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第4回 新潮エンターテインメント大賞

主催:フジテレビ・新潮社 発表誌:「小説新潮」

 第4回 新潮エンターテインメント大賞 受賞作品

蝶番

中島桃果子

 第4回 新潮エンターテインメント大賞 候補作品

 蝶番 中島桃果子
 まほろばの月はさやかに 小山芳立
 ヴァージン・リリィ 遠田潤
 少年鉄人 山下貴光

選評

江國香織

江國香織エクニ・カオリ

何を書くかではなくて

 選考会の席上で私がいちばんに確かめたことは、これらの候補作が、職業作家を目指す人々によって書かれたのかどうか、大賞を受賞したらそれが本になり、書店にならぶのかどうか、でした。もしそうでないならば、私は最終候補作四つの、どれをほめることもできます。ほんとうに、それぞれに美点があり、個性もありましたから。
 でも、私の質問に対する編集部の返答はイエスでしたから、そういうわけにはいかなくなりました。
 いま、日本で、「エンターテインメント小説」という言葉がどういう意味を持ち、どういうものを指して使われているにせよ、すくなくともそれは「小説」でなくてはならないはずです。言いにくいのですが、四作のなかで、まがりなりにも小説の体をなしていたのは受賞作だけでした。紙に書かれた(あるいは印字された)文章の連なり、そのうちのどれが小説でどれが小説でないのか、は、ひとことでは説明できません。でも、それがわからないと小説が書けないことは確かです。
 何が書かれているか、ではなく、どう書かれているか、が問題で、だから言葉ですべて説明してはいけない。言葉は、一つ一つが全部起爆剤です。慎重に、周到に扱わなくては。
 一作ずつ感想を書きます。山下貴光さんの「少年鉄人」は力作でした。小学生たちを主人公に据え、街を、そして市井の大人たちを描こうとする試みがユニークで、子供たちの気持ちの揺れ、彼らの目に映る景色、など、ビビッドな部分がたくさんありました。けれど何もかも説明されてしまって息苦しく、さらにでてくる大人たち——たこ焼き屋の忍者さん、ホームレスの仙人、高校生で喧嘩を商売にしている喧嘩屋さん、などなど——が類型的な上に極端に誇張されていて、その行動も、人格を持った人間というよりゲームのキャラクターに見えました。この長さを、これだけのテンションを維持して書ききる体力と集中力には瞠目すべきものがありますが、陰影も緩急も濃淡もないために、ひたすら出来事が連続してしまう。ごめんなさい、私にはやっぱり小説とは呼べません。ただ、「世界を変える」という大言壮語は魅力的でした。
 遠田潤さんの「ヴァージン・リリィ」は、ミステリアスな構成に工夫があり、陰惨さがよかったです。陰惨な話だなあ。実際、私は読み終ってそう声にだして言いましたし、読者にそれを感じさせるというのは大したことだと思います。独特の雰囲気を持っているということですから。ただ、この物語の支点である「父」が、書けていないことが致命的でした。おしゃれだった、温厚だった、魅力的だった、誰からも好かれていた、とくり返されても、その魅力に触れさせてもらえないと信じられません。幽霊の感情(というか、言い分)も中途半端で、とてもおもしろい話なのにいかしきれていなくて残念。それから、主要登場人物以外の人たちの会話に、気配も体温もないことが気になりました。会話は、わき役のそれであればなおのこと、話者の人となりを感じさせるものであってほしいです。
 小山芳立さんの「まほろばの月はさやかに」は、丁寧な筆づかいと外連みのなさ、読後感の清潔さがよかったです。平成と平安という二つの時代から、若い男の人が一人ずつ古代にタイムスリップする、という設定もおもしろく、どうなるんだろう、と最後まで興味を持って読めました。作中の和歌も色どりとなっていて効果的でした。私のなかではこれが次点です。物語を信頼している姿勢と、文章から伝わる作者の上品さに惹かれました。でも、ごめんなさい、上品すぎるというか、あっさりしすぎていて物足りなかったとも言えます。この設定ならもっともっと豊かな物語になるのに。たとえば背景となるそれぞれの時代が、もっとしっかり厚ぼったく書き込まれていれば、小山さんの書かれた小さな美しいもの——友情? 信頼? そんな言葉におそらくしたくなかったのであろう小さな美しいもの——が、もっといきたと思います。このスケールの物語を書くにしては、リサーチ不足が否めません。そして、このお話をわかりやすく語ってもらい、耳で聞いてもおなじくらいおもしろい、ということが、小説としては弱すぎるところです。
 中島桃果子さんの「蝶番」。受賞作です。あまりにも乱暴なところがあるので(たとえば冒頭の手紙文は安易な印象をぬぐえません)、手放しでほめるわけにはいかないのですが、これまで書いてきたような意味において、これだけがあきらかに小説として立っていました。説明するのではなく、感じさせてくれた。四姉妹がちゃんとそれぞれの色を伴い、息づいていました。文章にリズムがあり、言葉の力をきちんと知って扱っている。パパとママも魅力的です。わからないもの、としての人間がそこにちゃんといて、理に落ちず、瑞々しく、ときに鋭く、切り込んでくる文章でした。もっともっと長くして、丁寧に書き、平成の「細雪」にしてほしい。読みたいです、私はそれ。

選考委員

過去の受賞作品

新潮社刊行の受賞作品

受賞発表誌