文学賞

第34回 三島賞・乗代雄介さん、山本賞・佐藤究さん
第45回 川端賞・千葉雅也さん
受賞スピーチ

 2021年6月25日(金)、第34回 三島由紀夫賞・山本周五郎賞(主催:一般財団法人 新潮文芸振興会)、第45回 川端康成文学賞(主催:公益財団法人 川端康成記念会 後援:株式会社 新潮社)贈呈式が行われました。
『旅する練習』で三島賞を受賞した乗代雄介さん、『テスカトリポカ』で山本賞を受賞した佐藤究さん、「マジックミラー」(『オーバーヒート』に併録)で川端賞を受賞した千葉雅也さんの受賞挨拶です。

第34回 三島由紀夫賞受賞『旅する練習』乗代雄介さん受賞挨拶

乗代雄介さん

 このたびはこのような状況の中でお集まりいただき、ありがとうございます。いつもですと、こういうスピーチなどの機会があるときは、何も考えずに来て、いろいろ喋って終わるんですけれども、今回はちょっと個人的な事情がありますので、書いたものを読ませていただきます。

 今年の五月三十一日に母方の祖父が亡くなりました。九十一歳でした。年のせいで、さすがに体は弱っていたとはいえ、庭仕事や畑仕事もしていたそうで、本当に突然のことでした。

 真言宗のお寺の檀家として何度もお遍路に行くほど信心深かった祖父は、ご住職との関係も深かったそうです。火葬を待つあいだにお話しすることができました。祖父について、「ご自分や近しい方のことを声高に話すのを好まない、慎み深い方だった」とおっしゃっていました。僕の印象も概ねそのようなものでした。ただ、ご住職は、「それでもいつか何かの席で、ごく控えめに、ボソッと、孫が小説家であるということを知らせてくださった」とも教えてくださいました。「『自分の一族から物書きが出るとは』と本当に喜んでいらした」と伺って、僕は、群像新人文学賞受賞の報告へ行ったとき、玄関から出てきて、「すげえことやったな」と言ってくれた祖父の顔を思い出しました。

 小学三年生の頃から近くに住むようになって、よく遊びに行きましたし、かわいがってもらいました。お遍路で納経するためだったのでしょう、自室で写経をしていた姿を覚えています。

 僕が八王子で一人暮らしをしていた大学生の頃、地元の千葉県松戸市に帰るときには、両親の家でなく祖父母の家に泊まりました。そこで何度も祖父の散歩に付き合ったものです。江戸川からすぐのところに家がありますので、近くの公園のあたりから土手を上がり、堤防道を流山橋まで北上してUターンしてくるという、往復五キロ程度の道のりでした。

 あるとき、僕が何か尋ねたのか、祖父が堤防の上から町のほうを差し、「あそこの寺は真言宗だ」と言ったあと、「うちもそうだ」と話してくれたことがありました。当時の僕としては、黙って歩く気まずさを避けるための会話でもあったのですが、あの散歩のおかげで、多少なりとも祖父と信仰についての話を交わすことができました。『旅する練習』で繰り返される不動明王の真言を初七日法要で唱えることになりましたが、それを初めて聞いたのも江戸川の堤防で祖父の口からです。

 とはいえ、それも聞けば答えてくれるぐらいのもので、自分から話してくれたことはなかったように思います。僕も祖父に似たのか、その後、仏教について少しは知ろうと、考えようと、それ以上話を祖父と深めるようなことはありませんでした。だから、『旅する練習』の中の「うち、真言宗だからな」という台詞はこの母方の家のことなのですが、そういう昔の記憶よりも、あとで学んだ知識がこの小説を前に進めているというふうに、書いているあいだは考えていました。

 例えば、作者による説明なんてろくなものではありませんが、祖父に示すためご勘弁願うとして、作中で登場人物が言う「歩く、書く、蹴る」というのは、わかりやすく仏教の「三業」に託したものです。三業というのは、その順で言えば「意業、口業、身業」を差し、心、言語、身体動作、人間のあらゆる行為を表します。人間のやることなすことはすべて業で、それが善業にも悪業にもなって因果を結ぶのだから、三業を清めなければならないと教えられるわけです。真言宗ではそれを仏の行いとして「三密」と捉えますので、このコロナ禍で避けるべき状況と逆にかかって、うまいものだとほくそ笑むような煩悩もありつつ、とにかく本気で三業について考え、それが善業となるような小説であろうという意識を絶やさぬように書いていったのでした。

 それが自然と真言を忘れずに川沿いの道を歩くという小説になっていました。これはもちろん、今思えば、あの散歩の道で祖父が僕に何を言うでもなく教えてくれたことです。でも、僕はまったくマヌケなことに、祖父が突然に亡くなり、法要でその真言を唱えて初めてその因果に気づいたのでした。仏教知識のあるじいちゃんなら読めば分かるだろうなと、のんきに思うぐらいだったのが、まったく反対に、それはすべて予め示してもらっていた道だったのです。

 三世の中で因果はめぐり、今の行いは未来へ、亡くなってなお、来世へとつながるとされます。それを祖父に教えられていたと思えるのは、とても嬉しいことです。また、自分の小説がそれを忘れていなかったことに、とても励まされます。

『旅する練習』について祖父の感想は聞かずじまいでしたが、後悔はありません。どのみち伝え合うことはなかった、というふうにして伝わるものがありますし、それを信じて為す三業が小説という形をとるものだと今は思っています。受賞を喜んでくれたという祖父ですから、霊前にこのスピーチ原稿を供えて報告したいと考えております。このような賞を、このような機会をいただけたことに感謝申し上げます。ありがとうございました。

第34回 山本周五郎賞受賞『テスカトリポカ』佐藤究さん受賞挨拶

第45回 川端康成文学賞受賞「マジックミラー」千葉雅也さん受賞挨拶

関連リンク

著者紹介

千葉雅也チバ・マサヤ

1978年栃木県生まれ。東京大学教養学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。博士(学術)。2021年7月現在は立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。2019年、初の長篇小説『デッドライン』で野間文芸新人賞を、2021年、初の短篇「マジックミラー」で川端康成文学賞を受賞。新作「オーバーヒート」が芥川賞候補に。著書に『動きすぎてはいけない――ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』『勉強の哲学――来たるべきバカのために』『意味がない無意味』『アメリカ紀行』『ツイッター哲学――別のしかたで』など。

書籍紹介