいことです。あの緊張感がちょっと懐かしくもあります。
幸い、本書を読者として読む分には、緊張はしなくてすむのでご安心ください。
2026/09/25
著者プロフィール
石原慎太郎
イシハラ・シンタロウ
(1932-2022)1932(昭和7)年神戸市生まれ。一橋大学在学中に「太陽の季節」で芥川賞を受賞。1968年に参議院議員に当選し、その後衆議院議員として運輸大臣などを歴任した。1999年に東京都知事に就任、4選をはたす。『わが人生の時の時』など著書多数。2022年逝去。

































