新潮 くらげバンチ @バンチ
プリニウスを探して―ナポリ「炎上」旅行記― vol.6

ポンペイの歌舞伎町と成金の家

 あっという間に取材最終日が来た。再びヴェスヴィオ周遊鉄道に乗ってポンペイの遺跡に向かう。とりさんは別件の締め切りがあり徹夜でほとんど寝ていないのだが、タフネスぶりに微塵も変化はない。

 ポンペイではまず、何匹もの横たわった犬が出迎えてくれた。あまりに暑いせいか撫でても反応がない。死んでいるようだけれど生きている。ヤマザキさんは小動物を見るたびに駆け寄ってゆくのだが、遺跡犬の怠惰さにも心魅かれた様子。

ポンペイの遺跡はとにかく広大
「まったく動きませんね」

「さすが南イタリアの野良犬」

 ポンペイは当時としてはかなり大きな都市だったのでエルコラーノとはスケールが違う。裁判所、議会、神殿、闘技場、劇場などがひと通り揃っている。車の轍の後も多く、通商都市として栄えていたことも分かる。どちらも犠牲者の遺体が売り物だけれど、エルコラーノは一瞬で白骨化したのに対し、ポンペイは人の形が残っている空洞に石膏を入れて復元と、かなりスタイルが異なる。

ミイラに導かれて2000年前を想う
「この遺体の人たちは死んだ後もずっと見学され続ける運命なんですね」

「エルコラーノ方式で見物されるのがいいか、ポンペイ方式がいいか?」

 ヤマザキさんは究極の選択を迫るのがお好きなようです。ポンペイには、ヤマザキさんが「歌舞伎町」と呼んでいる娼婦の館がある。地図を見ながら探したが、なかなか見つからない。ぐるぐる迷っていると、狭い裏路地に行列が出現した。

「やっぱり、いかがわしい場所は街の雰囲気が昔も今も世界共通ですね」

「石のベッドですけれど、背中が痛くないのかしら。まあ上にマットレスは敷いていたのだろうけど......」

 もう1つの人気スポットが、ヤマザキさんが「成金の家」と呼ぶヴェッティウスの家である。装飾品、モザイク、壁画など、あらゆる調度にはっきりお金がかかっており、新興商人階級の力は分かるのだがゴテゴテし過ぎており、先日の「サン・マルコ荘」の品格とは大違いだ。 

「奥の部屋の遺体は何でしょう?」

「家を守っておけ、と命令された奴隷じゃないかしら。主人に自慢ばかりされそうな家で、居心地が悪そうでしょう」

「勝手に持ち主の人柄を想像してばかりいますけど、言いたい放題でいいんですかね」

 遺跡見学も終盤に至ると飽きてきて口が悪くなる。そして、暑い。老夫婦が多いのだが、みなさんお疲れの様子だ。

「足場も悪いし、遺跡見学は若くなければムリですよ」

とり先生、若い!
 金言である。われわれは平均1日2万歩歩いていた。お2人とも、座業であるマンガ家の中では驚異的な体力を備えており、この取材の後もローマに向かう予定だった。「遺跡めぐり」を続けていると、イタリアは古代と歴史が地続きになっている国であることが実感される。

「ナポリの地下鉄網が整わないのは、掘るたびに遺跡が出てくるからなんです」


 

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