波 2024年7月号

【暑中お見舞い座談会】

新潮文庫、夏の100冊はじめました

夏の本屋さんの風物詩「新潮文庫の100冊」フェアがスタート。今年の読みどころは? 知られざる夏の秘密とは!?

【ベテラン編集者】
夏の100冊の歴史観測員。テンションが上がると関西弁になりがち。
【営業部員】
とっても真面目な分析家。100冊フェアの中心として10年ほど活躍中。
【若手編集者】
入社2年目の新米編集。夏の100冊に関わるのは今年が初めて。

最強の新刊ラインナップ、あるいは世界の破滅?

若手 皆さん、本日はお集りいただきありがとうございます! 私、対談とか座談会の司会は生まれて初めてなのでスムーズに行きましょう。今年の「夏の100冊」はどうでしょうか?

ベテ どうでしょうか、って(笑)。

営業 えー、営業から口火を切りますと、今年の100冊フェアは新刊のラインナップが凄いんです。まずシリーズ累計135万部突破のベストセラー、矢部太郎さんの『大家さんと僕』。アパートの大家さんとの日々を描いた、ほっこり泣き笑い漫画です。そして一昨年大ヒットし、映画化も決定した結城真一郎さんのどんでん返しミステリ短編集『#真相をお話しします』。

若手 おおっ!

営業 まだ続きますよ。大ベストセラーの続編、ブレイディみかこさんが息子の成長を描く『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2』。

若手 おおおっ!

ベテ 合いの手、楽してない? 更に、超人気作家お二人の文庫新刊もあります。西加奈子さん5年ぶりの長編で再生と救済を描いた『夜が明ける』。そして江國香織さんが、大晦日に揃って猟銃自殺した3人の人生に迫る『ひとりでカラカサさしてゆく』。

若手 お二人の作品は中学生の頃から熱中してきました。

ベテ ここまででも百花繚乱な新潮文庫らしい作品が揃っていますが、かてて加えて、何と! ガルシア=マルケス『百年の孤独』がついに文庫化。

若手 世界が破滅するやつだ!

営業 正確には、「『百年の孤独』を文庫化したら世界が滅びる」と言われてたやつです(笑)。昨年末に文庫化が発表されて以来、本当に反響が大きく、少しずつ情報解禁をするたびにSNSでトレンド入りしています。

ベテ ブエンディア一族の百年の歴史が描かれますが、内容はあえて触れません。新潮社で刊行した単行本の『百年の孤独』はカバー違いが4種類ありますが、僕はある時一気読みして完全に沼って、全種類集めてしもて。今回の文庫版の装幀もイケてて、やはりまた買わずんばあらずですわ。

文庫100冊のラインナップ

若手 気合い入っていますね~。確かに文庫版の装画もとんでもなくカッコいい。絵を描かれた三宅瑠人さんは、いま話題のNHK朝ドラ「虎に翼」のタイトルロゴをデザインした方です。

営業 筒井康隆さんに力のこもった、かつ大笑いの解説を頂きました。カバーの背は金色、新潮文庫特有の茶色のスピンも初回出荷分に限り金色です。

ベテ さらに池澤夏樹さんの監修による、詳細目次や長大な家系図を載せた「百年の孤独 読み解き支援キット」を作成しました。書店の配布用ですが、ネットでも読めるようになってます。

若手 あの家系図は眺めているだけでも楽しいですね。アウレリャノって誰、というか何?(笑)

ベテ 小町娘のレメディオスが滅茶ええ。乙女妻の方のレメディオスもキテる。ほんで、くじ売りの……。

営業 はい、話を「100冊」ラインナップに戻しますよ(笑)。國分功一郎さんの35万部突破の哲学入門書『暇と退屈の倫理学』、若手社員の書いたPOPをきっかけに大ヒット中の、津村記久子さんのお仕事小説『この世にたやすい仕事はない』、シティボーイの先駆け伊丹十三さんの『ヨーロッパ退屈日記』なども入っています。

若手 他に今年の特徴といいますと?

営業 今年も、特別な色合いのカバーにタイトルを箔押しした限定プレミアムカバーをやっています。『こころ』『人間失格』など8点を厳選しました。

若手 個人的には、真っ赤に染まった『痴人の愛』が最高です。なんだか、深夜のテレビショッピングの合いの手みたいになってませんか、私?

営業 (無視して)今年はプレミアムカバーに加えて、2点新たに限定カバーを用意しています。1点目は電子書籍化絶対不可能(お読みくださればわかります)の大ベストセラー杉井光さんの『世界でいちばん透きとおった物語』。夏の夜をイメージした透きとおるようなカバーです。2点目はアーティスト、ヨルシカさんとコラボした夏目漱石『文鳥・夢十夜』。こちらは作品に合せた幻想味が特徴です。

100冊は如何にして選ばれしか?

若手 そもそも「夏の100冊」って、どんなフェアなんですか?

