新潮 くらげバンチ @バンチ
対談 vol.9-2 ピラミッドと「わにーん」

とり 作画についての話に移りましょう。7巻の冒頭は、久々のカラーページでローマの大火を描いています。何巻も前から、「いずれローマの大火をカラーで描かないといけないのか。大変だろうなあ」と思っていたのですが、実際に大変でした(笑)。事前に、ドキュメンタリーや映画など、いろいろな火事の映像を見て、準備や研究はしていたんです。古代ローマ物はもちろん『風と共に去りぬ』のアトランタ炎上や『怪奇大作戦』の「呪いの壺」まで(笑)。ここまで背景に古代ローマのアパートメントである「インスラ」を多く描いてきましたが、その基本構造は、下層階はレンガでも上層階は木造。それを執拗に描いてきたのは、いずれこのローマの大火を描かなければいけないことを意識していたからでもあります。

マリ 当時は建築基準法なんてありませんから、貧しい人たちが暮らせそうな場所にはどんどん壁と屋根を作ってそこに住み着いていくわけです。現代の、例えばブラジルのファベーラが山裾や土手に広がっていますが、ローマ時代は高層家屋の上にそれがあったわけですね。それに、火事の描写で言えば、擬音を使わないで崩壊のさまを描くところが、さすがの迫力でした。とり先生は、何でそんなに擬音を使わないのでしょうか?

とり 絵でちゃんと描けていれば擬音は必要ないというか......逆にちょっと絵で手を抜いても擬音で勢いは出せてしまうというか、ごまかせる。何の建物かわからない絵でもキャプションをつければなんとなく皆そう思って見てくれる。「この頃のインスラは上部は木造であった」などというナレーションやキャプションを使えば説明は簡単ですが、そんなことは絵で描いて見せればいいんです。『プリニウス』ではそういう絵の補完的なテキストは出来るだけ減らしたいので擬音も少なめ。その代わり、ピラミッドの中では「ゴロゴロ」とか「わにーん」とか、あえてギャグにするための擬音は使う(笑)


マリ なるほど。私は擬音は擬音で漫画らしい表現のひとつだと思って楽しんじゃうほうなんで、頭の中で擬音を自分で作りながら読んでます(笑)
ピラミッド内部の描写も迫力がありましたね。先ほども言ったように、ここはとり先生にお任せしました。

とり これはエジプトのファイユームにあるピラミッドをモデルにしていますが、内部の迷宮について詳細な史料があるわけではないので、ならば、と自由に遊びを入れて描きました。

マリ ファイユームは、古代エジプトの中でも独特の文化圏だったと言えますね。今日本で開催中の「ルーヴル美術館展」(国立新美術館にて、2018年9月3日まで)でも、「ファイユームの肖像画」と呼ばれるものが出展されていますが、これはエジプトの他地域では見られないもののようです。

とり 死んで棺に納められた人の肖像画が、その棺の蓋にはめ込んであるんですよね。

マリ はい。それまでは有名なツタンカーメンのミイラのように黄金のマスクを被せていたのが、ローマ帝国の属州になり、ローマ式の文化が馴染み出したこの頃から肖像画を飾るようになったそうです。ミイラはミイラで、時代や地域によってガラッと変わるので、それを特定するのがまた大変。そんなわけでファイユームのミイラ絵は、エジプトで発展したものではあっても、実はローマ文化のローマ美術というカテゴリーになると思っています。

とり ピラミッドのシーンでは、ワニも多く登場します。実際に古代エジプトでは、ワニを主神として崇めている地域があったそうですね。

マリ 特にファイユームのワニ信仰は有名。実際にワニのミイラもたくさん見つかっています。

とり ワニは、僕とマリさんで手分けして描いているので、どちらが描いたワニかを想像するのも面白いかもしれません。そして、猫のガイアが意外な活躍を見せる。これも、猫を神のようにして崇める古代エジプトの文化風俗を活かした展開になっています。

マリ せっかく旅のメンバーに猫がいるのですから、ちゃんと活かさないと。

 

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