ベテ おおざっぱな質問に真面目に答えると、このフェアは毎年夏に書店店頭に新潮文庫を100冊並べて、夏休みの中高生たちに新たな本との出会いを提供するために始まったものです。

若手 入社したら、「夏の100冊」フェアの会議が前年の秋には始まっていたので、ちょっと吃驚しました。

営業 ラインナップを決めるのに時間がかかるんですよ。夏のフェアが終わった2ヶ月後の10月から準備を始めて、編集と営業で相談を繰り返しながら2月頃には全書名を確定します。そこからは限定カバーや書店店頭で使う販売台、メインコピーなどの会議が立て続けにあって、夏へと突入します。

若手 他社さんのフェアと較べて、ラインナップの特徴ってあるんですか?

営業 うちは所謂「古典名作」が多いんです。比率で見ても存命作家と物故作家の割合は6:4くらいですね。

ベテ 中高生に古典名作を読んでもらいたい、というのが原点ですからね。古典といっても、今の若い人たちが面白く読めて、普遍的なテーマをもつ近現代の名品を意識して選びます。

営業 「去年とラインナップが同じだ」と言われることもあるのですが、毎年結構入れ替わっています。だいたい4割は替えるようにしていて、初めて入る書名も毎年15冊程度はあります。

若手 意外と入れ替わるんですね。

営業 今年は朝井リョウさんの『正欲』や村田沙耶香さんの『地球星人』など、多様性の時代に合わせた作品も入っています。でも実は、少しドキドキしているんです。もちろんお二人とも大学の生協などでも大人気の作家ですが、さっきも言ったように、中高生向けという意識があるから……。

ベテ 今年は西村賢太さんの『苦役列車』も入っているし、「どこが中高生向けなんだよ!」みたいなクレームが来そうで、ちょっと怖い(笑)。

「小冊子と読者プレゼント」全史

営業 フェアは1976年から始まったので、今年で48年になります。

若手 ベテさんは入社してます?

ベテ してるかい!(笑) まず、岩波書店の『100冊の本―岩波文庫より―』という小冊子を見て、うちの若い社員二人――誰かは知らんけど――が「じゃあ、こっちは書店店頭にリアルに100冊並べちゃえ!」と考えたのがフェアの始まりだったそうです。

営業 フェアにはつきものの小冊子も48年前からありました。今日は資料室から歴代のものを出してきました。

フェア小冊子の過去の表紙

若手 おー、これはレア! 小冊子の表紙って今はイラストですが、昔はタレントさんの写真だったんですね。私の100冊歴はキュンタ(2016年からのキャラクター)からなんです。

ベテ 1981年の坂本龍一さんは覚えています。宮沢りえさん(1991年)、小泉今日子さん(1996年)あたりになると、まだ僕の記憶には新しい(笑)。

若手 豪華キャストですねえ。

ベテ 昔の小冊子には、作家による本をめぐるエッセイや対談も載せていました。読みごたえ、ありましたよ。

若手 ホントだ。最初の小冊子、小林秀雄、遠藤周作、大江健三郎といった方たちがエッセイを寄せていますね。

営業 僕はYonda(1997年~2012年のキャラクター)時代からです。高校生の頃、読者プレゼントのグッズを貰うために、必死に本を読んで、応募券を貼ってはハガキを送っていました。カフカのリスト・ウォッチ、まだ持っています。

ベテ 僕は太宰と川端のカップ&ソーサーを持ってますが、「天寿を全うしてない文豪やん」と嫁がいつもコーヒーを飲む前に手を合わせとります。

営業 社員の応募も多かったんですね。2011年にはスウェーデンのデザイナー、リサ・ラーソンさんによるパンダのキーホルダーがあったんです。可愛らしくて、読者からも人気でしたが、黒柳徹子さんが社員が持っているのを見て、「これはパンダじゃない」と指摘したそうです。ラーソン作のパンダは首の後ろ、というか背中一面が白かったんです。「パンダは首の後ろが黒い帯のような模様になっているのが可愛いの。このキーホルダーも可愛いけど、パンダじゃないわ」。さすが日本一のパンダ愛の持ち主!

ベテ スウェーデンにはパンダのいる動物園はないし、ラーソンさんは実物を見たことがなかったんでしょうね。

営業 もう紙幅がないから、急ぎますよ。読者プレゼントについては、2014年からは書店店頭でお渡しする形になり、今年はステンドグラスタイプの栞を全6種類ご用意しています。

若手 では、最後の質問。この48年間で一番回数が多く、「100冊」に入っている作品は何でしょう?

営業 「結構入れ替わっている」と言いましたが、48年連続で選ばれた作品もあります。『こころ』『人間失格』『黒い雨』『罪と罰』『変身』『異邦人』『老人と海』などです。

若手 私が最初に読んだ「100冊」は『変身』、その次は『人間失格』でした。まだ入っているのが嬉しい。

営業 少し暗めのチョイスじゃない?

若手 この2冊、「100冊」の中でも定価が安いんですよ(笑)。

波 2024年7月号より